第四十話
「ちぇ、シァンとミミを陽動にして僕に近付く、か。ここまで計算通りだったのかよ、ヒイロ」
身体を切断され、上半身のみの姿となったキースが観念したように笑って尋ねる。今は彼自身の回復魔法によってなんとか命を保てているが、残り数刻もしない内に魔力も尽きるであろう。
「そんな事はない。俺は何も計算なぞしていなかった。こうして決着が着いたのは仲間達が俺を心配してここまで来てくれた。ただそれだけの理由なんだ、キース」
「仲間、か。羨ましいな」
ふっとキースが笑う。
「そうか。こっちの世界に来てから、ずっと満たされてこなかった理由が分かったよ。僕はあの頃よりずうっと金持ちなのに、ひとりぼっちだったのがいけなかったんだな。それもそうだよな、僕はここへ来てから誰かから物を奪うような事ばかりしてしまったから。そんなヤツが幸せになんてなれるはずがなかったんだ」
「人間は結局、一人では生きていけないんだ。支配や略奪ではなく、仲間や家族と共に生きる事が人間の幸せなんだ。キース、お前がもっと早くそれに気付いていれば、こんな孤独な世界を作らずに済んだのだろうが……」
そうだな、とキースは心の底から頷いた。
「お前の言う通りだ。家族や仲間を幸せにするために生きる。最初からそんな風に生きる事が出来れば、僕の人生はきっともっと幸せだったと思うよ、ただ最初の一歩を踏み出す勇気を振り絞れなかったんだ」
「誰だって勇気を出すのは難しい。人に親切をするよりも、誰かを傷付ける方がずっと楽なのだからな」
直前まで争い合っていた二人であったが、そこには奇妙な連帯感のようなものを感じられた。どちらかがどちらかにコンプレックスのようなものがあったのかもしれないが、それでも彼らは一度共に旅をした仲間だ。
「もしお前にやる気があったならの話だけどな、ヒイロ。この国の超大統領としての権限はお前に譲らさせて欲しい。色々面倒がある国だけど、皆を飢えさせない程の環境程度はある」
「俺なんかで構わないのか?」
「お前だから良いんだよ。こんな寒い世界はもう沢山だ、これからは暖かい時代になるよう、僕はあの世で祈っているよ」
こうしてキースは長い眠りについた。その時、彼が浮かべていたのはまるで十代の子供のような穏やかな笑みであった。
「ところで気になったんじゃがのう」
二人の会話を黙って聞いていたミリシアが告げる。
「お主は何故、自分は今にも死ぬような雰囲気を出しておるんじゃ、キース?」
「……なんだって?」
不穏なミリシアの発言にキースも思わず目を見開く。
「この程度の傷、余のヒールで一発で治してやるわ。ほれ『ヒール』!」
という形で目の前でキースの体が復元されていくのを見て、ヒイロが尋ねる。
「躊躇なく治しているように見えるが、お前は構わないのか?」
「いや、余一人では直すのにも限界もあるからのう。おお、来たなユイ!」
噛み合ってるのかいないのかよく分からない会話をしている内に、車を運転してきたらしいユイが到着した。
「ミミに頼まれたからきたけどよー。そんな気安くアタシを救急車扱いするんじゃねーよ。一応、アタシとミミはリトルシスターに刃向かった極悪人って扱いなんだからなー! 病院まで連れて行って即タイホ、なんていったら笑えないぜ?」
「つまらぬ事を心配するでない。それに、今回の患者はその法律を決める側の人間じゃからのう。命の恩人をそう悪くは扱わぬじゃろうて」
テキパキとキースの運搬準備が始まる中、当の本人も困惑した様子で、
「まさか僕、このまま死ねない、なんて事はないだろうな? この世に未練はもうないんだけどなあ」
「残念ながら、そうらしい」
「困ったなあ……さて、どんな目に遭わせられるやら」
そんな会話をヒイロと交わすのであった。
◯
その晩、ヒイロの住むアパート『夕刻荘』には、彼とミリシア二人きりであった。ユイ、ミミ、キースは自宅や病院で夜を過ごすとして、行くあてのないはずのシァンやヒオすらもどこかに姿を消していた。
