35.遊戯・脱出②
◇遊戯終了まで、残り30分
エルを優先して脱出させ、ゲートが定員に達し消えるまでしっかりと見送った後、陽凪はふーっと一息つくと様々な所から冷汗が止まらなくなった。
「どうしよう! あんなにエルちゃんを優先したとはいえ1人で動くのは無理だよぉ……」
陽凪は少しだけ後悔していた。
自分は嫌というほどの臆病なのにここから1人で脱出ゲートを見つけるのは無理があった。
透兵はしっかり陽凪の後ろに待機しているが、もしこの1人の状況でS級のテラポーンや好戦的な人物などに出会ってしまったら自分1人でいったいどうすればいいのだろうかと不安が込み上げてきていた。
しかしこう立ち止まっていてはエルが去り際にかけてくれた言葉を無下にしてしまう。それだけは嫌だった陽凪は、全身が恐怖に包まれていながらも先に進み始めた。
「うぅ……」
時間が無いことは分かっているが、どうしても急いで進むことができない。
残り時間が1時間を切ってからはとてつもないほど濃い霧が立ち上っていてそれでいて木々が風で揺れる音だけが聞こえるといったあまりにも静かな空間になっている。
少し木々が揺れる音以外のガサゴソとした音が鳴るだけで陽凪は「ひゃあ!?」と腑抜けた声を出す。
そんな中でもできるだけ自分が怖いものを見ないようにと下を向きながら脱出のゲートを探していると、何かが歩いている音が聞こえ、恐る恐る正面を向いてみると大きな人型のテラポーンが目の前に現れていた。
その姿を見た瞬間に思わず「ひっ……」と声が漏れてしまい、その声を聞き逃さなかったテラポーンは陽凪の方を向き、短剣を2本取り出した。
陽凪の後ろにいた透兵も戦闘になることを察知し、彼女の前に出て戦闘態勢をとる。
陽凪はそのテラポーンの佇まいがどこか怜のような風格を感じたが、そんな戦闘にどうでもいいことはすぐに消え去るかのように目の前ではすでに戦闘が始まっていた。
3体1と普通ならば数の多い方が優勢になるはずだが、テラポーンは透兵3体を相手にしてもなんの問題もないように戦っていた。
短剣を2本持っているため、少しでも手元が狂えば全体のバランスが崩れてしまうはずだが、そこはやはり機械で作られた体だからか、無駄が一切ない動きでそれぞれの攻撃を受け流して反撃を繰り返していた。
すると後方で弓の透兵がテラポーンに目掛けて矢を撃つと、テラポーンは右手の短剣を上に投げ、飛んできた弓矢を掴んでから近接で戦っている盾の透兵の頭部にその弓矢を突き刺した。
透兵は突き刺された弓矢を何とか取ろうとしているところで、テラポーンは間髪入れずに先ほど空中に投げた短剣を再び右手でキャッチした後に透兵を頭から真っ二つに切り落とす。
「グオォォォォォォォ……」
盾の透兵は荒げた声を出して切られたところからゆっくりと消滅していった。
短剣だと盾の透兵のように対象が体格の大きい場合は一発で真っ二つに切り落とすのはほぼ不可能だと思われるが、切り落とした後の短剣には黒いオーラが流れていた。
テラポーンは切る直前に短剣全体に自身の魔力を纏わせてから切っていた。
オーラが短剣の刀身が短いという欠点を補い、盾の透兵を一撃で仕留めるほどの刀身にした。
残った2体の透兵は味方が一撃で倒されたことに驚いたのか、片足を一歩だけ後ずさりさせたが、すぐにテラポーンの方に向かう。
槍の透兵が先に仕掛けるが、槍を真っ直ぐ突き刺したが簡単に躱されてしまい、後ろから心臓部分をオーラの纏った短剣で刺されてしまい、あっさりと消滅した。
最後に残った弓の透兵も矢を高速で何発も撃ち込むが、テラポーンはそれらを全て弾き落とし、目の前で矢をへし折った後、2本の短剣で槍の透兵と同じように心臓部分を突き刺し消滅させた。
たったの数分で約A級に相当する怜の透兵3体が1体のテラポーンの前で負けてしまい、場に残っているのは陽凪だけだった。
陽凪はこの数分で起こった状況が飲み込めていないのか、その場で立ち尽くしたままになっている。
そして最後の敵を倒そうとテラポーンが短剣に付着した血液を振り落とし、陽凪の方にゆっくりと近づいていく。
陽凪はテラポーンが血を振り落とす音で我に返り、今味方はどこにもおらず、残るは自分1人ということに今更ながら気づき、死が近づいているという恐怖に思わず尻餅をつく。
「いや……来ないで……!」
立ち上がって早く逃げなければと思うが尻をつきながらのそりのそりと後ろに下がっていくが、このままでは確実にやられてしまう状況でテラポーンは彼女に戦う意思が感じられなく、一気に始末しようとだんだん歩く速度を速めていき、あと一歩でとどめを刺されそうになった瞬間、後ろから何者かがテラポーンに向かって進んできていた。
「下がっていろ!」
そう言った男の正体は数十分前に別れた湖崎で、テラポーンとの戦闘を始めた。
「こ、湖崎さん!?」
「聞こえなかったのか? 下がっていろと言ったはずだぞ!」
湖崎から下がれと言われた陽凪だったが、彼とこんなにも早い段階で再会することができたことに対して動揺し、すぐに下がれなかった陽凪に湖崎は再び下がるように声をかけると、次は聞き逃さずにすぐに木の陰に隠れて湖崎の戦闘を見ていた。
テラポーンは殺害対象を湖崎に変更し、短剣を2本持ち彼の方に走っていき攻撃を仕掛けた瞬間に湖崎は明晰暗殺を使って透明化したのと並行でしゃがみながら攻撃を回避し、後ろからコアを破壊しようと試みるが、テラポーンは右の短剣をすぐさま後ろに持っていきコアへの攻撃を防御する。
(こいつ、辻井と同じように俺の明晰暗殺を見破れるのか……? できればまぐれであってほしいが……)
湖崎は透明化したのにもかかわらず、攻撃を防がれてしまったことに疑問を抱いており、テラポーンも怜同様透明化を見破る力を有しているのではないかを危惧していた。
そんな中で敵の攻撃を捌く時間が続き、時間が経つにつれて湖崎に疲れが出始めたのか剣の振る速度が落ちていき、腕と足にそれぞれ二ヶ所ずつ怪我を負ってしまった。
(このままだと湖崎さんが……! わたしはどうすれば……?)
