チケット トゥ ライド
ある三月の晴れた日、群馬県に住むドヴェール族のモグリヌはネオ東京にやって来た。
「大都会だ」
ネオ新宿駅を出たモグリヌは、どこまでも続くアスファルトとコンクリートの世界に圧倒された。初めて見る帝都の光景は一面灰色で、空までスモッグでくすんでいる。
「なんだい、この毛むくじゃらのちっこいのは?長髪のカピバラかい?」
駅前で呆然と立ち尽くすモグリヌを、通りかかった軽薄そうな若いサラリーマンが揶揄した。
「あっ。こんにちは。僕はドヴェール族のモグリヌです。ネオ東京見物に来ました」
「ドヴェール族だって?とんだ田舎者だ。ここは帝都ネオ東京だぜ、火傷しないうちに山に帰るんだな」
サラリーマンは唇を歪ませていやらしくせせら笑い、モグリヌを見下ろした。
「わざわざ群馬から青春18きっぷを使ってやって来たのです。ぜひともネオ東京見物をしたい。そうだ、アナタ。よかったらネオ東京を案内してくれませんか?」
「おいおい!なんだって俺が見ず知らずの毛むくじゃらの田舎者の相手をしてやらにゃならんのだね!?まったく、田舎者ってのは実にあつかましいね!」
「もちろん、タダでとは言いません」
モグリヌは腹のあたりの毛をまさぐり、一枚のチケットを取り出してサラリーマンに差し出した。
「全国で使える、スケベ券です。もし案内をしてくれるのなら、これをアナタにあげましょう」
「スッ、スケベ券!本当かい!?」
「ええ。ネオ東京のいろいろを案内してくれるのでしたら」
サラリーマンはごくりと唾をのみ込んで、
「まかせたまえ。私が、本来であれば選ばれしネオ都民でなければ知りえないようなネオ東京の内部を案内しようではないか」
「ではお願いします」
モグリヌはスケベ券をサラリーマンに渡した。
「おお・・・!まさかスケベ券を手に入れることができるとは。田舎者などと言って悪かった。俺は島田トラック。シマトラと呼んでくれ」
「気にすることはない。僕は本当に田舎者なのだ。ではシマトラ、さっそくネオ東京を案内してはもらえないだろうか」
「もちろん。じゃあ、向こうに見えるビルディングの中でひときわ高くて大きい、俺の勤めるノアトゥン本社ビルを案内しようではないか。ついてきたまえ」
シマトラはモグリヌを自分の職場にいざなった。ビルの前は、機関銃を持った警備員が何人も立ち並び厳重なセキュリティーが敷かれていたが、シマトラが首にぶら下げたIDカードを見せると苦も無く中に入ることができた。
「アナタはずいぶん偉いのだな」
「まあな、と言いたいが、実際はただの一社員さ。エリートなのは間違いないがね。この会社は国の秘密の仕事すら請け負っている、超すげえ会社なんだ」
「秘密の仕事とは。そんな素晴らしいものを案内してもらえるのか」
「なに、気にすることはない。君はスケベ券をくれたではないか!それに比べれば社内機密くらい安いものだ」
二人は大きな窓ガラスが豊富に光を取り込む、天井の高い、床は大理石で、白くて丸い円柱が立ち並ぶ贅沢なロビーを歩いた。そして二人はビルの中にもう一つビルが入っているかのような、視界を覆う巨大な壁の前に到達した。巨大な壁に、ぽつんとエレベーターの入口だけがある。シマトラは暗証番号を入力してエレベーターの扉を開き、モグリヌを3階フロアーへと導いた。
3階フロアーに着くと、目の前に巨大な吹き抜けの空間が広がっていた。
「ほら、みたまえ。これが我が社の仕事だよ」
シマトラが吹き抜けの下のほうを指し示した。モグリヌは背が低かったので、吹き抜けの手すりに懸垂するようによじ登って下を見下ろした。
