第三十四話
「って事があったのよ。分かったかしら?」
「最後、お主のモノローグが入っておらんかったか!? いきなり文体が変わって混乱したわ!」
「とにかく、勇者様はワタシの無味無臭な人生に彩りを与えてくれた恩人なの! あの人が望むなら、それこそワタシは何だってやってみせるわ!」
「恩人だから、あそこまで心酔すると……ま、よくある話よの」
興味なさげなミリシアの態度が癇に障ったのだろう、聞き捨てならないと言った様子でヒオが絡む。
「よくある話ってねぇ……。まあ、あんたみたいな魔物風情に分かってもらう必要なんてないわ。誰かの事を必死に目で追ってしまう、そんな気持ち感じた事ないでしょ?」
「……近い感情はあるな」
「え、マジ?」
想定外の返事にヒオは身を翻してミリシアを見た。
「相手はどんな奴なの? まさか、人間!?」
ふむ、と考え込む。
「あれは余が初めて魔物どもを使役し、人間への宣戦布告をした時じゃな。物好きな男がおってな。人間どもとの戦いに注力せねばならぬのに、そやつの事ばかり頭に浮かんでのう」
「実はその相手が嫌いすぎて、いつも意識してた。みたいなオチだったら承知しないわよ」
いや、とミリシアは即座に否定した。
「当時は何とも思っておらなかったが、今考えてみれば余は、あの者のことを愛していたのかもしれぬな。何度、嫌いだ、会いとうないと言っても構わず余の元へやってきたあの者を」
そう語る彼女の顔は真剣そのもので、そこには恋を患う者特有の気恥ずかしさといった空気は見受けられない。
その姿はまるで、初めて恋を知った少女が自分の中に生まれた感情に驚き、困惑をしているようだった。
ヒオはそんなミリシアを前にして、自身の胸中に嫉妬心のようなものが生まれたのを自覚する。なぜなら何度も生まれ変わり、浮世離れをしたような雰囲気を持つあの絶対的な存在であった魔王ミリシアが幼子のような純真な瞳をしていたからだ。だから彼女は、
「ふーん」
とだけ言って視線を逸らす事しか出来なかった。これ以上、ミリシアの無垢な姿を見続けていたら、自分はきっと彼女から目を離せなくなってしまうだろうと言う自覚があったからだ。
「む、そちらから聞いてきた割には、興味なさげじゃのう」
「別に。そろそろあんたの言ってたリトルシスターの家に近いから警戒してるだけよ。ただ──」
そう言い放つと、ヒオは相手の顔を見ぬよう、背を向ける形で歩みを進める。
「──ワタシ、あんたの事がほんのちょっぴりだけど、好きになっちゃったかも知れないわ」
「は? お主、それはどういう意味じゃ?」
「特に意味なんてないわ! 今の話、忘れなさい!」
◯
超大国ヒノクニを統べるリトルシスターの住処は想像よりも、ずっとシンプルな造りをしていた。より正確に表現するのであれば、人間が住むにしてはあまりにもシンプルすぎる見た目なのである。
マンション四階相当の高さがある立方体の白い箱をイメージすれば、ミリシア達が目にした光景をそのまま再現できるであろう。あとは一面にだけ出入り口となるドアが設置されれば完璧だ。
「外から見た時も思ったが、何十年もこの国の権力を握っている女の住む家とは思えんのう」
「あんたの作った魔王城よりはマシよ。なんであんな不便な山の上に住んでたのよ」
「うるさいのう。平地のほとんどをお主ら人類が統治してたからじゃ」
入り口から中に入っても、建物への印象は変わらなかった。窓がない上、電気が一切ついていないので、全貌までは把握できていないが、だだっ広い空間があるのだけは確かなようである。
唯一光源として頼りになるのは、ミリシアの魔法によって生まれた小さな炎だけだ。彼女のコンディションが最高であったら、今のような指先だけの形ではなく、篝火のように配置できたのだろうが、今更言っても詮無い事である。
「この感じだと、リトルシスター本人はいないみたいね。まさかあんた、偽の情報を掴まされたんじゃないの?」
「そういった可能性もあるのう。じゃがそれはそれでやつの正体に迫る大きなヒントになるかも知れぬな」
