伴天連の花嫁
静岡県のスルーズゲルミル村の名家である久須美家の長男、久須美マスラオがヨーロッパ旅行から現地女性を連れ帰った時には村じゅうが大騒ぎだった。
「若様が伴天連のおなごを連れてきたぞ」「お妾さんにでもするつもりか」
村の名家の跡取りであり、いずれは閉鎖的むら社会の封建的習慣により村長になることも約束されている若者に、外国人女性について正面から尋ねる者はいない。
村人も、マスラオが家柄だけが取り柄のような人物であれば、彼を疎ましく思い軽んじただろう。だが、彼がただの名家のお坊ちゃんではない、なかなかの器の持ち主であることを村人たちは知っている。
マスラオは立派な体躯を持ち、太い眉と大きな眼の丸顔、気性は豪気で大らか、という人物であり、誰からも好感を持たれた。彼は、村祭りともなれば一番の盛り上げ役をやるし、熊が山から村に降りてきた時には殴ってこれを撃退し、畑をあらす猪が現れた時にはチョークスリーパーで絞め殺して鍋にした。ここ一番で頼りになる男なのだ。
マスラオが笑いかければ若い村娘は瞬く間に想像妊娠したし、出産経験がある人妻であっても思わずルナルナが乱れてしまうほどの男ぶりであった。
そんなマスラオが異国の若い女性を連れ帰ったのである。彼の少し後ろを歩く彼女は、すらりとスタイルの良い、長い金髪の美人で、こんな田舎ではいやがおうにも目立った。
マスラオは村の一番奥に座する久須美家の御殿に白人女性をいざなうと、玄関で出迎えた母親替わりである祖母の久須美メデューサに
「このおなごはベレンガレアと言う。スペイン人だ。俺の嫁にする」
と言い放った。
「マスラオ。お前は久須美家の跡取りだと言うに、伴天連の女を嫁にすると?」
メデューサは不機嫌を隠そうともせず、怒りで目の周りをどす黒くしながら問いただした。
「ブエナスタールデス!私はベレンガレアであります。サッカースタジアムでサッカーを見ていたら初対面のマスラオに突然求婚され、同日深夜にハットトリックを決められました。なのでマスラオと即座に結婚します」
ベレンガレアは屈託のない笑顔で、
「結婚したら、毎日セックスをします」
と言い放った。
「これ!男女の事などを昼間から大声で言うものではありません!これだから毛唐は・・・!」
メデューサが怒りにわなわなと体を震わせるのも気にせず、陽気なスペイン娘は
「マスラオ。私は子供を12匹くらい産みます」
と子沢山宣言した。
「ははは!ベレンガリア。日本では人間は匹ではなく人と数えるのだ」
マスラオは豪快に笑った。
「ええい、マスラオ!婆はこのような女との結婚を許可した覚えはありませんよ!」
「当たり前じゃ、いちいち許可をもらうつもりもない。婆、俺が誰と結婚するかは俺が決める。婆は黙って赤飯でも炊いているがよい」
マスラオは玄関先だというのに無造作に服をそこいらに脱ぎ散らかしながら
「汗をかいた。風呂に入る」
と家の中に入っていってしまった。
「マスラオのアブエリータ。あなたはマスラオのマドレを嫁いびりで実家に追い返してしまったとか。罪深い老婆です。主はあなたの悪事を見逃しません。あなたは地獄に落ちて、悔い改めるまでケルベロス的なものに噛まれたり引っ掻かれたりするでしょう」
ベレンガリアはそう言いながら、許されもしないのに勝手に家に上がり込んで居間に入った。
「オー、日本家屋」
「何を勝手に上がり込んでいるのです!ユーは何しに日本に来たのですか!」
「もちろん、マスラオを愛しているから結婚するために来たのです」
「だとしたら、当家の嫁として久須美家の伝統を守り、立派に田畑や山を守る覚悟があるのですね!?」
メデューサの質問にベレンガレアは微笑して、
「ノー。私は農業はやりません。スペイン料理のレストランを開業して、日本の田舎者をマドリードの煮物料理であるコシードで餌付けするのです。原材料を本場スペインから取り寄せるので、故郷の農家さんは潤うのです」
と躊躇なく彼女の要求を断った。
「なんということを!」
メデューサは手を口に当て悲鳴を上げた。
「お前は、日本を破壊するつもりなのですか!?」
「そして、マスラオと毎晩セックス」
ベレンガリアは両手を可愛らしく組み合わせ、母国のそれよりも随分低く作られた天井を見上げた。
「マスラオはベッド上のバロンドールなのです」
「おのれ、恐るべき侵略者め!婆が命に変えてもお国を守らなくては!」
メデューサは土間から麺打ち棒を取ってくると、それを頭上に構えて
「えいや!」
とベレンガリアに振り下ろした。
しかし、スペイン女は動きが早い。
ベレンガリアはひょいとメデューサの攻撃を避けると、彼女の背後に回り込んで、全体重を乗せたチョップをメデューサの首筋に叩き込んだ。
ゴキッ!