下降の広大な空間の中、半裸の大きな体の人間たちがいくつかのグループにわかれ、それぞれ勉強をしたりウェイトトレーニングをしたりして何やら活動しているのが見える。
「あっ!あれはお相撲さんたちではないか!?」
モグリヌは思わず大きな声を上げた。
「その通りだ。彼らは、我が社の作り出したクローン人間なのだ。ここは帝国の軍事力を増強するべく、クローン力士を製造している会社なのだよ」
「なんということだ。クローン人間を作り出すテクノロジーがあっただなんて」
「うちの会社にはバイオ細胞研究で有名な、かの、O・ボカータハル・K博士が主任研究者として在籍している。国連とかバチカンとかに秘密で、クローン人間を作っては軍隊やスパイ活動に派遣しているのだ。帝国の栄光を支えるのは、我が社のテクノロジーなんだよ」
「これほど大勢のお相撲さんが我等が帝国軍に派遣されるのか・・・お相撲さん一人の軍事力は一個師団に相当すると聞く。まさか、ネオ日本はまた軍事主義の道を歩もうというのか!」
「国防のためだよ!今さら領土拡大になんの意味があるというのだ?君はまさか左翼思想に毒された俗物じゃあるまいね?」
「そのようなことはないが。しかし、あまりにも想像を超えた帝都の秘密を目の当たりにした僕は、すでに空腹を感じている」
「だとしたら、このビルの11階に社員食堂がある。ランチとしゃれ込もうじゃないか」
二人は再びエレベーターに乗り込んだ。
11階は吹き抜けではなく、広いスペースを取った社員食堂だった。
「ここの社員食堂はすべてコンピューターで制御されているんだ。こうしてセンサーに手をかざすと・・・」
シマトラが壁に据え付けられた食券販売機の機械に手を入れると、青色の光が彼の手をスキャンした。
『オマエ・・・タンパク質、足リナイ・・・肉、食エ』
マシンヴォイスと同時に食券が発行され、隣の受け取り口で
「食券番号25番のお客様ー。焼肉定食、焼肉のみー」
とコールされた。
「このように、その人のコンディションに合わせたもっとも適切な食事が提供されるのだ」
シマトラは得意そうにモグリヌに説明した。
「恐ろしいシステムだな。どれ、僕はどうだろう」
モグリヌも毛むくじゃらの手を機械に通した。
『オマエ・・・豆トカガ、イインジャナイカナ。豆、食エ』
「食券26番のお客様ー。枝豆と冷奴ー」
「ははは!君は豆だけだな」
「本当に適切な食事なのか?」
二人は偏ったそれぞれの食事を渡された。
「あら、シマトラさんじゃない。あなたもお昼ごはん?」
二人の隣のテーブルに、豚足オンリー定食を処方された若いOLが座った。
「Q恵美ちゃん!」
シマトラは頬を紅潮させてうれしそうにOL・坂本Q恵美を迎えた。
「見かけない人・・・って、人じゃないわね。そちらの毛むくじゃらの生物はなに?」
「彼は僕のクライエントなんだ」
「初めまして、Q恵美さん。僕はドヴェール族のモグリヌです」
「モグリヌさん、初めまして。シマトラさん、社外の人を・・・って人じゃないか。社外の生命体をここにいれたら、あまりいい顔されないわよ」
「大丈夫さ。だって彼は俺にスケ・・・いや!彼の毛むくじゃらの体は、我が社の新たなテクノロジーに成り得ると思うんだ。部長だってアレだろ?」
「それ部長の前では言わないことね。部長のことを地上の太陽って言っているのが知れたら、私たち大分支社に左遷よ」
Q恵美はクスクスと笑った。
その時!彼らの足元の方から低く大きなゴオオオン!という振動が届くとともに、ビル内のサイレンが鳴り響いた。
『緊急警報、緊急警報。クローン力士たちが、反乱を起こしました。ビル内にいる社員は、速やかに退避してください』
「なっ・・・何が起こったんだ?」
シマトラが腰を浮かせてQ恵美やモグリヌの顔をおろおろ見回した。