「どう言う意味よ? このままじゃワタシ達、無駄足を踏んだだけじゃないの」
そうでもないぞ、とミリシアは返す。
「この家は唯一リトルシスター関連で調べられた場所。もしその情報がデタラメだとすれば、リトルシスターそのものがデタラメで、存在しない可能性があると言えまいか?」
「何言ってんのよ。あんたもさっき、あいつが映像で喋ってるのを見てたじゃない」
ミリシアは鼻で笑うヒオにも真顔で告げる。
「では逆に、あのテレカメラに映っていた女が、本物のリトルシスターであるという根拠はなんじゃ?」
「根拠もなにも、いつもワタシ達はテレカメラで見てるじゃない。『可愛らしい妹があなたを見ています!』っていうのを」
「そこがおかしいのじゃ。なにゆえ我らはあの女をリトルシスターだと思い込んでおったのじゃ?」
「は?」
何を言いたいのか理解出来ない、と言いたげな彼女にミリシアは断言した。
「昨日、勇者の部屋でも言ったが、リトルシスターは五十代のはずじゃろう。それなのになぜあんな若造がテレカメラで喋っているのに誰も違和感を覚えぬのじゃ?」
「──────────たしかに」
ヒオは自分の全身から血が抜けるような感覚を味わった。
「超大国ヒノクニの住民は我々も含め気付かぬうちに、リトルシスターが永遠の少女である事を信じ込まされておったのじゃ」
「そう、ね。ワタシも頭では理解していたはずなのよ。リトルシスターは五十歳くらいなんだろうって。それなのに、ここであなたに言われるまで、その違和感に全然気付けてなかった! テレカメラに映って喋るあの女をリトルシスター本人だと違和感なく受け入れていた!」
「余も同じじゃ、ここへ来た事で初めてあの女の見た目についての疑問が湧いた……これではまるで、この国に生きる者全員が、認識阻害魔法にかけられているようではないか」
その時、まるで機を伺ったかのようなタイミングで、二人の前に机が現れる。机上には真四角の箱のような物が置いてあった。
「何かしらこれ、どっかで見た記憶があるけど思い出せないわ」
「これはテレビジョンじゃ。テレカメラが普及する前に一般家庭に使われてた受信装置なのじゃが、何故こんなところに?」
するとミリシアの声に反応するかのように、テレビジョンの電源が点く。
『……は……い』
「なにか声のような音が聞こえぬか? それに、かすかに動画らしき物が流れてるようにも見える」
ノイズ混じりにテレビのスピーカーから人間の声らしきものが響いたことで、ミリシアはここが敵地である事を忘れ、思わず意識をそちらに向けてしまった。
その数秒の油断が、状況を大きく一変させる事になるとは、ミリシア自身想像もしていなかった。
結果として、彼女は自身の背後に出現した拳銃への反応が遅れる事となる。
「ちょっとあんた! 後ろを見なさい!」
そんなヒオの言葉でようやくミリシアは背後を振り向くも、文字通り目と鼻のすぐ先に現れた拳銃に鉢合わせてしまっただけで状況はまるで好転しない。
「ちっ! なあにボサっとしてるのよ!」
その時のミリシアに残っているのは、一発の銃撃音と飛び込んできたヒオに地面に押し倒された記憶だけだ。
「大丈夫か、ヒオよ!」
「かすり傷よ! そんな事よりもほら、立って!」
と、ヒオが横になっていたミリシアに向け手を差し出した瞬間、もう一度銃声が鳴り響く。
「……!」
ヒオの腹部に風穴が空いた。いつの間にか彼女の背後に移動していた拳銃が、的確なタイミングで火を吹いたのである。
そうして腹に銃撃を受けたヒオはぐったりとその場に倒れ伏した。
「阿呆! どうして余などを庇ったのじゃ!」
「うっさいわね……か、身体が勝手に動いたのよ。この程度の傷、なんともないからあんたはさっさと逃げなさい……。相手は多分、魔法を使ってきている」
息も絶え絶えなヒオの言葉に対し、無念そうにミリシアは首を振る。
「残念じゃが、我らの命運はここで尽きた。あの神出鬼没な攻撃を避け、ここを脱出する手段が浮かばんのじゃ。だからせめて──」
己が命運を察したミリシアは最後に誰かへと念話を発する。




