物語3・12
「すごい運命だ」
この人、いつこんなところへ来たんだろう。
深緑色の礼装に身を包んだコック王子が、酔っぱらい令嬢および、にわかメイドの目の前にいる。
燕尾服には勲章や博士号の飾りがついていた。
さっき周りを見たときは視界にも入っていなかったはず。上だと暇だから降りて来たのかな。
彼と話していたのか、傍には連れて歩いていたのであろう貴族が二、三人いた。
若い人はおらず、渋い年齢の男性に囲まれている。
「コック殿下、この者とはお知り合いですか?」
「ん? そうそう、以前見かけて声をかけたことがあってさ、とても印象的な人だったから。また直接話してみたいと思っていたんだ」
「ほう……。ほら君、ぼうっと立っていないでコック王太子殿下に挨拶をしなさい。ああ、失礼しましたマリス様。この度はご機嫌麗しゅう」
取り巻きの一人、一番老齢であろう男性にせっつかれる。
「使用人だろうが、世界を救った魔女だろうが。礼儀はわきまえたまえ」
値踏みするような嫌な目で、薄ら笑いを浮かべていた。
ええい気分悪いな、ニタニタしやがって。その脂ぎった顔に赤いチキチキ瓜を貼りつけてやろうか。美容にいいぞ。
世界を救った魔女と言われたということは、この姿でもやはり認識はされているらしい。顔を隠していないから、そりゃあ当たり前だ。
挨拶……。挨拶ってこの場合どんなやつをすればいいのか。頭の中の辞書を乱雑にめくって探してみる。
え~っと、ヴェスタヌでの王子様の呼び方はなんだったっけ。
腹の前でぎゅっと手を握る。
「アリシアッドの星に導かれまして、ご挨拶申し上げます」
たしかこんな挨拶の仕方だったような。
ヴェスタヌへ出張に行ったことのあるピジェットさんが王宮でそういう挨拶の仕方をするように言われたって話していたから、でも間違っていたらどうしよう。王様の場合は月だとも言っていた。
けどここドーランだし。やっぱりドーラン流にするのが筋?
挨拶しろと声を掛けてきた男はフン、と気に食わないような顔で私を見ている。
その態度はなんだ。年上だからって敬わないぞ私は。
「ご丁寧にありがとう。ヴェスタヌに来たことがあるのかい?」
「友人があります。話で聞いたことがありましたので」
「なるほどね。じゃあこれはわかる?」
どこへ向けられた好奇心なのか、無邪気な子どもみたいに、コック王子の青い瞳が輝き出す。ヴェスタヌの名産品は知っているか、王都では飴細工が最近流行っている、など他愛もない話をしてくださる。
生まれ育った自分の国が大好きなんだろう。
視線をずらさなくてはいけないのが申し訳なくなる。完全に逸らすのは相手に失礼かもしれないので見たり見なかったりを繰り返しているけれど、理由を知らない人が私を見たら落ち着きのない人間だと思うに違いない。
取り巻きの人たちはどうなんだろう。知っていて一緒にいるのか、知らないで傍にいるのか。
コック王子の瞳についての周知率がいまいち不明だ。ベラ王女はけろっと教えてくれたけど、あれがなかったら私は一生知らないままでいた。
私がもし王子の立場だったら、みんなが瞳の力を知っていたとして、目を見て話してくれなくなるのは嫌だ。
「まぁまぁこの者にも仕事がありましょうから、あとでにいたしませんか。さぁいったいった。チッ……娘の邪魔をされてたまるものか」
シッシ。手払いされる。
なんだ、ありがとう爺さん。覚えのない敵意感じるけどそれが気にならないくらいの援護をもらった。
じゃあ達者でな。
「私はまだいてくれて構わないのに。だって気にするのも当たり前だとは思いませんか? 魔王を消し去った魔女殿がこんな場所でメイドをしているんだから。誰だって知っているでしょう? 彼女を」
せっかく助け舟を出してくれた爺の気遣いを沈められる。
あ、ほらまた爺が悔しがってる顔してる。よっぽど私がここにいるの嫌なんだろうことが分かる。
私だってやだよ。一緒だよ。
「だから私が、英雄である貴女をこの場所でダンスに誘っても何もおかしいことはない。中央へ混ざりに行かないかい?」
話が飛躍し、奇天烈な方向に流れが行き出していた。
ダンス? 何言ってるんだこの人。中央へ混ざりにって……あの中に?
