55.油断は禁物
「よかった……どこか怪我とかは?」
「大丈夫、どこも怪我してないよ」
「なら安心です」
戦闘が終わった矢先に田崎は心配した様子で橘の元に来たが、彼女の無事が分かった途端に全身の力が抜けたように地面に膝をつく。
そんな心配性の彼を見て橘は心配しすぎだなと思いながら笑顔を見せて立ち上がろうとする田崎に手を貸す。
一旦ここから立ち去ってテントの方に戻って全員の安否が確認できたところで3人は再び残りの時間の見張りを続けるが、先程の蜘蛛のテラポーンとの戦闘からというもの、他のテラポーンとは一切遭遇することなく見張りの時間が終わろうとしており、それと同時に空も徐々に明るくなってきていた。
その時、女子のテントからエルがゆっくりと出てきたのを橘が発見する。
「おはようエルちゃん、よく寝れた?」
「おはようございます。おかげで良く寝れました」
「それは良かった」
「あの、すこし近くにある川で顔を洗って来てもいいですか?」
「いいけど、1人で大丈夫?」
「はい、すぐ戻ってきます」
エルは起きてそうそう顔を洗いたく、現在皆がいるテントから少し離れた、と言ってもあまり遠くないところに川があり、そこに行きたいと言うが、橘は少しだけ彼女1人で顔を洗いに行かせるこが心配だった。
残りの休憩時間はあと十数分といったところで、ここから川まで行って戻ってくる時間は少なからずあるものの、もし帰り際に敵チームの誰かが偵察に来ていた場合、戦闘能力がない彼女は確実に殺されるか捕まえられて人質状態にさらされる可能性はゼロではない。
正直橘はついていきたかったが、エル本人が1人でも大丈夫だと言っているのだから大丈夫だと思って渋々1人で行くのを了承した。
するとエルは急いで戻ろうとしたのか川までは走って向かっていった。
◇エル視点
「やっぱり、最初見た時もそうだったけど、この川綺麗だなぁ」
エルは川まで走って行ったおかげで残りの休憩時間は10分ほどとかなり余裕を持つことができた。
帰りも走って行きたかったが、さすがに疲れた状態で遊戯再開してしまったら他のメンバーに迷惑をかけてしまうかもしれないと思ったので時間に余裕があることから歩いて戻ることにした。
そして両手で綺麗な川の水を掬ってそれを顔にかける動作を数回行ってから、ポケットに事前に入れておいたハンカチで優しく顔の水滴を拭いて立ち上がる。
エルが帰ろうとした時、エルの正面、もしくは斜め前の方向から何か木の枝を踏んで枝が折れたような音がして、エルはそれが不気味に感じてしまい、その場で立ち尽くす。
もしかして味方チームの誰かが心配になってこっちに来ているのかとも一瞬思ったが、音の方向からしてその可能性は限りなくゼロに等しい。
しかしその音が気になったエルは気が付けば川の向こう側、音の下方向にへと足を一歩、一歩と進めていた。
「だ、だれかいますか……?」
エルはか細い声で近くに誰かいないか尋ねるも、誰1人として姿を現すわけもなく、ただ森林の中に幼い女子の声だけが響き渡る。
もしかして木が勝手に折れた音がたまたま聞こえただけなのかもしれないと心の中で強く思いながら、ここは引き返して早く皆の元に向かおうと足をテントの方向に運んで数歩のところで、ウィンドウが自動で表示される。
【ブレイクタイム終了。これから再び感染者の殺害が可能です】
「嘘、もうそんなに……!? 早く行かないと……!」
気が付けが休憩時間は終了され、これから再び人間を殺害する遊戯が始ってしまうと分かった瞬間、エルは一気に血の気が引き、急いでテントの方に向かわないとと走ろうとした。
その時、後ろから何者かが布を持ってエルの背後に接近し、エルはその背後の気配に気づいた頃にもう遅く、エルの口元に薬品のような匂いのするハンカチで塞がれる。
「んんーーーー!?」
「おとなしくしろ」
「っ……」
エルは逃げようと必死にもがいたが、後ろにいる者はうっすらと聞こえた声色から恐らく成人男性と思われ、そんな力強く抑えられたら当然非力なエルは抵抗することもできない。
力強く抑えられてからたったの数秒で、エルの意識はだんだんぼんやりしていき、10秒が経過した頃には既にエルは意識を失っていた。
それからというもの、後ろで待機していた数名の男性がエルの意識を失わせた男性の合図でぞろぞろと集まってくる。
「夜明け前に騒がしい音がしたから偵察してみれば、やっぱり敵が近くにいたか」
「どうする、こいつ」
「殺すな、人質にできる可能性だってできる。判断は今休んでいる上城戸さんが起きてからだ」
「分かった。誰か1人運ぶのを手伝ってくれ」
男性たちはエルの身柄をどうするか簡単に話し合った結果、現在拠点で休憩中の上城戸が起床してから彼に任せることにし、男性2人がかりでエルの身柄を拠点へとっ運んでいく。
その際、エルの体を持ち上げた時に先程エルが川で顔を洗った後に使っていた白いハンカチがポケットからするりと落ちたが、その存在に気付く敵チームは誰一人として気づかず、昇りゆく朝陽にただ照らされるだけだった。
◇怜視点
「……い、怜!」
「は、はい!?」
怜は誰かに大声でたたき起こされ、飛び上がるように毛布から身を出して返事をする。
起こしてきた人の顔を見ると起こしに来たのは橘だったが、普段の明るい表情ではなく、どこか慌てているような表情をしていたことに加えて、彼女の声が少しだけ震えているようにも聞こえた。
起きてからまだ時間が経っていないということもあって頭が回らず、最初は自分が起きるのが遅くて怒っているのかとも思ったが、この後に彼女が口にする発言で、怜は一気に眠気が吹き飛ぶ。
「ごめんなさい、起きるのが遅くて……」
「そうじゃない!」
「えっ?」
「いなくなったんだよ、エルちゃんが!」
「……ええっ!?」




