Ep②双子の妹
ガツンと言う音とともに練習用の剣が宙舞い、白銀の長い髪が揺れた。
「ま、参った!」
リリーは目の前で尻もちをついている男の子に立ち上がるよう手を貸した。
空に舞った剣の持ち主は遠慮なくその手を取り立ち上がった。
「っさすが、リリーお姉様にはまだ敵いませんね」
まだあどけなさの残るこの男の子はリリーとローズの弟である。
「ヒース、それでも随分強くなってきたわね。もうすぐ敵わなくなりそうだわ」
すぐ後ろから声がした。
「ヒース殿下、こちらへ」
後ろからハッシュ卿がヒースを呼んだ。先ほどの打ち合いを見て、弟に指導している。
その間リリーはハッシュ卿の様子をちらちらと盗み見てしまう。
年上のハッシュ卿は天才騎士として帝国でも指折りの存在だ。
精悍な顔つきも逞しい肩も、見ているだけでリリーの胸は高鳴るのだった。
けれどリリーはこの気持ちを言葉にして彼に伝えることはない。
この王国は西側を海に東側を2つの国に挟まれており、現在は均衡が保たれているものの、そのバランスがいつ崩れるかなど誰にも分からない。
そのため、他国の王族と婚姻関係を結ぶことで関係を良好に保ってきたのだ。
自分たち王女はつまり政治の道具でもあるのだ。
自分の意志とは別のところで人生は動いていく。
それが皇族として恩恵を受ける自分たちの義務であり責任なのだとリリーは考えていた。
現に両親はリリーかローズのどちらかを隣国に嫁がせたいと考えているような話しぶりだった。
「・・・様?リリー様?」
ぼんやりとしていたら、ハッシュ卿に声をかけられているのに気づかなかった。
のぞき込むような姿勢で見つめられて、思わず顔が熱くなった。
「大丈夫ですか?今日の訓練はここまでよろしいでしょうか」
「そ、そうね。そうしましょう。」
赤くなった顔を見られないようにそそくさと離れようとしたその瞬間、足がもつれてしまった。
ぐらりと体が傾いたと思ったら、誰かが受け止めてくれた。
目を開けるとハッシュ卿だった。
「随分、お疲れのようですね。顔も赤いですし、私が運びましょう」
軽々と持ち上げられると、彼の顔が近づいてくる。
抱えられて、耳まで熱くなったリリーは彼に悟られないようにうつむいた。
白銀の髪が頬を覆う。
自分の顔は彼の心臓の音が聞こえてきそうな距離なのに、自分の心臓の音の方が聞こえてしまわないか心配になるほどうるさい。
「あの、もう大丈夫です。おろしてください」
心臓が早鐘のように打っている。
「では、そこの入口まで運びましょう」
リリーは気まずくなり会話を探した。
「ハッシュ卿……来週の私たちの成人のパーティーには出席いただけますか?」
ハッシュ卿は「ああ」とリリーの質問に少し困ったように微笑んだ。
「当日は会場の警備を仰せつかっておりまして……」
「そうですか……」
つまり、両親か私たち双子の護衛ということだろう。
それは憧れの人が見ているところで、ほかの貴族や他国の王子と踊らなければならないことを意味する。
そう思うとリリーの胸はきゅっと痛んだ。
「では当日もよろしくお願いします」そう言うのが精いっぱいだった。
「では、私はこれにて」
ハッシュ卿はリリーを降ろすと訓練場から宮殿の入り口で待機していた侍女たちにリリーを引き継いだ。
「リリー姉様の剣術は本当にお強いな」
後からついてきていたヒースがそう言いながらハッシュ卿に向き直った。
「ところで、ハッシュ卿、リリー姉様のことはどう思いますか?」
「どう?とは」
「とぼけなくても、リリー姉様は明らかにあなたに気があ…」
「恐れながら、リリー様はこの国の王女様。私などお相手になるはずもありません」
ヒースが言い終わる前にハッシュ卿が口を挟んだ。
「う~む、お姉様ご本人は隠しているつもりだろうけれど……」
女性剣士としてはかなり腕が立つものの、どうにも不器用すぎる姉のことがヒースは心配なのだった。
彼が話しているときはうっとりと見つめているし、少し近づいただけで、耳まで真っ赤になり、自分の訓練がない時は窓に張り付くように騎士団の中にいる彼をじっと見つめていることもあった。
逆にリリーにも聞いてみたこともあった。
「リリー姉様ってハッシュ卿のこと好きでしょ?」
「は?え?ええええええ?!なに言ってるの?そんなわけないじゃない?何なの急に?!」
「なんで顔真っ赤になってるの?」
ヒースにそう聞かれて、リリーの顔がますます赤くなった。
「こ、れ、は!ちょっと暑いだけよ!!」
「ふ~ん、そういうことにしておこうか」
これ以上からかうと、姉の頭が噴火しそうだったので、やめておいたが、明らかに姉の気持ちはハッシュ卿に向けられていた。
それなのに、目の前のこの男はそんな姉の気持ちに気づかない振りをしている。
哀れな姉よ。
ハッシュ卿は相変わらず表情は変わらないが、
姉を見つめる時の目は、ほかの騎士たちに向けるものとは明らかに違っていた。
ただ、二人ともお互いの身分の違いや自分を取り巻く環境を考えてしまうのだろう。
もっと素直になれば良いのになあと、まだ幼いヒースはため息をついた。




