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第三十九話

「……ろ! ロよ、目を覚ま……!」

 遠くから自分を呼ぶ声がする。ヒイロにとっては聞き慣れた声であった。何度倒れようとも蘇り、自分の前に姿を現す彼女。そんな彼女が悲しそうな声で泣いているとすれば。

「ヒイロ! 目を覚ますのじゃ!」

 聞こえる声に従って、ヒイロは両の眼を開いた。そしてその先に待っていたのはミリシアの泣き顔だった。

「お主、目覚めたのか。気絶しとったんじゃぞ」

「そう言えば、初めてだったな」

「何がじゃ? 何が初めてなんじゃ?」

「これまで何度も戦って来たが、お前の泣き顔を見るのはこれが初めてだ」

「阿呆、こんな時に何を──」

 引き止めようとするミリシアを手で制し、ヒイロは再度立ちあがろうとする。

「待っていろ、もう二度とお前を泣かせないようにしてくる」

「立つな! 致命傷じゃぞ!」

「安心しろ、俺は死なない」

「何を根拠に!」

「誓ったからだ。俺はお前より先には死なぬと」

 その言葉を皮切りに制止するミリシアを脇へどかし、強引に立ち上がる。

 辺りの様子は気絶前とほぼ変わりがない。ただしヒオが気を失っている上、彼女の指に仕込まれていた毒の影響で、ミリシアが魔法を使えなくなっていると見た。この状況から鑑みるに、意識を失っていたのも長くて数分と言ったところだろうとヒイロは結論付ける。

「目覚めたのか。死に損ないめ……いや、起き上がってくれて嬉しいよ! 僕のこの手でお前を殺せるんだからね!」

「キース……ずいぶんと見違えたな。ミリシアから事前に念話で聞いていなければ、お前と分からなかっただろう」

「そっちは相変わらず辛気臭い顔をしているな。見ているだけでイヤな気分になってくる!」

 会話もそこそこに、起き上がったばかりのヒイロへ、不意打ちの形で召喚した氷柱を飛ばすキース。ヒイロは高速で飛来する大質量の氷をバターのように両断した。

「あらゆる魔法を無効化する聖剣グラム……剣術バカのお前にはピッタリな補助輪だな。そいつさえなければ、お前は何も出来ないくせに! 何が勇者だ!」

「似たような事をダイタニアでも言われたな。あの時はシァンとヒオが話に混ざってきたので、それで終わったが」

「気に入らないんだよ! いつもお前ばっかり褒め称えられて! 魔法だったら、僕の方がずうっと優秀なのに!」

「他人に褒められたいという気持ちは、俺には分からんが……。最後の魔王討伐が無事に済んでいればお前も英雄の一人として崇められていただろう。だが、どうしてこっちの世界に来てまで権力や名声に固執する?」

「富も名声も全部得たお前には分からないだろうさ! 権力? 名声? そんなの欲しいに決まってるだろ! 強者が弱者から奪って何が悪い! この地位はな、僕の才能と努力で勝ち取ったんだ、だったら僕が何をしても構わないじゃないか!? 感情抜きで否定してみろよ!」

「感情抜きでなど話せるか。俺達は人間だ。お前が過去、どのような経験を経て今の思想に陥ったか分からぬが……悲しむ者がいる以上、誰かの命や努力を踏みにじるのは許されない」

「知ったようなクチをぉ!」

 今度は火炎魔法が襲いかかる。先ほどから守りに徹するばかりで攻撃に転じない彼の姿にミリシアが疑問を口にする。

「ヒイロ、何を悠長に話しておる! そいつはこれまで、数え切れぬほどの死人を産んだヤツである。情けなど無用、斬ってしまえ!」

「くくくく、違うなぁミリシア、やつは今こんな事を考えている。『この傷では俺はあと一度しか剣を振るえないだろう。しかし、万全の状態であるキースを一撃で倒す事なんて出来るだろうか』とな。ヒイロは動かないじゃない、動けないんだ」

