第三十六話
ヒイロ達が苦戦を強いられているちょうどその頃、失われていたミリシアの意識が回復した。
目を見開いた彼女を待っていたのは、先ほどまでと変わらない暗がりと、
「おっおっ! お目覚めですかお!」
足元に置かれたランタンの火に照らされて立つ、リトルシスターの姿だった。
「お主……何者じゃ?」
その時ミリシアは、自身が手足を縛り付けられた上、椅子に固定されている事に気がつく。
「はにゃ〜? 見ての通り皆さんの可愛い妹、リトルシスターだお!」
「違う。お主は魔法によって作られたまやかしに過ぎぬ」
「そんな寂しい事言わないでほしいお! 私とぜひ友達になってほしいんだお!」
「やかましい、まぼろし風情が」
目を瞑りミリシアは心の底から念じた。認識阻害魔法は本来、解除魔法を用いてその効果を打ち消すという対処法が主流だが、火炎魔法が現実の水で消火出来るように、違和感への確信と強靭な意志を持つことによって解除する事も可能なのだ。
再度、目を開く。想像通りそこにはさっきまでいたはずのリトルシスターは影も形もなく消え去っていた。
「驚いたな。僕の認識阻害魔法を力技で解くなんて、ここ数十年で君が初めてだよ。おそらく『読める図書館』によって、君だけがリトルシスターという存在に違和感を持てる立場に居たからなんだろうな」
その男の声は、ミリシアの耳元から響いた。
「何者じゃ。声から察するにさっきの可愛らしい声と打って変わって、ロクに姿も見せれない臆病な男と推察出来るが……いい加減正体を現せ」
「君のその減らず口がまた聞けて嬉しいよ。本当に、何も変わっていないね」
という男のセリフからは、二人がすでに既知の間柄であるように思わされるが、肝心のミリシアにとってはまるで心当たりのない声だ。
「あれから時が経ったからな。僕の事が分からなくても仕方ないさ。じゃあ、これならどうだい?」
男はそう言いあっさりとミリシアの前に立つと、全身を隠すように着ていたローブのフードをとってみせた。
こけた頬に痩せた身体、茶色の髪に古臭いメガネ。それが第一印象だった。年齢で言うと四十代前半というところだろうか、清潔感はあるがどこか不吉な印象を抱く男だ。そして、ここまで見てもミリシアは彼が何者なのかを思い出す事は出来なかった。しかし、メガネの奥に潜むその鋭い目つきにだけは何者かの面影があるようだ。
「かつての敵とはいえ、顔を忘れられるって言うのは悲しいな」
「その顔……お主はまさか、大魔法使いミンデルの弟子、キース・ブリューケルかえ!?」
「ああ。そして、勇者ヒイロやシァンと共に最後の魔王討伐へ出向いた男だよ」
「いや、騙されんぞ。やつはまだ十代のはずじゃ、ともすればあやつの親類か?」
「違うさ、僕は君の知るキース・ブリューケル本人なんだ。姿形が全然違うって? 当たり前さ、こっちの技術で若作りしてるが僕はもう、こっちの世界じゃ五十歳を超えてるんだぜ?」
そう自慢げに笑いながらキースは、自分の頬を引っ張ってみせた。
◯
「僕がこっちの世界に来たのは今から約四十年前とかになるかな。あの時は驚いたよ。さっきまで君とヒイロの戦いを見守ってたと思ったら、見ず知らずの場所に居たんだからさ。当時ここはニホンという名前で国土も今みたいに広く無かったんだ。さて、そんな状況で僕はしばらくの間観察をしていたんだ。なんのためにだって? そりゃ『この戦争で一体どちらに味方するべきなのか』ってね。僕にとってはどちらにも愛着も何もない訳だからね。そうこうしていたら、アクタ電気の生体兵器が大層活躍しているようだったので、僕はニホンの味方をする事に決めたのさ」
「そこでお主は魔法の力でもって、戦争を終局に導いた訳じゃろう? それでお主は認識阻害魔法を用いて自分にとって都合の良い国を作ったのじゃな?」
いいや、とキースは首を振る。
「半分は正解で半分は間違ってるよ。実際、魔法の存在が世に広まらないよう、いろいろ工夫をしてきたぜ? 現に魔法の存在を警察に告げ口をしようとした博愛銀行の支店長や、赤上空も僕の手で殺した」
でもね、と前置きをして、
「僕の認識阻害魔法だってそこまで万能じゃないよ。国民一人一人の思想をコントロールするなんて、一生かかったって出来やしないだろう。せいぜい僕が魔法でやれる事は、リトルシスターの言葉や行動が絶対だと信じ込ませるくらいだったさ。でもね、良いかいミリシア、人の心を操るのに魔法なんて要らないのさ」
