64.人工悪魔、暴れる
樋口に躓いてしまった上城戸を上から目線で見降ろし、彼の頭部に銃口を突き付ける。
もう他に上城戸を助けてくれる仲間は全員脱落しており、どれだけ叫ぼうとも帰ってくるのは静寂だけだ。
上城戸はこの状況を見て今ようやく理解できた。
自分は強者の立場に立っていたが、それは妄想であり本当は今目の前にいる辻井怜という男の前では自分は弱者なのだと体で分かってしまった。
「最後に言い残すことは無いか」
「……へぇ、君は私が彼女にしたようにいたぶってから殺さないんだ」
「やっぱりか……俺はお前とは違う。俺は生き残るために、エルの敵討ちの為にお前を殺す。それだけだ」
怜は決して上城戸を彼がエルにしたように拷問をしてから殺すようなことはしないつもりだった。
もともと怜は拷問なんてされたくないし、したくも無かった為、ただこの遊戯に勝ち残って生きて現実空間に戻ることと大切な人であるエルを酷い目に遭わせた敵討ちとしてだけの理由で、上城戸を殺す。
それを聞いた上城戸は口角を上げて、ますます自分が弱いことを証明されて完膚なきまでに敗北を味わった気分になり、全身の力を抜いて地面に倒れこんだ。
「……負けだ、私の」
「お前が今は無き正義感を持ってたら、一緒にこっち側で動けていたらなんて、一瞬思ったよ」
「それは天地がひっくり返ってもあり得ないな。最初に出会った時に言っただろう? 私は現代社会の改革を起こすために反怨者になったと」
「……そうだったな、お前はそういうやつだったな」
「やるなら早くやってくれ。私は、待つのが一番嫌いなんだ」
「じゃあな」
怜は彼が地球の平和の為に一緒に動いてくれていたら、とても嬉しかったと感じてしまった。
すなわちこの戦いで勝利した怜も、彼の実力を奇しくも認めていたということになるが、上城戸はその怜の言葉に完全な否定の言葉を返す。
2人が出会った最初の時に、上城戸は反怨者になった理由というのはこの腐った現代社会を改革する為であって、その気持ちはどんなことがあろうとも変わることは無いようで、その言葉を聞いて怜は最初の会話を思い出す。
その会話が終わると早くやってくれと言わんばかりの表情をして怜の方向を見ており、彼の嫌いなことは待つことだといい、殺す前に彼の特徴を知ることができて怜は思わずふっと笑ってしまう。
そして最後の会話を交わした後、怜は地面に倒れこんだ上城戸の頭を撃ち抜き、絶命させた。
【赤チーム全滅を確認。青チームの勝利です】
「やっと、終わった……」
ようやく決着が付き肩の荷が下りたのか怜はその場に倒れこむ。
額や首元からは汗が絶え間なく流れ落ち、服にはその汗が染み込んでいき、疲れから肩で大きく呼吸をする。
暫く経った後、怜はゆっくりと立ち上がり、エル達の元へとふらふらと歩きながら向かっていき、生存確認を行う。
「皆……! 大丈夫ですか……!?」
「ありがとう、怜……」
「助かったっす……」
「よかった……」
幸運なことに致命傷を受けた3人は意識を保っており、怜の呼びかけに答えることができて心の底から一安心する。
今自分が持っている包帯などですぐ応急処置をしたいが、まずは3人の後ろで横になっているエルの安否の方が重要だと思い、急いでエルの方へと向かってエルの肩を揺すって呼びかける。
「エル、勝ったよ、俺」
「……」
「エル?」
「……」
エルに上城戸との戦いに勝利したことを笑顔で話すが、一向にエルの返事がなく、何度もエルに呼びかけるが反応がなく、怜は焦ってエルを仰向けにして右腕の手首に指を当てて脈を計る。
すると脈拍がほぼ無いに等しく、触っている細くて小さな手も普段は温かいはずなのに、今ではとても冷たい感触が怜の手に広がっていた。
様子がおかしいと思った橘は 這いずりながら怜とエルの元に向かっていくと、彼の表情は今まで見たことのないほどに深刻な表情をしていた。
「怜……?」
