11.名前
「お風呂、ありがとうございました」
「別に良いよ」
少女は怜が渡した中学生の頃のジャージを着て風呂から上がってきたが、思った通り少しジャージが大きく袖からは指先が出るか出ないかくらいの長さだった。
泥や汚れまみれだった身体は綺麗さっぱりになり、ブロンドの長い髪も先程までのベタつきも無くなりサラサラの綺麗な髪に戻った。
しかし改めてしっかりと彼女の髪や顔を見てみると、全体が整っており、もはや完璧と言っても過言ではない顔立ちでまるで天使のようだと言っても差し支えないほどだったが、身体を見てみると少し痩せ型の体型に見えたが恐らく記憶を失ってからあまり食事が取れていなかったのだろうかと少し心配になった。
そして風呂から上がってきた所で怜は自分の名前をまだ彼女に伝えていない事に気づいたので、遅れながらも自己紹介をした。
「あ、そういえば俺の名前まだ言ってなかったよな。俺の名前は辻井怜、まぁ、好きに呼んで構わないよ」
「じゃあ、お兄さん······と、呼んでも良いですか?」
「名前は呼んでくれないのか······まぁ良いけど」
怜は別にどう呼ばれようと良かったが、少女が自分の事を名前では無く『お兄さん』と呼ぶようにしたのは心のどこかで少し残念な気持ちが浮かんでいた。
名前と言えば、この少女は自分の名前も記憶から消えている為、まだ彼女の事をどう呼べば良いのかあまり分かっていなかった。
「君の事、なんて呼んだ方が良い?」
「私も、呼び方は何でも大丈夫です」
「何でも······」
(何でもってのが一番困るんだよなぁ······)
「お兄さん、あれ何ですか?」
「あれ?」
呼び方について聞いてみると返ってきたのは何でも良いと言っていたが、何も分からない状況で何でも良いというのが一番困ってしまう。
一体なんて呼べば良いのだろうかと悩んでいた時に、少女がリビングにあるテレビを指差して尋ねてきたので怜もテレビを見てみると、とあるゲームキャラクターの宣伝CMが流れていた。
「ああ、最近リリースされたゲームのキャラクター宣伝だな。リリース前から結構期待値は高かったとかなんとか」
「そうなんですね。あの水色の目の女の子は誰ですか?」
今テレビに映し出されているゲーム広告は先月リリースされたばかりの新作ゲームで、リリース前に公式が発表した予告動画がクオリティが物凄く高く、世間からは期待の眼差しを向けられていた。
そして少女が再び指を差した。そこには少女と何処となく似ているような似ていないようなビジュアルで髪は金髪、目は青色をしたゲームキャラクターが映し出されていた。
何故か少女は他のキャラクターに比べてその金髪青目のキャラクターにより一層熱い視線を向けているように怜は見えた。
「あれはラファエル。何でもこのゲームの主人公、つまりゲームプレイヤーと共に世界の脅威に立ち向かう存在らしい」
「へぇ······!」
「なんか、夢中になってないか······? ······そうだ、あのラファエルから二文字名前をとって、『エル』って名前はどうだ?」
「エル······!」
少女がテレビに映っている広告に夢中になっている所で怜は頭の中で一つ考えが浮かんだ。
それは今少女が見ているラファエルから名前を取り、『エル』という名前はどうだろうかと提案をした。
正直大雑把すぎる名前の付け方ではあるものの、記憶が戻るまでの間の名前なのだから多少凝らずとも問題はないはずだと怜は思っていた。
すると少女は自分の名前を提案してくれたことが嬉しいのか、キラキラと目を輝かせていた。
「その様子なら、決まりみたいだな。これからいつまで一緒かは分からないけど、よろしく、エル」
「こちらこそ、よろしくお願いします。お兄さん」
エルの様子から、名前はそれで一先ず決定ということにし、改めて怜は挨拶をするとエルも微笑みながら挨拶をしてくれた。
するとエルの方から『ぐぅ〜』とお腹の音が鳴り、音を聞かせてしまったエルは思わず顔を赤くし、その顔を両手で塞いだ。
しかしエルがお腹を鳴らすのは納得できる。
路地裏の様子では記憶を失ったであろう数日間まともな食事も取れていなかったのだろうから思わずお腹を鳴らしてしまうのは仕方が無い。
「ご、ごめんなさい!」
「良いよ別に、最近あまり食事取れてなかったんだろ?」
「はい······」
「なら、簡単な物だけどご飯作るから待っててくれ。たが味には期待を膨らませるなよ、本当に普通のご飯だから」
エルはお腹を鳴らしたことに思わず謝ったが、怜は今のエルの状況を見れば致し方ないと思ったので少し微笑んで問題無いと答えた。
すると怜は椅子から立ち上がりエプロンを着てキッチンに向かい、エルの為のご飯を簡単だが作ることにした。
怜は両親が蒸発してからというもの毎日自炊を欠かさず行っているが、正直な所味にこれといったこだわりが無いので基本的な普通の調理方法や味付けしか行ったことが無いので、エルに味にはあまり期待はするなと苦笑いを浮かべて料理を始めた。
しかしエルはここ最近本当にご飯をあまり食べてきていなかったのか、味の良し悪し関係なくご飯を食べれるという事自体に嬉しさを抱いているようで、怜が料理をしている所をまじまじと眺めていた。
「何作ってるんですか?」
「チャーハン。手軽なやつと言えばこれに限る」
「美味しそうですね······!」
怜が作っているのはチャーハンだった。が、卵や他の食材はこれといって特別な物は無く、スーパーで安売りしていた物を使っている。
完成に近づいていくともうエルは怜の作っているチャーハンに目が釘付けになっており、今にでも涎が垂れそうなほど眺めている。
完成したら皿に盛り付けて上に小ネギを散らせば完成。
早速お腹をこれでもかというほど空かせているエルの目の前に完成したチャーハンを置いた。
「はい」
「うわぁ······い、頂きます!」
「どうだ?」
「とっても美味しいです!」
「ゆっくりで良いぞ。一応、フライパンの中にまだチャーハンは残ってるから」
「はい!」
エルは一口食べた瞬間に目を見開かせ、頬が落ちるほど美味しいのか次から次へと口に運んでいく様子から、それほど美味しいのだと感じ取れる。
念の為足りない事を考慮して半人前程度フライパンの中におかわりは用意しているが、今のエルの食べる様子から恐らく残りも平らげてしまうだろう。
予想通りエルは残っていたチャーハンも全て平らげた。
「ご馳走様でした。とても美味しかったです!」
「それは良かった」
ご飯を食べてから幾分か出会った時よりエルの顔色が良くなっていき、表情からは最初の時の怯えた表情は面影も無く、今は天使のような笑顔で此方を見ている。
エルの皿やフライパンを洗い終え、時計を見てみるともう夕方になっていた。
怜としては家に帰り着替えてから対策本部に行き近藤に挨拶に伺おうとしていたが、エルの面倒を見ていたらあっという間に夕方まで時間が経ってしまっていた。
外は少しずつだが暗くなっていて、今から行こうにも少し難しい所があった。
エルを連れて対策本部まで行こうにも警察に一緒に歩いている所を見られたら少女誘拐の疑いが掛けられてしまう。
かと言ってエルを家に置いて行くのもあまり好ましくない。
その為、怜は日を改めて近藤の元に向かう事にした。




