29.揺らめく
怜が一段階ギアを上げてきたことを察知した男はすぐに剣のスイッチを押して明晰暗殺を発動させる。
それとほぼ同時に怜も自身の能力の1つである隠密を発動すると男は再び驚いた。
(こいつ、俺と同じ様な能力が使えるのか……? だが、精度はあまりのようだ。俺のような完全な透明化ではなく、擬態に近い形の透明化。それなら、何の問題もない)
男も怜が隠密を発動してすぐに自分と類似した能力、完全な透明化ではない事をすぐに見破った。
そして怜の隠密の弱点はもう1つ、隠密中に行った攻撃が防御されると自動的に隠密が解除される上に、一定期間隠密が使用不可となること。
しかし怜がこの状況で隠密を使ったのにはそのデメリットを考慮した上での作戦だった。
怜は慌てること無く、こっちに来てみろと言わんばかりにその場に立ち尽くしており、男は呑気に立ち止まっている隙を狙って猛スピードで怜の方向に走ってくる。
「呑気に立ち止まっている暇はあるのか!」
(まだだ……もっと凝視しろ。俺の考えが当たっていればきっと、見えるはずなんだ。あいつが攻撃を仕掛けてくる時が!)
怜は歩くことで凝視する精度が落ちると考え、ずっと刀を前に向けた状態のまま歩こうとはしなかった。
足音は全く聞こえず、ただ自分の呼吸と心臓の音しか聞こえていない静かな状況の中、約5メートル付近まで近づかれた時に、怜の目の前の濃霧がひとりでに揺らめき始める。
付近の木の葉や地面に生い茂っている雑草が靡く音は聞こえなかったため、決して風の影響ではないと考えた。
まるでろうそくの火によって現れた陽炎のような見え方だった。
(やっぱり! あいつの能力の弱点は霧や煙幕といった立ち上る環境だ。今の俺とあいつの距離は恐らく5メートル。剣の範囲に入ったら絶対に斜めに振りかざしてくる筈だ、その攻撃を絶対に防ぎ、反撃する!)
怜の考えていた男の能力の弱点は当たっており、瞬時に次のすべき行動を判断してさっきまで下げていた刀の剣先を上げ、防御、そして反撃する準備に入る。
そして男と怜の距離が2メートルまで近づいた瞬間、男は剣を右から左に斜めに勢い良く振り下ろしトドメを刺そうとしたが、怜はその行動を読んでおり男とは反対方向の左下から刀を切り上げ、お互いの武器同士が『ガキイィィン!!』と甲高い金属音を鳴らし、攻撃を弾いた。
(何!? 俺の攻撃を見破っただと? こいつ、どうやって……)
男は自分が完全に透明な筈なのに攻撃を防がれた事に対して動揺を隠せない状態だった。
防御には成功したが、怜の隠密も厳密には通っていないため隠密が強制解除され姿を露わにする。
しかし幸運なことに男の明晰暗殺も最大時間の30秒が過ぎたので能力が解除されこちらも姿を露わにした。
そこに間髪入れずに怜は攻撃の手を止めずに左足を1歩前に出し、切り上げた刀をそのまま振り下ろし男の胴体に一撃を与えようとするが男は間一髪で足を半歩後ろに出し怜の攻撃を何とか防ぎ、致命傷には至らなかった。
お互い能力を使わずに己の武器のみで戦い合い、剣と刀がぶつかる毎に火花が上がり、どちらも引けを取らない戦闘が続く。
中々決着がつかない中怜は両手で握っていた惨黒刀を左手で持ち、空いた右手に亜空間魔法で短剣を取り出してそれを男の方に勢い良く投げると男は予想外の攻撃に反応が送れてしまい、間一髪で防ぐの精一杯なところに走りながら怜が攻撃を畳み掛けていく。
刀が射程圏内に入り、刀を真横に振ると何とか防御に間に合った男だが、ギリギリの状況で4割の魔力が乗った攻撃を受けたため手から剣が弾かれてしまう。
そこにトドメを刺そうと横に振った刀を瞬時に斜め上まで持っていき、右から斜めに振り下ろす男の胴体に今度こそ確かにダメージを与えることが出来た。
しかし男もタフで、攻撃を受ける寸前に半歩後ろに下がることが出来たことでダメージを最小限に抑えることが出来た。
しかし確かにダメージを与えられた男は膝を付き、その前に怜が立ち尽くし、逃げられない状況を作った。
「何故、俺の透明化が分かった……」
「俺に攻撃が来る直前に霧が揺らめいたのが見えた。だから俺はお前の能力の弱点が視界不良の環境だと考えた」
「じゃあなんでお前も透明化を使った……? 霧の動きを見るだけなら、能力を使う必要は無かったはずだ」
「俺が隠密を使ったのはブラフだ。姿が見える状態で、お前に能力の弱点を探っている事を悟らせない為のな」
怜が男と同時に隠密を使った本当の理由は相手に弱点を探っていることを悟らせないためだった。
男の能力を探るために立ち止まっている状態で姿がくっきり見えてしまうと目線等で行動が読まれてしまう可能性があり、怜はその事を考慮して自分の隠密を犠牲にするという諸刃の剣の作戦を選んだ。
その怜の作戦を聞いた途端、これは自分の負けだと感じたのか、膝を付いて地べたに座っていた男はバタリと地面に寝そべった。
「……俺の負けだ。早く殺せ」
「何で……」
「俺の明晰暗殺を見破り、こうして逃げられない所まで追い込まれた。それに、能力を連続で使用するとオーバーヒートして暫く使えない今の状態じゃ、お前に勝てる見込みは無い」
明晰暗殺は短時間の内に連続で使用すると、体内でオーバーヒートが発生して回復するまで能力が使えないというもう1つの弱点がある。
怜の隠密の様な能力使用時の攻撃が防がれた時に強制解除されるという事は無いが、この完全に不利な状況で反撃しても返り討ちされることが目に見えていると判断した男は、自身の負けを認めて剣も手から手放した。
もう男に戦う意思は無く、後は怜に殺されるのをただ待つだけだったが、今の怜にはこの男を殺すのは間違っていると判断し、刀を仕舞う。
「……俺は、極力人は殺したくないんだ。だから、殺さない代わりにお前が言っていた計画を教えてくれ」
「……いいだろう。だが、俺の計画は何も面白く無いぞ」
「それでも良い。教えてくれ」
怜は、男を殺さない代わりに最初に言っていた《《計画》》について教えて欲しいとお願いをすると、仕方なく男はそれを了承して怜達に自身の計画を話すことにした。
一先ず戦いに決着が付き、木に隠れていたエルと陽凪を集まるように呼んだが、先程感じた恐怖がまだ残っているのか男からは距離を取って怜の後ろに隠れていた。
「では、俺の計画の全てを話す」