鈍い音が広い日本家屋に響き渡った。
メデューサは首をあらぬ方向に向けながら畳に崩れ落ちた。
そこに、カラスの行水を済ませたマスラオがやって来た。
「おお!婆が死んでいるではないか。これはどうしたことじゃ?」
「マスラオ。これはきっと悪霊の仕業に違いない。悪霊はアブエリータに取り憑き、彼女の首の骨を砕きました」
「これは予想だにしなかった。明後日には、わしとベレンガリアの結婚式をしようかと考えていたのに、婆の葬式まで手配せねばならんか。容易ならん」
「なれば神父さんに来てもらえば良いでしょう。キリスト教の神父さんは結婚式も葬式もこなします」
マスラオは思わず手を打った。
「なるほど。結婚式と葬式を同時にやるのじゃな。これは新機軸じゃ。弥勒菩薩も腰を抜かすじゃろ」
こうして、二日後の良日、マスラオとベレンガリアの結婚式とメデューサの葬式が村の神社で神父立ち会いのもと行われた。
結婚式ではマスラオは紋付袴、ベレンガレアはウェディングドレスを着用した。参列者たちは結婚式と葬式が同時なのでどういう格好をしたものか悩み、男性陣はネクタイを白と黒が真ん中で切り替わったツートンカラーにしてみたり、女性陣はドレスの上に黒いカーディガンをかけたりと様々だった。
やがて式が開始され、神父は目の間のカップルと横に据え置いた棺桶にそれぞれ祝福と鎮魂を与えた。
「マスラオ。アナタハ病メル時モ健ヤカナル時モ、ベレンガリアヲ愛シ心尽クス事ヲ誓イマスカ?」
「誓うぜ」
「ベレンガリア。アナタハ病メル時モ健ヤカナル時モ、マスラオヲ愛シ心尽クス事ヲ誓イマスカ?」
「誓う」
「メデューサ。成仏シテ下サイ」
チーン。
神父は棺桶の上に置かれた鈴を鳴らした。
「ソレデハ両人、誓イノベロチューヲ」
親父に促され、若い恋人たちは神の前でベロチューした。
「ベレンガリア。これで今日からわしらは夫婦じゃ」
「ええ。これで、海でも山でもハイウェイでも、どこでもセックスできるのね」
二人の視線が絡み合ったとき、敷に参列していた村人の一人が
「若様。久須美家の跡取りともあろう方が、まさか大婆様の敵も討たずにセックスだけしていられましょうか」
と言った。
「確かにそのとおりじゃ。婆を殺した悪霊をこの手で討ち果たさねばならん。しかし、その悪霊はどこにいるのじゃ?」
「マスラオ。村の近くを流れるガルム川の上流に、妖を祀った祠があると聞いた」
「おお、そんな物もあったな。ベレンガレア、お前は新参者のはずなのによく知っている。そうだ神父さん、わしらと一緒に悪霊退治に来てはくれんか」
「スミマセン。私ハアルバイトナノデ難シイ事ハデキナイノデス」
神父は申し訳なさそうに十字を切って「アーメン」と言った。
「ならば仕方ない、わしらだけでやろう。では早速ガルム川の祠に向かうのじゃ」
マスラオはベレンガレアの手を引いて神社を出た。村人がわらわらとそのあとに付き従う。一行は妖しい言い伝えのある祠に向かった。
一行が祠に到着したとき、すでに夕暮れになっていた。
祠は河原のはじにあった。石を積み上げて作られた祠は苔むしていかにも古く、不気味な印象を見るものに感じさせる。
マスラオは紋付袴を脱ぎ捨てるとふんどし一丁の姿になり
「婆を殺した悪霊、さあ出てこい。わしが相撲でなぎ倒してくれる」