『本日、昼食調整のシステムエラーで、クローン力士たちに適切な栄養の食事、サラダ・オン・ザ・サラダが支給されたことで、クローン力士たちが反乱を起こしました。社員は速やかに退避してください』
「なんてこと!朝稽古あとの力士にサラダしか支給しなかったですって!?」
「そういうことらしい、Q恵美ちゃん。早くここを逃げよう」
シマトラにつられQ恵美とモグリヌが椅子から立ち上がった時、次の絶望的な放送が彼らに届いた。
『クローン力士たちが、1階フロアーを占拠しました。あと、社長をサバ折りで抹殺しました。もうおしまいです』
シマトラとQ恵美が悲鳴を上げた。
そのうち、激しい破壊音が上から下から響いてきて、彼らは動けないでそこにとどまった。
「シマトラよ、どうなるのだ?」
モグリヌは聞いた。
「おわりだ!クローン力士たちは恐るべき破壊力を持っている。その奴らが理性を失って暴れているのだ。我々になすすべはない」
「サラダ以外を出したらいいのではないか?」
「うちの昼食システムは同一人物に重複で食事を出すことはないのだ!ああ、奴らの食欲を満たすほど、一般社員の食事はヴォリュームがない。俺たちは科学に殺されるも同然だ」
力が抜けたようにシマトラが床に崩れ落ちた。その直後、エレベーターがこの階にとまり、クローン力士たちが大量に食堂フロアーになだれ込んできた。
「俺たちは、サラダだけだ。お前たち・・・焼肉とか、豚足とか・・・豆?豆はいいが・・・とりあえず、殺す」
クローン力士の一人が言った。
「すまない、モグリヌ。こんなことになってしまった」
シマトラが申し訳なさそうにモグリヌに言った。
「心配には及ばない」
モグリヌは自分たちを取り囲むクローン力士たちを見回し、
「お相撲さん達よ、俺は群馬の豪農の息子だ!」
と叫ぶと、懐からお米券を大量に取り出しあたりにばらまき始めた。
「ああ!米!米でごわす!」
クローン力士たちはお米券を奪い合い、エレベーターに乗ったり窓を突き破って飛び降りたりしながら、全員フロアーからいなくなった。
「おおおっ!君はお米券まで持っていたのか!ありがとう、ありがとう!」
シマトラは感動のあまりモグリヌに土下座して泣き始めた。
「なあに。僕の方こそ珍しいものを拝見できてアナタに感謝するばかりだ。もうずいぶん時間がたった。次の街に行こう」
モグリヌはエレベーターを待ち、それに乗り込んだ。
「じゃあな、シマトラ。短いが有意義な時間だった。Q恵美さん。その男はスケベ券を持っている。覚悟することだ」
エレベーターの扉が閉まりモグリヌの毛むくじゃらの姿が見えなくなった。
「今日はなんだか、めまぐるしい日だ。・・・Q恵美ちゃん、これ」
シマトラはQ恵美にスケベ券を差し出した。
「Q恵美ちゃんッ!俺とッ!」
「・・・こんなもの。ばかっ」
Q恵美はスケベ券をシマトラの手から奪い取って背後に投げ捨てると、シマトラの首に手をまわしてキッスをした。
「ああッ!Q恵美ちゃん・・・」
「シマトラ・・・恋はいつでも、キセル乗車だぞッ」
「意味わかんないけど、Q恵美ちゃん!Qッ、Q恵美ッ!」
「ああん!駆け込み乗車はお控えくださッ・あッ!」
「無理だよ!もう止められない!」
恋の寝台特急は走り出した。
ビルを出たモグリヌは、クローン力士たちが暴れて巻き起こした砂ぼこり向こう、都会の生み出すスモッグの向こうに目を細めた。
「行こう、次の街へ。立ち止まって考えれるほど僕は大人でない」
モグリヌはネオ新宿駅へ向かって歩き出した。景色は灰色。だがいつか青色に出会うだろう。
それを疑うほどにモグリヌの心は色あせていないのだから。
おわり




