物語3・9
言われるままに備品を運んでいたら今度は会場のほうに行ってほしいと言われたので、メイドのハニーさんのあとをノコノコついて行く。
「ホールには行ったことある? あ、聞くまでもないわよね」
「ありますけど、そこまで詳しくは……」
あのう私、私、初心者なんですけれども……。
連絡橋を渡る途中で見えた、窓を拭く使用人の姿を眺めて思いを馳せた。
できれば私も、あちらの窓拭きがしたい。廊下の窓をピカピカにしたい。
いちおう誤解がないように言っておくが簡単と思っているわけではなく、本当に自慢じゃないが私は窓拭きが大の得意だった。
手でも魔法でも曇りも汚れもなく綺麗に拭ける。昔学校で先生に何回も何回もやらされた。ロックマンと騒いだ罰として、だ。
いい経験だった。窓拭きに関して私の右に出る者はいない。
だから適材適所で振り分けるなら何かをピカピカに綺麗にするほうが私は向いているのだが、何とかならないものか。
助っ人として雇われたが広間はちょっと無理な気がする。
「かしこまらないで、運搬作業だと思えばいいわ」
申し訳なく思いながら断ろうとしたものの、しかし招待客の荷物を受け取るだけの簡単なお仕事だと言うので、それならできなくもないなと考え直す。
やりましょう。
そうしてハニーさんの足に合わせて後ろを歩いていれば、雲に届きそうなほど天高い扉が見えてくる。開いた扉の先には舞踏会の広間が見えた。
扉の前では人々がひしめき合い、続々と入場していく様子が目についた。
参加する令嬢の母親であろう扇子を持った女性が従者を連れ歩いていたり、入口は親族や召使いも合わさってかなりの激混みである。
既婚者の女性は首に黒いレースを飾って、参加者と区別されていた。未婚と分けないとわけがわからなくなるもんね。
「はぐれないように、ここのリボンを掴んでいてね」
この流れに押し流されないようにハニーさんの背中を追いかける。
途中、彼女がしている前掛けのリボンの端っこを握るように言われて、引き離されないようにくっついていた。なんか親子みたい。
壁際に張り付いて移動しながら会場に足を踏み入れた。
天井には、この国一番の大きさを誇るウェンクリンのシャンデリアが輝いている。
一人の職人が最初から最後まで魔法や誰の手も借りず作り上げた、装飾界の最高傑作。いくつもの角度に削られた硝子玉が、光を何重にも屈折させて空間を彩っている。きらっきらで眩しい。
広間は若い女性の活気で溢れていた。少し騒がしい一角に目を向ければ、それよりもうんと若い少女数人がキャッキャと頬を紅潮させてお喋りをしていた。
それをはしたないと咎める両親も側にいて、やはり大人でも今日という日は緊張するのか、みんなそわそわしていた。
「こっちよ」
手荷物はここに、杖はここに。
従者たちを控えさせておく部屋はここに、と一つ一つ教えてもらう。
途中転けそうになったが、すんでのところで耐えた。
動きやすいしドレスほどではないが、ここまで裾の長いスカートは履き慣れていない。無様にコケてたまるか。
「アゼル家、クロメンティーナ様。カンドレ家、フィオナ様」
舞踏会場に貴族のご令嬢たちが集まってくる。
パッパラパー、と金管楽器の音が響き渡り、パートナーの男性に連れられた令嬢の名前が次々にあげられた。
私たちメイドは入場された令嬢の上着や紳士の杖を一時的に預かり、丁重に運んで貴重品を保管していった。
「んまっ、ヘルではないの!」
「本当だわ」
きまり悪そうな顔をする私に、同級生の女性陣が驚いた様子でちょっかいを出してくる。
国中の貴族令嬢が迎え入れられるということは、もちろん同じ教室だった貴族女子たちもいる。うっかり忘れてた。そうだよね、いるよね普通。