舞踏会に華を沿えるため何組か踊っている男女がいるからおかしくはないが、この組み合わせはどう見ても違う。
「お知り合いなの?」
「いや、そこまでじゃなくて」
こんなところで使用人にそんな言い方をするなんて正気ではない。面白がってやっているならなお質が悪いというもの。
こんなに周りに貴族がいて、話を聞かれているのに。冗談ですよね、と軽口も叩けないのが悲しいかな、この平民の身分だ。
高い天井を見上げる。
あの大きいシャンデリア、うっかり落ちてこないかな。
「今日は一人でいてくれて助かるよ。前回は君の守りが固かったから……だがもう手籠めにされている可能性もあるか。抜かりなさそうだものな」
「何のお話でしょうか?」
「おやおや」
コック王子は私を見据えて、含み笑いをする。
「いいかい? 騎士の愛を甘く見てはいけないよ。ああいう男は忠誠と言えば聞こえはいいが、忍耐力が下手にあるせいで限度を知らぬ。従者にはもってこいだろうなぁ、心底ゼノンが羨ましいよ。……まぁ、だからね、何か困ってはいないかい」
話が見えないが、今困っているのは貴方のせいですがね。とは言いたい。
「特に困りごとはないです」
「そうか、それなら良かった。ではこの手を取っていただいても? 私の人魚姫よ」
愛想のいい表情をコック王子に向けたまま、身体がこわばった。青い瞳に視線が縫い付けられる。
今、人魚姫って言った、この人。
船で会ったから言葉遊びでふざけて言っているだけ?
甘い言葉を吐いているように見えて何かを探る表情に、ロックマンの言葉がよぎった。
心の底が見える、読める。この男の瞳を見てはいけない。そう言われたはずなのに。
だんだん船での親切なコック王子像が崩れていく。
そうだ、いったいさっきは何秒目を合わせたんだろう。
つい目が合ってすぐ逸らしたけど、読まれてないよね?
術を使われたら好意を抱くはずだから、そんな気持ちは微塵も感じていないし大丈夫だと思いたい。
「どうかしましたか? さぁ、お手をどうぞ」
尚も手を伸ばしてくるコック王子を、冷静に観察する。
このうさん臭さ、ロックマンに似ていて末恐ろしい。
何もわかっていないようにふるまいながらなんだってわかっているのだから、この手の男たちは。
これが校舎裏とか夜勤中とか人のいない場所だったらすぐに断れるのに、外交の知識なんてない私に他国の王太子の相手なんてどうしろと。
踊れって?
使用人がそんなことできないし、でも断ったら使用人にダンスを断られた王子とか言われて、私も身の程をわきまえずに王子の誘いを断った傲慢な女だとか言われて……いやもういいや。仕事中だもん。断っていい。仕事だから。
爺もさっさと行けって言ってたし。仕事中のメイドにちょっかいを出すイタズラでお茶目な王子、だとかで収まるだろう。
動かない私の手に、しびれを切らしたのかコック王子の指先が触れた。
「!?」
ぐっ、やめてやめて、今断ろうとしたのに!
手を払うのはさすがに王子様に対してはできませんって! 外交問題が!
「帰国早々コック殿下にお会いできるとは、幸か不幸か、これも縁でしょうか」
と思えば、真白い骨ばった手首にスパッと別の人間の手が落とされて離れる。
「お戯れを。王子様」
コック王子と私の横に、我が王国の魔術師長が立っていた。
腰まで伸びている髪は結ばずに後ろや前に流している。整髪剤で整えているのか、いつもよりストンと真っすぐにまとまっていた。
そして気のせいでなければ今、コック王子の手をはたいていた。
二人は互いを見合って無言で笑っている。船でも気安そうに話していたのを見たので、やはり仲がいいのかもしれない。手首を叩いたのも二人の間では許容範囲ということでいいのだろうか。
それはそれとして、類は友を呼ぶと言うが、こんなのが二人も揃っていたら胃が痛くなるどころじゃなくなる。胃が破裂して召される。
でもロックマンの顔を見て、少し安心した自分もいる。あんなにバレたらいけないって焦ってたのに、変なの。
とはいえ高身長に挟まれるのはすこぶる居心地が悪い。
あ、床に酒瓶の栓が落ちてる。あとで拾おう。
「君は噴水前にいるご婦人へ水を持っていってあげてほしい。気分が悪そうだから、客室へ案内もしてあげてね。ーーそこの給仕、彼女の介抱を頼む」
「かしこまりました! 行ってまいります!」
取り澄ました顔で指示する男に頭を下げる。
ごめん、ありがとうロックマン! 助け舟なんて言葉では足りない。お助け豪華客船さまさまだ!
マリスをほかのメイドに介抱するよう頼んでくれてもいる。
手の平返しよろしく、私は大手を振り軽やかにこの場所から離れる。
断ることもしない、王子は途中で友人と遭遇、使用人は具合の悪い女性を助けに退場。
とても完璧な回避術だ。こればかりはロックマンに感謝せずにはいられない。柑橘系のお菓子を、あとで騎士団か魔術師長宛に送ってあげよう。
十箱くらい。数は正義だ。
次回は月曜日更新予定です。




