高校2年生・宇津木ゴモラ(85)の初恋
宇津木ゴモラは高校2年生を69回も留年し、85歳にして今現在も高校2年生の高校生をしている。つまり超ベテランの高校2年生だ。
ゴモラがこれほどまで留年した理由は様々であるが、その最大は彼の学力の低さと類まれなる不運にある。
ゴモラは数学と英語と化学と国語と社会学と歴史が苦手という、いわば学歴社会において絶対不利な特性を持っている上、テストのある日に限って登校中に雷に打たれてテストを受けられなかったり、風俗に行っていることが学校にバレて停学処分を受けたりして本日に至るのだ。
そんなゴモラが、今年は無事に二学期の期末テストを終えて冬休みを迎えることができたのは長年の経験のなせる技であろう。
「ゴモラ君、このまま無事に進級できればついに君も念願の高校3年生だが、その先の進路はどう考えているのだ」
担任である町田タタオ先生(32)が進路指導室でゴモラに尋ねた。
「はい先生。わしは将来、立派な軍人になって鬼畜米兵をこれでもかというほどにやっつけたいのです」
「ゴモラ君・・・すでにそういう時代は過ぎたのだよ。米国は今や日本の最大の同盟国だ」
「えっ!それはまことですか!?」
ゴモラは衝撃のあまり言葉を失った。
「君、僕の日本史の授業をちゃんと聞いてる?」
「先生、ラバウルは、ラバウルはどうなったのですか!?」
「あー、どうなんだったっけかなー・・・確か連合軍の空襲を嫌というほど食らってアレなはずだったけど」
「ヒーッ!」
ゴモラは悲鳴を上げた。
「大丈夫かね、ゴモラ君!」
「せっ・・・せ、攻めるぅも、守るぅも、くろがねのー・・・」
「ええい、止めたまえゴモラ君!このご時勢にガチ本気熱の軍艦マーチ聞くのは先生も経験がないぞ!」
「ああ、すみません先生。戦争は終わったのですよね。ちょっと混乱しました」
「それがちょっとの混乱かどうかは先生、医者じゃないから分からないが。でも、戦争がずいぶん昔に終わったのは本当だ。その上で、君は将来をどうするのだ?」
「・・・先生、ちょっと風に当たってきても良いですか」
ゴモラは進路指導室を出ると棟をつなぐ渡り廊下を外れ、校舎の裏の影に身を置いた。
(嗚呼ッ、我らが連合艦隊が敗れるなんて!僕の青春はその時から止まってしまったのだ。だからこそ、今だに高校生としてこうして学び舎に残り、祖国の役に立つ人間になるために勉学に励まなければならないのだ)
感慨にふけりながらゴモラは胸ポケットからタバコを取り出し、ふう、と煙をくうにくゆらせた。
「こら!そこで何をしているの!」
鋭い女性の声がゴモラの弱くなった心臓を突き刺した。
「ひいいッ!空襲ッ!」
「アナタはJ組の宇津木君ね?学校でタバコを吸うなんて、何を考えているの」
ゴモラを注意したのは体育教師の西岡レイナ(34)だった。
「ごめんなさい、西岡先生。だって町田先生が、我が連合艦隊が忌むべきアメリカの太平洋艦隊に負けたなどと嘘をつくもので、やけになってしまったのです」
「・・・私、体育教師で体のこと以外はさっぱりだけど、町田先生がそういうのなら間違いないわ」
「なんてというデタラメを!我が連合艦隊を率いるのは軍神、山本五十六長官であるのに!」
「先生、歴史はわからないけど、タバコは許さないわ」
レイナはゴモラがくわえていたタバコをひったくると、一口自分が吸ってから「ごほっ」とむせて地面に投げ捨てた。
「粛清します!」
レイナはゴモラをビンタした。
「ああ、先生はこのご時勢に体罰をされるのですね!」
「お黙り!このタバコを買うお金は、いったい誰がくれたの!?学生の身分で、このような無駄な嗜好物にお金を浪費するなんて!」
「年金で買ったのです!」
「嘘おっしゃい!こいつめ、こいつめ!」
感情が昂ぶったレイナは、グーでゴモラを殴りつけた。
「お許し下さい!お許し下さい!」
ゴモラが頭を抱えてうずくまる。
そこに、レイナの祖母である西岡ナウシカ(75)が駆けつけた。
「おやめなさい、レイナ!この人はアナタの本当のお爺さまなのですよ!」
ナウシカはゴモラを抱きかかえるようにして孫娘の暴力から守った。
「えっ!?おばあちゃま、いったい何を言っているの!?」
「レイナや。お婆ちゃんは恋多き女で、結構いろんな男とセックスをしたのです。お前のお父さんの本当のお父さんは、この人なのです」
「えっ!?君はもしや、中村さんちのナウシカちゃんかい?」
「そうですよ、ゴモラさん。私の旧姓は中村。中村ナウシカですよ」
「ああ!確か、僕が水泳の授業の後で昂ぶってしまったために、下校途中に鉢合わせてしまった君と床屋の裏でセックスしたねぇ!」
「ええ。だけどあの時アナタはキッスをしてはくださらなかったわ。それは思いやりだったのかしら?」
「まさか!」
ゴモラはグッとナウシカを抱き寄せた。
「この日のためさ・・・」
そう言うと、ゴモラは激しくナウシカの唇を吸った。
「やめてよおばあちゃま・・・天国のおじいちゃまになんて言うのよ・・・」
レイナは頭を抱えてその場にうずくまった。
「許してねレイナ。お婆ちゃんは、今でもオンナなのよ」
「ナウシカ。僕が初めて恋心を抱いたのは、赤いべべを着て僕に笑いかけた、あの日の金魚に違いない」
「あら。あなたは金魚をすくうことができたのかしら?」
「ふふふ・・・今度は逃がさないさ」
進路指導室を出た町田タタオは渡り廊下の向こうに、年老いた教え子が見知らぬ老婆と絡みあう姿と、その前でうずくまって震えている同僚の光景をそこに見た。
(何が起きているのか分からない・・・だが、お前は留年だ!)
タタオは手元の赤ペンを走らせ黒いノートに何かを記した。
ゴモラの春は、まだ遠くにあるのだった。
おわり