「エルが……エルの……脈が……」
「……まさか!」
怜は声を震わせながらも橘に説明するが、完全に言い切るまでに橘はその言葉の意味を悟って急いで橘は怜と同じようにエルの右手首に指を当てて脈を計るが、エルの脈は完全になくなっていた。
つまり、死んだ、ということになる。
そのことは怜も悟っているが、その現実を受け入れられなくて今にでも発狂してしまいそうなほどに全員が震えあがっており、橘は声をかけようにもかけられなかった。
そして怜は声を震わせながらも、意識のないエルに話しかける。
「な、なぁエル、嘘だろ? 死んだなんて。きっと、何かの、冗談だよな? 俺は、上城戸との、戦いに勝って、お前を絶対に助けるって……約束したじゃないか……」
「怜……」
「頼むから、起きてくれよ……頼むから!!」
「っ……」
「うわああああああああああっ!!!!」
怜がどんなに話しかけようとも、脈が無いエルは返事を返してくれずに目を瞑ったままの状態だ。
そんな中でも例が上城戸との最終決戦の前に約束した、戦いに勝って必ず助けるという約束を、怜からではなく、エルから破られてしまったことに、怒りではなく悲しみだけが込み上げていた。
死んだ人間に怒っても、その怒りが死人に届くはずはないのは分かっていたが、怜の口から出る一言一言はどんなに大声を出してエルに語り掛けても怒りの感情は一切なく、悲しみの感情だけが言葉に刻み込まれていた。
その状況を見て、橘は涙が流れそうになったが、それを必死に耐えた。
この状況を生み出したのは自分なのに、その加害者が被害者面して涙を流すことなど誰も、ましてや自分自身でさえ許すはずがなかったからだ。
そして涙をこらえていると、怜がどんどんとエルが死んだという現実が嫌でも受け入れてしまったのか、大きな声を出し、彼女の体を強く抱きしめて大粒の涙を流し始めた。
すると妙な現象が起き始める。
怜の背中から黒い靄のようなものが出始め、だんだんとその靄は肥大化していき、物凄い速さで空へと昇っていくと、ある一定の高さまで登った時に空に透明なガラスがあるのか靄が空中で止まったかと思えば怜の出した靄が空にヒビを入れていく。
「あれは、もしや……能力の暴走……!?」
怜の靄の正体は人工悪魔の力の暴走だった。
1年前にエピドロメアスに一度殺された際に人工悪魔の力の源であるディアボロスと出会った時に言っていた、力が暴走する危険性があるかもしれないと言っていたが、その力の暴走の鍵となるのは感情のコントロールだった。
当時は世界を救わなければいけないという強い意志があったおかげで感情のコントロールがうまくいき、力が暴走することは無かったが、今こうしてエルを失ったことによる強い悲しみが暴走のトリガーとなってしまったのだ。
そしてガラスの限界が来た時、空が割れ始め、その割れた先には自分たちの住んでいた都市空間が広がっていた。
空間が完全に破壊された瞬間、視界が真っ白に光り、怜以外を除く全員が目を強く閉じ、しばらく経過してから目を再び開けるとそこに広がっていたのは遊戯開始前にゲートの前で並んでいた場所の地面に座り込んでいた。
「これは……いったい何が!?」
「分からないっすけど、多分元の場所に戻れた……ってことなんすかね?」
すると空から禍々しいゲートが出現し、その中からはこの最低最悪の遊戯を作り出した張本人である邪神・ラティオマラが現れていた。
「まさか私の空間を破壊するとハ……やはりあの者は危険……」
「ラティオマラ……!」
そして我に返った怜は自分の目の前にいるラティオマラに対して強い怒りを覚える。
するとラティオマラは高らかに笑い、次のように宣言した。
「フハハハハ! 面白イ! 第3回の遊戯は変更だ! 第3回の遊戯は私と辻井怜、お前との直接対決とする!」
第1章 2/3 The Hollow Ordeal 死島団戦篇 終了。




