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第三十八話

 キースの背中にツメを突き立てたヒオが違和感の正体に気付くよりも先に、彼女の身体が地面に叩きつけられる。

「ぐ……完全に不意打ちで急所を刺したはずなのに」

「うん。流石天才の名を欲しいままにした女だ。十代の頃の僕なら今の一撃で即死だったな。でも今の僕には届かない」

「僕の着てるローブはファッションじゃないのさ。暗殺には気を使ってるからね、防刃仕様になってるのさ」

「そんな……!」

「ズルいとは言わないでくれよ。ダイタニアに無かったものを使っちゃいけないなんてルールもないわけだし……こんな風にさ!」

 這いつくばるヒオにキースが拳銃の銃口を向ける。

「逃げるんじゃヒオ! 余ひとりならなんとか逃げ出してみせるから!」

「無駄だよ。こいつには重力魔法をかけた。さっきみたいな騙し討ちは出来ないぞ、銃弾が直撃して死ぬだけだ……さあ、これで僕の完全なる支配が完成するんだ、魔王ミリシアという美しい妻を手に入れてね!」

 引き金に指がかかる。後少しでヒオの命が失われようとしたその時、爆音と共に、窓のない建物に大きな風穴が空いた。

「なんだ……?」

 突然の陽光にキースの目が眩む。そんな彼の耳に、ミリシアの声が響く。

「なんじゃ、随分とギリギリまで待たせてくれたのう、お主」

「そう怒るな。俺はこちらの世界の流儀に倣っただけだ」

 もうもうと立ち込める煙の中に、見覚えのある男のシルエットがあった。

「流儀? この国の人間は時間ぴったりに行動するというのが美徳だと聞いたのじゃが」

「なんだ、お前は漫画というものをこちらの世界で読んだ事がないのか。知識がないというのであれば仕方がない、俺が教えてやる。いいか?」

 雪が降りしきるTokyorkにて、煙の中から現れたヒイロが告げる。

「──主役は遅れてやってくる、とな」

「ちっ。お前、なんで生きてるんだよ。まさか、罪も無い市民ごと僕の兵隊共をぶっ壊して来たってことか?」

 想定外の来客にキースはあからさまに敵意を剥き出しにする。

「無論、そんな事はしない」

「じゃあどうやって無事にここまで来たっていうんだよ!」

「無事では無い」

 ヒイロの言葉通り、彼の全身は刺し傷や銃口ばかりである。まるで戦場でも駆けてきたかのような悲惨さであった。

「最初に苦戦をした理由は人型の敵性兵器とお前に操られた市民、両方からの攻撃に気を取られたからだ。その事実に気付けばあとは簡単だ、戦いにおける優先順位を敵性兵器の破壊を第一とした。そうすれば最短の時間で兵器を壊滅できる」

「僕が聞いたのはそういう意味じゃない! そうさせない為に俺は無関係な市民を放ったんだぞ! 山のように押し寄せて来た奴らの攻撃をどうやって掻い潜って──」

「掻い潜ってなど……いない」

 そうして、ヒイロは背中をキース達に向けた。

「合計三十五回だ。敵性兵器を壊滅するまでの間にされた市民からの攻撃を、全てこの身で受け止めた」

 彼の背面の傷を見れば、正面から見えたものなど生ぬるいとすら思えるほどの凄惨なものであった。敵性兵器からの攻撃もあるのだろう、刺し傷や銃創はもちろん、バーナーで焼かれたような痛々しい火傷まであるようだった。

「おいおい! 昔からバカなヤツだと思ってたけど、まさかここまでだとは思わなかったな! そんだけ傷を負っていて、僕に勝てるとでも?」

「ヒイロ……これで回復をするのじゃ『ヒール』!」

「させるわけないだろう。『解除魔法』!」

 直後にキースはヒオに向き直り。

「ボロ布同然のヒイロを倒すのは簡単だが、ヒールを使われるのはちと面倒だ。都合が良い。ヒオ、お前の爪には相手の魔力を一時的に封じる毒があったな、使わせてもらおうか」

