68.理を超えた救済
ドクターが【天魔極解 理を超えた救済「ラティオネム・ビヨンド」】が発動された瞬間、ドクターの白衣の襟元から無数の管が現れ、エルの負傷した部分に繋がれ、黄金に輝く液体が管を通っていき、エルの体内に注ぎ込まれていく。
その光景はドクターの言っていた通り理を破壊したかのようなもので、いつも自分たちが使っている能力とは次元が何段階も上の所業だった。
ドクターはその液体を注ぎ込んでいるとき、彼女の顔中には汗がびっしりとあり、それほど体力や魔力を消耗しているのだろうと思い、彼女が言っていたこと全てに納得がいく。
「はぁ……はぁ……」
「あの……大丈夫です―――――」
「黙って、集中しないとこの手術は成功しないから……!」
彼女の尋常ではない消耗を見て橘は近くに行こうとして声をかけようとした時、顔を橘の方には向けずに集中させてくれと怒りではなくお願いしているかのような声色で端的に話してからまたすぐにエルの手術に専念する。
手術中のドクターの顔を見れば一発で分かった。彼女が今までどれほどの人を助けてきたまでは分からないものの、過酷な修羅場を幾度と潜り抜けてきたことだけは彼女の姿勢からひしひしとこちらにも伝わってきていた。
そして管の中の黄金の液体が完全に注ぎ終わると管はドクターの中に戻っていき、終わったかと思えば次は妖精ナースが入っていた救急箱とは別のケースの中からAEDのようなものを取り出した。
「それって、AED?」
「それに近いもの。今彼女に流し込んだ黄金の血液を活性化させるために全身に電気ショックを起こす」
「それって危険なんじゃ……」
「私を馬鹿にしてる? ドクターに失敗は許されないの」
ドクターが取り出したのは電気ショックを起こすための機械だが、普通の人間に使うAEDとは違い、心臓付近に使うのではなく全身に電気ショックを流すのだという。
その理由はドクターがエルに流し込んだ黄金の血液というものを活性化するために使うのであって心臓に集中的に使うのではなく全身にくまなく使わなければいけないらしい。
それではエルの体自体が持たなないのではないかと懸念の声を橘が投げると次は自分の職業を馬鹿にされたようで少し怒りが籠ったような声で自分がどれだけ医者という職業に命を懸けているのかを口にする。
医者という職業は人間の命を預かり、救うための仕事であり失敗という2文字は許されることではない。
その覚悟を医者を始めてからずっと決めてきていたドクターにとって懸念の声が一番彼女にとってノイズとなっていた。
そしてドクターはエルの服を捲り、腕、胸部、脚部、首元に電気ショックを起こすための装置を貼り付け、電気を流す元の機械を開いて「Emergency」と書かれたクリアカバーを外して赤いボタンを強く押す。
「私はドクター。失敗はすなわち自分の死を表す。だからこそ私はそこらの医者よりも志を何倍も高く掲げているの」
エルの全身に強力な電気が流れ込み、その電気に黄金の血液が反応してエルの体内を物凄い速度で駆け巡り、だんだんとエルの体の血液になじみ始めていき、損傷した箇所を瞬時に再生していく。
すると大量の失血によって青白くなった顔にも張りと色つやが戻っていき、気が付いた頃には全身の怪我は傷跡が見えないほどに塞がった。
それを確認したドクターは5体の妖精ナースを呼び出してエルの体に生命エネルギーを注ぎ込んでいく。
宙美優が完了して、ドクターがエルの傍から離れて散らばった救急道具を片付けている様子を見て橘がドクターに話しかける。
「あ、あの!」
「ん? どうしたの」
「もう、終わりなんですか?」
「私がやることは全て終わった。しばらくすればその子は起き上がるよ。必ず」
「……ありがとう、ございました……!」
「お礼は別にどっちでもいいけど、しっかりと借り、返してよね」
ドクターはエルはもう少し経てば必ず起き上がると言っており、ドクターの言うことだから本当に起きるだろうと橘は彼女の言葉を信じて、今回のお礼を深々とする。
その姿にドクターは見向きもしなかったが、去り際にほんの少しだけ橘の方を向いて借りは無からず返してほしいと言うと橘は言葉は出なかったものの誠実に頭を縦に振った。
ドクターが去った後、被害が出ないところまでエルを運び、壁に寄りかかって体育すわりをして未だ目を覚まさないエルに対して独り言を話し始める。
「……あたしって、本当に駄目な人間なんだね。今回の遊戯で痛いほどわからされたよ、エルちゃん。今まではさ、助けが来た時にあたしが来て助ければ皆から称賛されてさ、それがあったから自分の中では『ああ、自分って皆の役に立ててるんだな』って、心酔してた。本当は1人では何もできっこないただの弱っちい能力者だった」
「……」
「怜と出会って、彼がいかにエルちゃんを大事に思っているのか、見くびってた。彼は君の為なら命を懸けてでも助けに行こうとして、自分なんかどうなったっていいって軽く言えるような人なんだよね。その人をまじかで見るとさ、自分ってまだまだ甘いんだなって、嫌でもわかっちゃうんだ」
橘は自分が今回の遊戯でいかに未熟だったのかを嫌というほど思い知らされたことを語っていた。
今までの彼女はデザイナーや能力者として一般人から高く称賛されていたおかげもあってか、自分はできる人間だと思っていたが自分より身も心も上位の存在に出会って自分が今までどれだけ未熟だということを自覚できていなかったのかが分かってしまった。
その存在が怜だった。
彼はエルがピンチになれば一目散に助けに行く上、自分の命よりも彼女の命を第一に優先する、先程ドクターが橘に問いかけていた「自分よりも大切な存在として接してきた」存在だったのだ。
その彼の戦いや言動を見てきて、心酔していた自分がどれだけ駄目な人間だったかが分かってしまったのだ。
「ごめんね、こんな駄目な人で……」
「……駄目な人なんかじゃ、ない、ですよ……」
「エルちゃん……?」
エルに今できる精一杯の謝罪をして、自分の真下にあるアスファルトに涙を零した瞬間、隣から聞き覚えのある少女の声が聞こえてきた。
その声の方向を向いてみると、そこにはきれいな金髪をした少女が起き上がっていた。




