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物語3・8

 暮れの時間特有の柔らかい風に、エプロンのリボンが舞い上がる。洗濯物のいい匂いもする。この前掛け、洗いたてだな。

 平民で城内のこともよく知っているからという理由でメイドに召し上げられた私は、一見動きにくそうだが歩いて作業もしやすい女性用の使用人服を着て食器を運んでいた。

 皿がカチャカチャ揺れている。割ったらすぐ直そう。


 外の通路は垂れ幕を抱えた商人や高そうな花瓶を手に走り回っている使用人の男性、馬をひいて重い荷物を運んでいる異国の宝石売りがいたり、まだまだ賑やかだった。

 この分の給金はしっかり出されると言われた。

 さすがは王宮、賃金関係の処理は素早い。

 召使い雇用全体の責任者であるミスリナ王女や使用人頭には話を通してあると言われたけれど、警備面はもちろん城の中を練り歩かせてくれるなんて、ある程度この城の人たちに信頼されていることに悪い気はしないが、いいのか悪いのか感じ方は人それぞれだと思うことにする。

 特にこのあと予定が入っているわけではない。

 ゼノン王子の妃選びを見られるかもしれない展開に野次馬根性が働くが、でもこんな格好で城をウロチョロしていると顔見知りの騎士や大臣に怪訝な目で見られることはもちろん、なぜ働いているのか逐一聞かれる。ハーレの就業項目に副業禁止とは書いてないものの、後ろめたさも拭えない。だからと言って頼みを断れるほど押しに強くもないし。

 通りすがる人々に笑顔で会釈をして淡々と仕事に没入する。


 そして変装などではなく、メイドという仕事において本職ではない自分の髪の毛の色はこの場所にふさわしくないかも……と思い焦げ茶色にしようとしたら、変装ができないように、王様と警備の人間以外の魔法は禁止されているのだと教えられた。

 なんだって。

 とどのつまり、何を頑張っても変えられない。

 私の髪の毛は、何で水色なのか。

 色が変わって約十年。未だ解決はしていない。


「参加者の方々のほうが色味強めだから気にしなくても大丈夫よ」


 目立たないようにと心配していたのも束の間、確かに遠目で貴族の集団を窺い見ると華やかに着飾った女性ばかりが集まっていたので、それほど悪目立ちすることはなさそうだった。

 しかも、つけ毛、髪染め剤、カツラを被っているのか、緑や薄桃色、青、紫色、私より明るい水色の髪色をしている人たちがたくさんいた。若い人もお年を召した方も、特に女性が多かった。

 近頃貴族の間では髪色を楽しむ人が増えている。

 髪を染める薬剤は高価なので、平民ではなかなか手を出せない代物だ。


「あらま」


 途中でミスリナ王女が会場の仕上げの確認に各所を回っている姿が見えたが、私の姿を目の当たりにしても怒ったり驚くことなく「似合ってるじゃない」と笑われて立ち去っていった。

 ……あ、本当に許可通ってたんだ。


 特別なパーティーだからか使用人やメイドの制服がいつも見かけるものより装いが綺麗だった。

 メイドはみんな白い手袋をしていて、女性が長い髪の毛をまとめてくくり入れる小さな頭巾も触り心地の良さそうなツルンとした生地、付け根には長いリボンが垂れ下がっていた。襟が詰まった黒いワンピースにフリルのついた白い前掛け。


 この特別な日に着る制服が着たかったのだと、募集ではなくもともとお城で働いていたメイドのハニー・テンペストという女性が嬉しそうに語っていた。

 以前もこの衣装だったときがあるのだそうで、その日というのは私が目覚めたときのパーティーのことだった。

 知らなかった。


「ヴェスタヌのコック王太子殿下もいらっしゃってるから、一段と華やかな舞踏会になりそうよねぇ」

「この間見かけたけど、白髪の綺麗な御髪をなさっていたわ~。このパーティーが終わったら帰られるって本当? まぁ、三ヶ月も過ぎればそうよねぇ」

「魔石と魔物の研究が一段落したそうだから、最後にパーティーを楽しんでいかれるんじゃないかしら?」


 メイドたちの世間話に耳を立てる。

 あのコック王子が?

 ロックマンがいつだったか、王子がドーランに来るから気を付けるようにって言ってたけど、もしかしてこのことだったのか。けっこう長く滞在していたのか、デグネア王女もドーランに留学していたからその期間を思えば短い方だったのかもしれないけど、ヴェスタヌとの国交はかねがね良好な雰囲気を感じる。大事な王太子を隣国に三ヶ月以上も預けるなんて単純に凄いことである。

 ともすれば、接触するのは良くないと思うのでこの仕事を終わらせて早く帰ろう。


「わぁ! 見て~馬車があんなにたくさん!」

「侍女のハイネスタン様の馬車も見えるわ。伯爵家も豪華だこと」

「ドリアッド様も今日はどんなドレスを着るのかしら」

「きっとマリス様が一番の見どころね」

「広間担当だから後で見られるわよ」

「きゃ~! 楽しみ~」


 メイドのみんなは自分がパーティーに参加したいとかではなく、侍女であるやんごとなきお家の令嬢たちのドレス姿を妄想してはあれではないこれではないと語り合っていた。

 ゼノン王子の評判はというとやはり人気は強く、私を見て微笑んでくださった、国王様譲りの容姿が勇ましく気高く美しい、鍛錬中の姿は戦神が地上に降りて踊りを舞っているようだ、などなど自国の王子様をこれでもかと褒めちぎっている。


「候補の中だとフィルフィーネ様が強そうじゃない? 序列で考えると、もしマリス様でなければ次は彼女に決まってるわ」

「モズファルト家のお姫様なら釣り合いは十分だものね。羨ましい~」

「ドリアッド様だって家柄は負けていないわよ」


 彼の横には誰がお似合いか、お妃様に選ばれる令嬢を予想しては賭けている人もいた。


 ねぇねぇ、ヘルさんは誰になると思う? 


 無邪気にそう聞かれたけれど、ゼノン王子が言っていたことが脳裏を過ぎり曖昧に返した。

 友人でもある彼らのことを、軽く口にはできなかった。

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