「大きく出たのう。だが、ここまで金持ちが優位でいびつな国など、ダイタニアにも存在しなかったはずじゃが。魔法もなしにこんな国を作れるとは思えぬぞ」
「そりゃあちらの世界にはテレカメラが存在しないからね。僕もあの発明が無ければ今のような支配は不可能だったと思ってるよ」
「あんな映像を映し、監視するためだけのものを使うだけでこの国の支配構造を作ったと?」
「まさにその通りだよ。君には理解できないだろうが、映像を用いた宣伝の効果は抜群なんだ。例えば、君達が強盗をした博愛銀行の支店長。当たり前だけど僕があいつに市民の金を着服するように命令をした訳じゃない。そして下水道で違法薬物を販売していた赤上にも、僕は何かを命じた事なんて一度もない。ただ、テレカメラを通して流し続けたんだ。一級市民達には『下級市民が犯罪を犯す悪だ』と言う情報を。下級市民には『一級市民は貧乏人を虐げ続ける悪だ』と言う情報をね」
淡々と事実かのように述べるキースだったが、ミリシアには疑念があった。
「本当にそれだけで人の心が操れてたと言うのかえ? 画面に映し出された情報を見ただけで、この歪んだ国が出来上がったと……」
「まったくもって事実だよ。この国の人間は、魔法よりももっと単純な、テレカメラから流れてきた偽りの情報をみて、他人を差別したんだよ」
そして、キースは自身の姿をリトルシスターのものへと変えて話を続ける。
「このキャラクターも僕の理想に大きく貢献をしてくれた。どうだい? 可愛らしい声と見た目をしているだろう? こっちの世界では、人々を支配するのは恐怖じゃないんだ。可愛らしくて無害なものこそが人の心を捉え、家畜にするんだ。そして、僕の支配体制は今日をもって完全なものとなる。魔法を知る君たちを排除する事によってね──」
そう告げると共に、ミリシアの服をキースが強引に剥ぎ取る。
「僕はずっと不安だったんだ、一年前に君がこの世界に来たのをテレカメラで見た瞬間からね。『もしかしたら、あの最終決戦の場にいた他の人間もこっちの世界に来てしまうんじゃないか』ってね。だから僕はずっと計画を練っていたんだ。そして今日、その計画は無事に成功した」
自慢げに話すキースは心の底からの笑みを浮かべる。
「簡単だったなあ。街中の三級市民の命を人質にすれば、戦力は自然と分散する。あとは、ヒオみたいな弱っちい奴から倒せば良いんだからな。君たち二人が揃ってここにくる事は若干想定外だが問題ない。美しい君を生け取りに出来たし、最高の結果だよ」
そんな状況で囚われの身でありながらも、ミリシアは小馬鹿にするように笑ってみせる。
「いきなり服をひん剥くとは……女の扱いに慣れておらんようじゃのう? コココ、ジジイになった癖に、こんな方法でしか余に触ることが出来ないとは」
ばちん、と乾いた音が響く。キースが彼女をぶった音だ。
「うるさい! お前は僕に負けて捕まったんだよ! 殺されたくなったら命乞いをしろよ!」
「力があれば何をしても許されると思っておるのか? お主それでも元勇者パーティーかえ? ヒイロはどんなに弱い者が相手であっても無意味に人の命を奪ったりはせぬかったぞ」
「ヒイロなんていう下らないやつと比べるんじゃない! 僕はあいつなんかよりも遥かに優れた魔法を扱う事が出来るんだ! あんな剣術だけで勇者に選ばれたやつなんか、ちっとも偉くないんだぞ!」
「ほぅ? 余にとってはお主の方が相当下らぬ事をしていると見えるがのう」
「『ファイア・バインド』」
キースが呪文を唱えると同時、ミリシアの手足に燃えるような熱が広がる。見ると、彼女を拘束していたロープを炎が覆っていた。
「くっ! お、お主これは……!」
「拘束を炎に変えてやったぞ。まったく、優しくしていればつけ上がりやがって……謝るんだったらその火は消してやる」
「誰が……謝るか!」
「強情だねぇ。まあこうして二人きりになれたんだ、じっくり君の本音を聞かせてもらうとするかな」
「バカね。ワタシを忘れてもらっちゃ困るわよ」
にやり、と不敵に笑った彼の声を遮ったのは、
「この声はヒオ!? お前はさっき、死んだはず!」
辺りを見渡すと、さっきまであったはずのヒオの亡骸が消えていた。そして、キースの背中に衝撃が走る。
「まさか……死んだ振りをするとは」
「ケラケラ! あんた一人を欺くなんて朝飯前よ! ほら、さっさと死になさい! あの世にいっちゃえ!」
隙をついたヒオが、油断したキースの背中に猛毒を染み込ませたツメを突き立てるのであった。