「させるか……」

 彼の行動を止めようと一歩足を踏み出したヒイロだったが、力が抜けてしまったようでその場に倒れ込んでしまう。

「ヒイロ!」

「……すまない、ミリシア」

 彼が意識を失う直前、最後に彼の耳に届いたのは悲痛なミリシアの叫び声であった。

(俺は、死ぬのか)

 だからなのだろうか、その死に瀕した彼が初めて魔王と出会った日の夢を見ることになったのは。



「よくぞ余の配下共を退け、ここまでたどり着いた。お主が噂に聞く勇者かえ?」

「そういうお前は、魔王ミリシアか」

 彼女と初めて会ったのは、まだヒイロが十代の半ばであった。これから何度も倒しては復活しての繰り返しで二人は顔を合わせるハメになるのだが。

(まるで絹のような白い髪……なんと美しい女なのだろう)

 と、ヒイロは彼女の美しさに思わず見惚れてしまったという。

 対するミリシアは自身が作った魔王城の玉座に座り、

「魔王という呼び名は好かぬ。妖狐ミリシア様と呼ぶがいい」

 そう詰まらなそうに返した。

「人でないものに様付けなどするか。お前に名前など不要だ妖狐」

「コココ、人間風情が大きい口を叩きおるわ」

 そこから先はご存知の通り、聖剣グラムを携えた勇者ヒイロが魔王ミリシアを見事討伐する事で、人類は束の間の平穏を得るのであった。

 そして後に王族よりその功績を讃えられ、勇者ヒイロは若くして一生遊んで暮らせるだけの財を得る事となる。だが、元より剣の道しか知らぬヒイロは魔王という人類を脅かす者がいなくなった後も、一人鍛錬を続けていた。

 そんな彼の姿勢とは無関係ではあるものの、魔王ミリシアは性懲りもなく復活を遂げ、勇者ヒイロに討伐されるというのが近年の流れとなっていた。そんな様子に一部の人間はある疑問を抱いていた。

 既に勇者は人生を何度繰り返しても遊んで暮らせるような金を得ているはずなのに、どうして命懸けの魔王討伐に何度も赴くのだろう。

 噂好きのものは言った。「実は魔王ミリシアは血の気が引くほどの美人で、きっと勇者は一度目にしたその時から彼女に心を奪われているのだ」と。当然、そんな噂はすぐに消え去り、「勇者は人並外れた正義感の持ち主で、魔王復活の報を聞くと居ても立っても居られなくなってしまう大人物なのだ」などという噂が主流になっていったのだが。

(やはり、自分の気持ちに嘘はつけないな)

 当時のヒイロは恋どころか人とほとんど話すこともなく、ただ剣に打ち込む日々を過ごしていたので、自身の抱く感情の正体に気付けていなかったのだ。

(いまにして思えば俺は、ミリシアと会うのを楽しみにしていたのかもな)

 そんな簡単な事にすら気付けず、なんと長い時間を過ごしてしまったのだろう。今思えば、まったくもって無駄な時間だ。

(しかし……こうして気付けた事自体は僥倖だったな。何もかもが手遅れになる前に。そうとなれば、やるべき事は一つだ)

 夢の内容が別のものへと変わる。今度の夢はつい昨日の出来事を再現していた。

『さっきの質問の答えじゃ。もしお主の目の前で余が死にかけるようなことがあれば、お主はどうする? 見殺しにするのかえ?』

(これは雪の降る夜、二人で歩いた時の記憶だ)

『下らん問いだ。さっさとお前は家に帰って寝ろ』

『なんじゃと貴様!』

(忘れるわけがない。あんな美しい女の顔を、こんな死に際であっても忘れるはずがないのだ)

『何故ならそんな機会、訪れる事がないからだ』

『?』

『俺がお前を守る。だからお前が死にかけるなんて事はありえないんだ、ミリシアよ』

(そうだ、そして俺はミリシアにある誓いを立てたのだ)

『それはまた大口を叩いたのう。ならば誓うがよい勇者ヒイロ──お主は絶対に余より先に死ぬでないぞ』

『ああ。その誓い、死んでも破らないと俺は宣言しよう』

(死んで、いられるか!)

 そうして己の守るべき誓いを果たすべく、ヒイロは目を覚ますのであった。


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