その状況を見て陽凪も非力ながら何か手助けはできないかと考える。
そして30秒が過ぎ、湖崎の能力の限界時間になり強制的に透明化が解除されてしまい。圧倒的不利な状況に陥る。
(まずいな……何か策はないか……)
湖崎が次の策を考えている中、テラポーンはじりじりと近づいてきており、このままでは湖崎はテラポーンの短剣で切り殺されてしまう。
そんな状況で湖崎まであと3メートルまで近づいて来た時、急にテラポーンの動きがだんだんと鈍くなっていき、最終的には動きは完全に止まった。
「何だ……?」
後ろを振り向いてみるとそこには先程まで木の陰に隠れていた陽凪が杖を持って能力、行動抑制 《ムービング・レストレイント》を発動させていた。
「湖崎さん、今です!」
相手はA級のテラポーンということで陽凪よりもランクが高く、彼女が抑えられる時間はあまりない。
そのため、陽凪は能力を発動と同時に湖崎に攻撃を仕掛けるように声をかけると、湖崎はすぐに立ち上がって動けないテラポーンに向かって進んで行く。
そして背後に瞬時に回り込み、コアを一突きで破壊する。
陽凪の能力が解除されたのはテラポーンのコアに剣が届く1秒前だったが、さすがのテラポーンもその間に回避することは不可能だったようで、コアが破壊されてゆっくりと消滅していく。
【A級のテラポーンが倒されました。湖崎清人に15点が加算されます】
「はあ……はあ……」
テラポーンを倒したことで15点を手に入れた湖崎だったが、かなりの疲労がたまっていたのか膝をついて息を切らしていた。
「湖崎さん!」
陽凪は杖をしまって湖崎の元に向かう。
「すみません、わたしのために戦って怪我を負わせてしまって……」
「勘違いするな、俺はお前との約束を守っただけだ。それに、お前が死んだら遊戯終了時の医療費がもらえなくなるからだ。約束をしてなかったら、お前のことは無視して進んでいただろうな」
「うぅ……」
「あの金髪の少女はどうした?」
「エルちゃんは先に脱出させました。わたしにとっても、大切な人の1人なので」
湖崎が陽凪を守ったのは彼女と結んだ約束を守るためであった。
第3回遊戯終了時までにお互いが生き残っていたら陽凪の賞金1000万円を全額家族の治療費として湖崎に渡すという約束だが、これはかなりのリスクがあり、戦闘能力がない陽凪1人がA級のテラポーンと戦えば即死してしまい治療費はなくなってしまう。
それを回避するため偶然遭遇した陽凪を助けたというわけであったが、湖崎が最後に言った言葉には少し不服だった陽凪は湖崎のことをじっと見つめたが、湖崎はそんなことはお構いなしに膝に手をついて立ち上がる。
「ほら、あっちに脱出のゲートがある。そこから早く脱出しろ」
「でも、それだと湖崎さんが……」
「俺は別にゲートを発見している。だから早くいけ」
湖崎はここに来るまでに2つの脱出のゲートを発見しており、脱出する前にテラポーンを討伐して少しでも死点を稼いでおこうと辺りを散策し、今では所持点数は160点にまで行った。
そのことを聞いた陽凪は自分の分まで見つけていたことに安堵して湖崎が指さした方向にある脱出のゲートまで行くことにした。
「湖崎さん、第2回でもお気をつけて」
「ふん」
陽凪が最後に挨拶をすると湖崎は適当に返事をして会話は終わり、陽凪は脱出のゲートに鍵を挿しこみ、ゲートの中に入っていく。
「さて、辻井怜、あいつは脱出したのだろうか……」




