52.失われたもの
怜達が見張りを開始した頃、女性陣のテントでは束の間の休憩が始っていた。
怜達が頑張っているのだから呑気に世間話なんてするなと言いたいものもいるが、休憩の時間くらい肩の荷を下ろしてそれぞれの話したい事を話そうと思った橘は、エルと神崎に向かって自分の話を始める。
「急だけど、2人はさ、家族っている?」
「家族ですか?」
「うん」
「私はお父さんとお母さんがいます。大学生になってからは別々に住んでますけどね」
「私は……家族と言っていいのかわからないんですけど、お兄さんだけが、今の私の家族です……」
「そっか、エルちゃんは記憶がないんだっけ」
「そうなんです。なので本当の私の家族が今どこで何をしているのかは、全くわからないんです」
神崎は父親と母親両方のいるごく普通の家族構成だったが、エルは怜と会う数日前までしか記憶がない為、母親も父親もどうなっているのか不明だ。
そんな中で今まで生活を共にしてきた怜の事を、エルは家族と言っていいのかわからないが、彼は自分の家族同然だと話す。
まるで、本当の兄のように何から何までやってもらっていた。
そんな優しい存在に出会えた事を2人はいい話だと思いながら聞いていたが、橘はどこか曇った表情をしており、そして両親と離れていながらも良い関係を築けている神崎と本当の兄のような存在がいるエルの2人を羨ましく思っていた。
橘は聞いた側として、少し言いずらそうに自分の家族の事を話し始める。
「……あたしはね、両親がいないんだ」
「えっ……」
「エルちゃんは分からないと思うけど、3年前に起きた能力者の大規模テロで、あたしの両親は両方とも被害に遭って死んだんだ」
「そんなことがあったなんて初めて聞きました」
「とある能力者が反怨者側に寝返ってね、そいつが10月31日、つまりハロウィンの日に大規模なテロを引き起こしてかなりの負傷者や、死人が出た事件なんだ」
「確か、範囲は東京、埼玉、神奈川でしたっけ」
「ああ」
今まで誰も知らなかったであろう真実を、今橘は2人に話した。
なんと橘には両親がいないのだ。
彼女の両親は3年前の10月31日にとある能力者、灰崎文哉によって引き起こされた大規模なテロ事件の被害者となり、橘が病院に到着した頃には既に両親は絶命していたとのことだったが、神崎はその話を聞いてそんな話をするのはさぞ苦しいはずなのにどうして平気でいられるのだろうかと疑問に思ったが、その事については口に出して聞きはしなかった。
月の光でほんのり薄暗くなったテントの中に流れる不穏でありながら少し気まずい空気が流れているのを感じた橘は、やはりこの話を今するべきではなかったなと反省しながら慌てて話題を変えようとする。
その時、エルが小声で橘の事を話す。
「……すごいですね、明夏音さんは」
「あたしが、凄い?」
「そうですよ、両親を失ったショックとか、大きいはずなのに自分の目指した夢を追い続けながら、能力者としての活動もこなしている。普通の人にはできっこないと思いますよ、私は。私なんて、お兄さんが居なければ何もできないただの一般人ですし」
「……」
エルは橘の事を深く尊敬していた。
両親を失ったショックや絶望感に吞まれずに自身の夢であろうデザイナーとして、そして能力者としての活動もそつなくこなしている、そんな彼女をエルは尊敬しているのだ。
反対に、エル自身は怜が近くにいないと何もできない一般人だと自分を卑下しながらも少しだけ笑みを見せた。
自分1人では何もできない自分とは反対に、橘は孤独と向き合って今まで生きてきたことがすごいと伝えると、橘はこんなにも正直な褒められ方をされたのはあまりなかったのか、思わず涙腺が緩みそうになり、少しだけ下を向いて目元を拭くが、その時間はわずか一瞬だった。
あまり長い時間この経験したことのない感情を表に出していては他の2人にまた何かあったのかと心配されそうだった為、自分のそんな弱いところはまだ表に出したくないと思ったからだ。
そして顔を上げた時にはエルが橘と遊戯開始前の最初の頃に見せたような明るい笑顔で2人に顔を向ける。
「……ありがとう。なんか分かんないけど、心が軽くなった気がする」
「それならよかったです」
「さて、そろそろ寝ようか。時間は有限だからね」
「ですね」
この話題が始まってからしばらく話した後、そろそろ各自就寝しようと橘が言うと2人も横になって上を向き、ゆっくりと目を閉じる。
休憩時間の半分を睡眠に充てると計画していたので、起きてからは今外でテラポーンが来ないか見張りをしている怜と瀬戸口に代わって、橘と神崎が残りの時間見張りを行う。
その為にも少しでも多く休息をとって体をリラックスさせなければいけないが、今の橘は先程エルに言われた言葉が余程心に沁みたのか、目を閉じてから時間はあまりかからずに夢の世界にへと足を運んでいった。




