69.心の奥底、本音
橘の目には確かにエルが目を覚ましてこちらを向いているのが見えていたが、そのことが現実なのかいまいち把握できていないような表情をしていたが、今はそんなことはどうでもいいかの如くエルは話を始める。
「明夏音さんは駄目な人なんかじゃないです。皆の指揮を執って、私みたいなのにも他の人と変わらずに優しく接してくれる。それができるのは明夏音さんが駄目な人間じゃないからです」
「でも、あたしは……」
「それに、私は今回の件で明夏音さんが悪いだなんて全く思ってませんよ。むしろ悪いのは私です。近いから大丈夫だと言う安直な考えをしてしまったから、見張りの仕事の邪魔になるんじゃないかって思って皆さんに手間をかけたくないからしてしまった行動が招いた結果なんです。なので、明夏音さんは何も悪くないです」
橘はエルがもし生き返ったら彼女に叱られてしまうのではないか、どうして1人で行かせたのかなど恨まれるのではないかと思っていたが、返って来た言葉はエルからの謝罪だった。
今回の事件を招いたのはエル自身が1人で大丈夫だと言う軽薄な判断のせいであって、橘が近くなら大丈夫だろうと判断したせいではないと自分を責める橘をなだめる。
駄目な自分を駄目な人ではないという、普通の人なら救われるような言葉を投げてもらうが、それでも橘の罪悪感はぬぐい切れなかった。
被害者本人にどれだけ「あなたは悪くない」「駄目な人なんかじゃない」と言われてもその言葉に感謝できるほどではなかった。
「あたしは……」
申し訳なくもエルの言葉には答えられない有無を口にしようとした時、エルの表情は優しい表情から一変し、まるで第1回の時の怜に対する表情を同じだった。
「私の知ってる明夏音さんはそんなのじゃないはずですよ! 私の知ってる明夏音さんは、皆をまとめ上げて、お兄さんのようにどんな困難だとしても乗り越えられるような人ですよ!」
「……君の知っているあたしはそうなんだろうけど、本当のあたしは皆が思ってるような、何でもできて評価が高い人間じゃないんだよ……」
エルは橘に自分の知っている彼女の人物像を強く語って見せるが、それでも橘はエルの言葉を完全には受け入れられずに委縮してその場から動いてはくれない。
エルは橘の事を高く評価しているが、本人は自分の心の奥底まで知っているからこそ、他人が想像しているものとは違いが生まれる。
エルも今伝えることができる全てを伝えたつもりだが、それでも彼女の心を動かすことができなく、これからどうすればいいのか分からなくなってしまい、今の自分では橘を変えることはできないのかもしれないとも思ってしまう。
するとエルはその場から立ち上がり服に着いた土や汚れを払う。
「私は信じてますよ。明夏音さんはきっと自分を乗り越えられるって」
「……」
橘はきっと自分の心と向き合って、乗り越えられるとエルは信じていた。
その言葉だけを残して、エルは今いる場所から走って別のところに移動していき、その眩しく見えた後ろ姿を橘はただ無心に見えなくなるまで見続け、見えなくなった後両腕に顔を乗せて涙を流しながらも誰にも言えない本心を小声で口にする。
「あたしだって、乗り越えたいよ……」
◇怜視点
エルが生き返った中、怜の方は未だラティオマラと交戦中だが未だ一撃も入れることができていない。
ラティオマラの外部は木材や金属でできているように見えているため、一見魔法や武器で攻撃を加えれば傷の1つや2つつけることは容易のようにも思えるが、奴の外部は特殊な素材でできているようで怜の刀で攻撃をしても何も効果がなかった。
(何か突破口は無いのか……?)
「お前の刀は鈍らのようダナ」
「……守ってるだけで、戦うとしても自分の盾としてテラポーンを生成して、本体であるお前は何も攻撃しようとしないやつには言われたくないな」
「ならば見せてやろウ。私の攻撃を」
怜はラティオマラの挑発に配下であるテラポーンを出してただ守っているだけではないかと挑発し返すとラティオマラはその言葉を受けて其方がその気ならこちらも少々力を見せようと自身の体を変形させる。
その姿はまるで戦車のような外見だが、一般的に戦車と聞いて思い出すような一撃で相手を静めるようなものではなく何発も繰り出して相手が降参するまで撃つのを止めないと言わんばかりの物量の塊を模した外見だった。
そして怜はその変形を見てまずいと思ったのか、後ろに下がって距離をとろうとした瞬間にラティオマラは戦車の砲撃口からレーザー光線や本物の銃弾を怜の方向に目掛けて発射してくる。
怜は咄嗟に後ろを向いて目の前にある電灯に捕まって遠心力で遠くの方まで飛んでいくと、銃弾は回避できたもののレーザー光線は自動追尾型のようで飛んでいった例を追尾して目標に命中するまで止まるのを知らずに怜に向かっていく。
(くそ、この光線が厄介だ……この後、正面にある建物の屋上に着いたらどうするか……)
怜の飛んでいった方向にはちょうどいい高さの建物が何軒か建っており、その屋上に着地した後の対処をどうするか考えていた。
最善案は屋上から再び別の場所に移動することだが、それではいつか怜が疲れ切った時に被弾してしまう為、もっと他の方法があるのではないかと建物に着地するわずかな時間で考える。
その結果、怜が今右手に持っている惨黒刀ではじくことにした。
この刀は第1回の際にラティオマラが製造したA級のテラポーンが所持していたもので、この頑丈な刀でなら交戦でさえもはじくことができるのではないかと考えた。
そして建物に着地するとそこには灰色の髪をした男性が立っており、このままでは流れ弾がこの男性に当たってしまう可能性があったため、急遽場所を変えることにしたが、去り際にその男性に危険だということを注意喚起しておく。
「そこの人、ここは危ないですよ!」
「ああ! 分かった!」
(状況判断はかなりの物だね。気配を消してたとはいえ、僕が見えた瞬間にすぐに呼びかけて自分は別の場所に移動する……か)
その男性は移動することなく怜の状況判断の早さを分析していた。
すると無数にあるレーザー光線の内の1発が男性の元に向かって飛んでくるが、その男性は右手の人差し指を顔の前に立てて、とある呪文を唱えたと同時にその指を光線の方に突き刺して横にゆっくりと移動させる。
『斬』
呪文が唱えられた瞬間、レーザー光線は真っ二つに割れて消滅していった。
「さて、ここからが見ものだな」