 ははは、とキースは笑う。

「つまり勇者はあと一歩の所で僕に手が出せないって訳だ! 僕は寛大だからね、どうしても死にたくないって言うんなら、命だけは助けてあげよう。もちろん二度と逆らえないように制限はつけさせてもらうけど!」

 今度は雷魔法をヒイロへと放つ。

「もうフラフラだね。どうだい? かつて見下していた仲間に良いようにされる気分ってのは? あの頃のちっぽけな子供だった僕はもうどこにもいない! 完全なる支配者としてこの国を治めるのさ!」

「いいや、キースは。俺は一度だって仲間を見下してなんていやしなかったぞ。それに、お前は昔とまるで変わっていない、あの頃と同じ子供のままだよ」

「お前──!」

 逆上したキースが我を忘れかけたその時、新たな乱入者が彼の視界に現れた。

「勇者殿ー! ユイ殿達の助力を得て、市民の安全が守られました故、助太刀に参ったで御座る!」

「シァン! あの直情型バカまでもがここに来るとはな! だが今の僕の敵じゃない!」

 キースは舌打ちを一つして攻撃の照準をシァンへ変更する。性格は単純だが、腐ってもダイタニア最強の騎士団長だ。こちらの魔法に対する解除魔法やヒールを用いてヒイロを回復させられてもまずい。

「状況は分かりませぬが、取り敢えずキース殿をぶん殴らせて頂くで御座るよ! 間違ってたら謝りますので!」

「お前の対処法は分かってるんだよ! 考えるのが苦手なお前は多くの魔法を同時に対処する事が出来ない! なら、物量で押し切ってやる! 『サンダー・レイン』!」

 宣言通り、矢継ぎ早に攻撃を仕掛けるキースの視界は白煙に包まれた。

「消し飛んだか……運が良くても重症だな。だがこれで、僕の敵になりうるダイタニアの連中はほぼ無力化した訳だ!」

「隙ありで御座います」

 声がしたのは彼の頭上からだった。天井に視線を向けるとそこには、

「お、お前は確かアクタ電気の……」

「芥ユイの娘、ミミと申します! 僭越ながら、不意打ちをさせていただきます!」

 重力に身を任せ降ってくるミミの姿があった。そして、彼女は両手を突き出してシァンやヒオにお見舞いしたあの機能を炸裂させる。

「電気ショック! 最大電力です!」

「ぐあああああ!!」

 ヒオの攻撃を防いだ防刃仕様のローブだったが、今度の電撃に対してはまるで無力だ。

「機械風情が! 飛散しろ、『ストーンウォール』!」

 魔法により、床面から迫り出した石壁がミミの腹部を抉る。更にキースは自身に回復魔法をかけた上で、

「Tokyorkの住民の癖して僕に逆らうなんてな……身の程知らずなんだよ!」

 彼女へとどめを刺そうとしたのだが。

「終わりだ、キース・ブリューケル」

「な……しまった!」

 いつの間にか、剣を振り上げたヒイロが至近距離に近付いていた。

 この距離ではもう、回避も新たな魔法を撃つ事も出来ない。なぜなら相手は、剣の修練の為に一生を尽くした男なのだから。

 かつての仲間である以上、自身の敗北をキースが最も理解していた。



 その時、キースは走馬灯のように自分の人生が視界いっぱいに広がっていくのを見た。『娘が欲しかった』などという理由で両親に捨てられた日の事。後に自らの師となる大魔法使いミンデルに拾われた日の事。そしてそれから始まった彼の過酷な人生の事をだ。

(最後だってのにイヤな事を思い出させるなよ……)

 だが、彼の胸中には、むしろ爽やかな風のようなものが流れているように感じた。

(こんなどうしようもない僕の人生だったけど、最後はあの勇者の手によってトドメを刺されるんだから、そう悪いものではなかったな)

 そして彼が見た走馬灯の最後の光景は、あのクソ真面目な勇者、ヒイロの顔であった事は言うまでもない話だろう。


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