物語3・10
「彼、帰って来たんだね」
「そ、そうだね」
相槌を打ちつつ、ちょうど傍を通った給仕から用もないのにトレイを借りた。サッと口元を隠す。
聞いてない、聞いてないって!
いつ帰って来たんだあいつ!
まだ帰って来てないと思っていたから会うわけないって高を括ってたのに、バレたらまたネチネチ嫌味を言われるに決まってる!
ま~た潜入? 本業どうしたんだかとか半笑いで蔑まれるんだ。
本当はトレイで顔全部を隠したいが、それをやるとただの怪しい奴になる。恨めしい。
「さっき聞いたが昨晩戻ったらしいぞ」
「ほ~、長かったなぁ」
後ろのおしゃべりに聞き耳を立てる。
昨日の夜って……それから今日は令嬢の付き添いだなんて、予定が詰まりすぎではないか。過労死するぞ。
もうちょっと手を抜いた生活を送ればいいのに、魔物の呪いがなくても寿命が縮まっていそうだ。
ロックマンはおそらく場慣れしているゆえなのか、花道でも堂々とした佇まいのまま余裕がひしひしと伝わってくる。
颯爽、とまではいかずゆっくり歩いているのは、ご令嬢に歩幅を合わせているからだろう。
対して男の腕に手を添えて歩き出すフィルフィーネ様という女性は、緊張しているのか他の令嬢たちより歩みがぎこちなく、ゆっくり歩いているはずなのに一瞬転げそうになっていた。あれは自分が右足左足どっちを出して歩いているのかわからなくなっている顔だ。
わかる、緊張すると手と足が一緒に出ちゃったりするアレ、あれだよ。
でもそこはロックマン。手を取り腰を支えて持ち直させていた。見た感じ私たちより年下で幼いからか、見ていてとても応援したくなる。
推定10代後半辺りだろう。あんな風に緊張するのも無理はない。
なにせ殿下の妃候補に、マリス以外で序列一位に名前が挙がっていた女性なのだから。
しかも一番最後の入場なんて、もう注目しかない。
フィルフィーネ様にとっては一世一代の晴れ舞台かもしれないのと自分が王族に嫁ぐかもしれないのと最後に入場してただでさえ注目が凄いのに歩くだけで色々言われそうなこの雰囲気にさらに緊張が勝ってうまく歩けずつまずきそうになってしまうのも、頑張れ! と手を振って応援したくなる要素しかない。
二人が真正面に差し掛かったとき、ロックマンがこちらに顔を向けた。
前列に押し出されていて入場の様子もずっと見ていたので、たいへんお顔がよく見える。
「どうしたの?」
「ううん」
咄嗟にあらぬ方向を見て顔を逸らした。
まずいまずい。何がまずいって、冷静に考えれば別にまずいことなんか一つもないのに、この姿とかちょっと恥ずかしいし、あっちは貴族だな、私はメイドの恰好だな、とか色々余計なことが頭に湧き上がる。
気づいてませんように気づいてませんように。
仕事に戻るために後ろに引いて下がろうとすると、ラスが肩を抱き寄せて耳打ちしてくる。
「またあとでね、お仕事頑張って」
内緒話をするみたいに、息づかいが近くなる。
ひょっとして、私がコソコソしだしたのに気がついて合わせてくれている……?
「ありがとう。お料理も楽しんでね」
「おいしいの?」
「厨房の方が試食させてくれて、それで」
「つまみ食いしたんだ」
「そ、そうかも。そうとも言う」
「ふはは。ごめん引き止めて。後ろへどうぞ」
ラスが空けてくれた隙間を縫って壁際に下がる。
コック王子は国王様やミスリナ王女に近い場所に座り参加していた。
首を伸ばさないとよく見えないが、退屈なのか時々あくびをしている。
研究が~とみんなが言っていた通り、徹夜続きでよく眠れていないのかもしれない。
徹夜には南地方の青茶がよく効く。頭がスッと覚めるのだ。機会があれば是非おすすめしたい。
花嫁候補の入場が終わったら、次は舞踏会に向けての準備に取り掛かる。
この準備の間に国王様の挨拶が行われ、その後はゼノン王子が登場して花嫁候補たちとのお見合い時間になる。
ここでいうお見合いとはダンスのことだ。
一曲まるまる一人と踊りきるのではなく、一曲の中でくるくる相手を変える愉快なダンスがあり、それで見極めていく。
そんなんで見極められたら人生苦労しないと思うが、そこは王族なゼノン王子、今まで開催されてきたパーティーにいた令嬢のことはだいたい覚えているらしい(今日会ったときに言っていた)。
令嬢だけでなく令息もすべて頭に入っているようで、いつなんどき兄たちの補佐となれるように人をよく見ているのだと話していた。
王宮内の人事は重要なのだそう。さすがは王子。
「ここよ。引っ張って」
「私はこちらを引きますね」
ハニーさんと落ちあう。それぞれ脚立に乗り、天窓を覆う硬布と入口上部にある大窓のカーテンを紐で引いてくくり上げる。
ひらけた窓の向こうに夜空が映った。もうすっかり暗くなっていた。
厳かな空気に覆われるなか、合唱隊が国歌斉唱し、壮大な音楽が鳴り響く。
ドーラン王国の国歌は三百年前に作られたもので、王様がお妃様にあてた手紙が歌詞になっている。
オルキニスとの戦争中、人質として捕らわれた王妃へ向けて書いた恋文が元だ。歴史を見ると比較的最近の話になる。
『この栄華はあなたのおかげ。隣に立ち、ともに明日を分かち合いたい。いつか来る最期に互いがいなくても、わたしたちの光を一等大事にすれば寂しくはないでしょう』
つまり、子どもを大切にしようね、私たちの未来は明るいよ、と歌っている。
希望に満ち溢れた、祈りにも似た歌だ。
「皆さまこちらへ」
楽器の合図とともに、ゼノン王子が中央の螺旋階段から降りてきた。
黒い衣装に、王家の象徴である大鳥が描かれた赤いマント。
花びらが一弁一弁舞うように、ドレス姿の令嬢たちが前へと動き出した。ここまで来るようにと宰相閣下が誘導したからだ。
私はあの中に所長がいるかどうか、ざっと視野を広げて探してみた。脚立に乗っているからよく見える。
茶髪の……いた! 背が高いからすぐにわかった。
何やらうちのべっぴんさんは、参加者の小さい女の子の背中を押して世話を焼いている様子。
もはや保護者枠だった。
次回は来週月曜日更新予定です。