と腰を落として両腕を広げた。彼の背にベレンガレアが火打石をカチカチと打ち「ゴッドブレスユー」と厄除けをした。
「マスラオ、素手で悪霊を掴んでは手がかぶれてしまう。誰か、手袋を持っていないですか?」
ベレンガレアが言うと、村人の一人が何故持参したのかはわからないが軍手を持っており、それをマスラオに手渡した。
軍手を付けいよいよマスラオは準備万端となったが、祠にはなんの変化も起きない。
「さてどうしたものじゃ。悪霊が出てこんでは退治のしようもない」
マスラオが困ってしまうと、ベレンガレアが一計を案じた。
「私がフラメンコを踊ってみましょう。そうしたら悪霊が何事かと顔を出すかもしれません」
「それは名案じゃ。ではみんなで太鼓を叩き歌を歌い、大いに騒ごうではないか」
突然の宴会の開催に村人たちは忙しくなった。男集が何人も村に走り、ゴザや酒やつまみ、太鼓や笛を持ってきて、辺りがすっかり暗くなった頃、ついに祠の前でどんちゃん騒ぎが始まった。
いくつも焚き火が起こされ、揺れる明かりが不確かに人々や川原を照らす。そんな中、村人がはやし立てるのにあわせベレンがレアはウェディングドレス姿でフラメンコを踊った。
「おお、美しい」
マスラオは相変わらずふんどしと軍手だけの姿のままゴザにすわり、酒を口に運んでは愛する妻の舞に見惚れていた。
そうしていると、祠の土台のあたりの、組まれた石と石の間にできたわずかな隙間から、小さな影がそろりと出てきた。
「あっ、祠から何かが出てきた!」
村人の一人が叫ぶと、マスラオは素早く祠に飛びかかり、小さな影を両手でしっかり捕まえた。
「なんだ、タヌキではないか」
逞しいマスラオの両手にがっちり胴体をつかまれて、タヌキは怯えて震えた。
「さてはタヌキが大婆様をばかしたのか」
「これは退治せんと」
村人たちが口々にタヌキを責めるのに、ベレンガレアは割って入った。
「おやめなさい。ただの小動物ではないですか」
「じゃが奥様。タヌキは人をばかすといいます。奥様は伴天連人だからそれを知らんとです」
村人は自分よりも背の高いベレンガレアを見上げ、遠慮がちに言った。
「タヌキが人をばかす?そんなことは聖ドミニコも言ってはいません。そのような迷信にしたがって殺生を行うのはよろしくない。マスラオ、そのタヌキを山に逃がしてあげましょう」
マスラオは手の中で震えているタヌキを少し見つめてから、それをそっと山裾に下ろした。
タヌキは一瞬体を固まらせたままだったが、すぐに山の方に向き直ると草をかき分けて逃げていった。
「なるほど!拡大解釈すれば、祠にタヌキが住み着いたから悪霊が大婆様を呪い殺したと言える!」
村人の誰かが言った。
「そうじゃ。タヌキは山に帰ったから、これでもう大丈夫じゃ!」「さすが若様じゃ!」
村人たちはよろこび、いよいよ宴は盛り上がった。
すっかり夜も更けた頃に宴も終わり、人々は村に帰ることにした。
「ねえマスラオ。私、すっかり足がくたびれてしまった」
「随分踊ったからの。ならばわしがおんぶしてやろう」
村人たちは気をつかい、若いふたりから離れて先を歩いた。
マスラオにおんぶされたベレンガレアが
「月」
と空を指差した。
「おお。今宵は満月じゃな」
「うん・・・スペインにいた時に見た月とは、やはりどこか違うのだろうか」
「同じじゃろう」
マスラオは優しく笑った。
おわり