妹や姉、友人のパートナーとして来ている貴族男子たちもいた。
みな一様にメイド姿で頭を垂れている私を見て、何やってんのコイツ、という目で訴えかけてくる。
「魔王を倒した人がこんなところで何をなさっているのかしら」
「手伝いを少々」
「ほほほ。お似合いね」
「いやだ、腰のリボンが曲がっていますわよ。結ぶの下手ねぇ」
マリスの友人でもあるサリーが、私の前掛けの結び目をほどいて直してくれる。案外彼女は世話焼きだ。同類相求む、二人はよく似ている。
「はい。これで大丈夫」
じゃあわたくしたちは行きますわ、と彼女たちは颯爽と歩いて行った。
会話は手短に済ませる、貴族女子たちの好ましい部分である。それにここは彼女たちにとって戦場でもあり、小さなことを気にかけている暇はない。
直してくれたのが嬉しくて手を振ったら「恥ずかしいからおやめなさいっ」と振り向き様に礼儀作法をさっと教えてくれて、すぐにはけていった。
優しいサリーに幸あれ。
給仕の男性に最初のお酒が足りなそうだから持ってきてほしいと頼まれたので厨房まで取りに行く。
装飾がふんだんに施された台車に乗せて、広間を行ったり来たり繰り返した。
働くって素晴らしい。こういう忙しい時間が楽しい自分もいる。毎日は勘弁だが。
ここに置いておいてほしいと言われた場所に持っていくとお礼を言われて、私も笑顔で返す。
「ヘル? こんなところでどうしたの?」
「ああえっと、お手伝い? で」
「びっくりしたよ、妹と入場したら君がいるんだから。お仕事は? お休みなのかい?」
持ち場に戻ろうとしたら、同級生で同じ教室だったラス・ユルゲイに声を掛けられた。
彼は、コイツ何してんだ、という視線を送って来た一人である。
私がハーレで働いていることは同じ教室だったラスも知っていたので、魔石を届けに来たついでにお手伝いに誘われたのだと説明すれば、人が良いというか断ってもいいのにとおかしそうに笑われた。確かに私もおかしいことしてるなと自分でも思う。
しかしここまで来たら何としてもゼノン王子の妃選びを見届けたくなってきた気もする。チーナから見てくるようにって頼まれたし(そこまで頼んでない)。
妹についてきたというラスは、何か軽い飲み物はないかと聞いてくる。まだ学校に通っている歳でもあるので、お酒以外がいいらしい。それなら甘いゲールの果汁があるので持ってきますと言えば、ヘルはそんなことしなくていい、と近くにいた男性の給仕にそれを持ってくるように伝える。
確かに給仕じゃないから私の仕事ではない。
あれもこれもしようとして恥ずかしい。
「もう行くの?」
「うん、持ち場に戻るね……ええと、戻ります」
「残念。ずっとここにいてくれていいのに」
「メイドの仕事頑張ってくるね、じゃあ」
「ヘル」
入り口のほうへ戻ろうとすると、腕を掴まれた。
何か用事があるのか、もしかして今日の軽食は何が出るのかを聞きたいとか?
勝手に脳内ラスを食いしん坊にして軽食は何だったっけなと思いながら振り返る。
「ラス……?」
「いいや、ごめん。頑張ってねって言おうとしただけ」
「うん」
「モズファルト家、フィルフィーネ様」
広間がますます騒がしくなった。
入り口を見ると、紫色のドレスを纏った黒髪の女性が一礼をしている。
そして隣には、白い正装に身を包んだ金髪の男が、令嬢の手をひいて入場していた。
「侯爵殿か? 帰国されていたとは」
「グレンデリーの夜会にはいなかったから、今週戻られたんだろうさ。アルウェス様もお忙しいな」
近くの紳士たちが声を抑え気味に会話していた。
アルウェス・ロックマン。
いや、アルウェス・フォデューリがドーランに帰って来ていた。