暖房のない部屋なので、自然と暖を取るために二人の距離は近くなる。本来、用も無くなったはずのミリシアがこの部屋に留まる理由はないはずなのだが、ヒイロはあえて言及しなかった。
変にその話題に触れる事で、彼女が機嫌を損ね、このまま家に帰ってしまうかもしれないと彼が考えたからだ。
床に二つ並んで布団を敷く。これは先日、ヒオとシァンのために購入したものだが、当人不在の今、それをヒイロ達が使ったところで非難される謂れはないだろう。
「灯りを消すぞ」
「うむ」
布団に入り、二人は天井を見上げていた。
「本当に良かったのか。キースを生かして」
そこで先ほどからずっと気になっていた事を、ヒイロが尋ねる。
「なんじゃ。いつもはお主の方があやつを生かすよう指示するタイプじゃったろうに、宗旨替えでもしたかえ?」
「そういうつもりはない、だがキースはこの超大国ヒノクニという国で数え切れないほどの人間を殺した。それは、あいつ自身の命ですら贖えないほどの罪だ」
「コココ。まさかお主、余が同情や哀れみであれを生かしたと思っておるのか?」
「違うのか?」
全然違う、と彼女は布団から上体を起こし指を二つ立てる。
「一つ目は単純。あやつは確かに大量の人間の命を奪った。ならばその分、罪を償って貰わねばならぬよな? 死んだ方がマシと思うほど人助けをさせてやらねばと思ったのよ。二つ目、今後はお主がこの国の統治をするのは良いが、手本となる考えや方法も分からぬ中では不安も多かろう。国を託すと言った以上、引き継ぎはしっかりして貰わなければならぬわ」
「思ったよりも色々考えているのだな、お前」
「阿呆。本来であればこういう面倒な事はお主が発案せよ。これからは一人でこの国の行く末を決めていくのじゃぞ」
「お前はこれからどうするんだ?」
「さてのう、お主はこれから忙しくなるじゃろうし……どこか静かな場所で隠居でもしようかの」
再び横になり、軽い調子で話すミリシアの返事を聞いたヒイロは何か言いたげに押し黙る。暗い部屋を二人分の沈黙が支配した。
それは気まずい沈黙であったが、不思議とヒイロは嫌な気分ではなかった。
「……」
「……何か、言いたい事でもあるのかえ?」
「その、なんだ」
意を決したようにヒイロは切り出した。
「正直、お前の言った通り俺一人ではこの国を導いていく事は難しいだろう。だから……俺の隣でこのヒノクニを良くするための補佐をして貰いたいんだが、どうだろうか」
気恥ずかしさもあり、彼は隣に眠っているだろうミリシアの顔を見ずに言葉を紡いだ。
「補佐をする程度であれば、さっき言った通りキースで良かろう」
「いや、その──」
「もっとはっきり言って」
「え?」
唐突なミリシアの発言に驚きよく見ると、いつの間にか彼女はヒイロから背を向けるようにして横になっていた。そしてわずかに見える彼女の耳は、暗がりの中でもわかるほど赤くなっている。
「だから……もっとはっきりと、分かりやすく言って欲しいのじゃ。二度と忘れたりしないようにのう」
分かった。とヒイロもようやく覚悟を決めた。彼は、背中越しにミリシアを優しく抱きしめて、告げる。
「お前の事が好きだ、ミリシア。ダイタニアで初めて会った時からずっと。これからも俺と一緒にいて欲しい、頼む」
「──ああ。もちろんじゃ、イヤだと言っても絶対に離してやらんぞ」
振り向いたミリシアの顔は赤く、眉尻から涙が流れていた。それが喜びの涙である事を他の誰よりもヒイロは理解していた。
こうして互いに思いを通じさせあった二人は、穏やかな暗がりの中で暖かい抱擁を交わすのであった。
その晩、長い間超大国ヒノクニに降り続いていた雪が止んだ。それは人々の身を凍らすような冬が過ぎ去り、春の到来を予感させるものであった。




