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第三十三話

 そんな朴念仁二人を置いて警察の包囲を抜けたミリシア達は、『読める図書館』が指し示すリトルシスターの住処へと向かっていた。

 情報によれば、彼女は丘の上にある高級住宅街にある一軒家で暮らしているようだった。数ある街の中でも特にVIPがこの地に集まるのには理由がある。

 一つは交通の便が良いという事。もう一つは、高度なセキュリティによって街全体の安全が保証されているからだ。

 街の周囲にはまるで何人たりとも通さぬ意志を誇示するかのように、巨大な塀が築かれており、並の市民では立ち入るどころか中の様子を窺い知る事すら出来ないのである。

 通常の方法で街の中に入るには、居住者と立ち入りが許された業者のみが持つ、許可証を示すほかない。

 だが、ミリシアとヒオの二人はそんなもの持ち合わせていない。そこで彼女らがとった方法は、

「ま、まさか縄でこのような壁を登るハメになるとはのう……ダイタニアにいた時ですら、このような原始的な手段は使わなかったぞ」

「ワタシが正面突破しようとしたのを止めたのはあんたでしょ」

「当たり前であろう。シァンやお主のように、この世界にはまだダイタニアからの来訪者がおる可能性が無きにしも非ずだからのう。人の目につかぬに越したことはない、じゃがここまで疲れるとは思わなかったわ」

「ずっと気になってたけど、あんたって前からそんなひ弱なキャラだった? もっと溢れんばかりの魔力があった気がしたけど」

「こちらの世界に来てから調子が良くなくてのう、ちっとも魔力が回復せぬのじゃ。今は『読める図書館』の他には簡単な火炎魔法と念話とヒール、あとは今使っておる認識阻害魔法のみしか使えぬのよ」

「なにそれビミョーに使えない魔法ばっかりじゃないの。あのね、この際だからはっきり言わせてもらうけど」

 壁を越え、街へ潜入したヒオは辺りを警戒しながらも話を続ける。


「一度、勇者様の元を去ったあんたがなんで戻ってきたとか、イチイチ聞いたりしないわ。でもこれだけは覚えておきなさい。こっから先は何かあっても自分の身は自分で守ってちょうだい。リトルシスターだかの住処の情報を聞けた今、ワタシにとってあんたは無価値だから。ほんとだったらこうして一緒に居るのだって苦痛だけど、勇者様に言われたから仕方なく……」

「別に構わぬ。それにしてもお主、えらく勇者の事を信奉しているようじゃが、あやつはそれほど大した男ではないぞ? クソ真面目だし、冗談も言わぬし」

「なっ! 今すぐこの場で殺して欲しいの!? ワタシの事はなんと言ってもいいけど、勇者様の悪口だけは許さないわよ! いえ、やっぱりワタシの悪口も言ったら殺す!」

「しっ、お主いまが隠密行動中だという事、忘れておらぬか……? ほんと、何がお主をそこまでさせるんじゃ」

 その言葉にハッとなったヒオは、仕方なさそうに告げる。

「しょうがないじゃない。あの人の存在がワタシの全てなんだから」

 彼女は思い出す。あの日、ヒイロと出会った瞬間の事を。



 ヒオ・バイバーイはダイタニアで代々暗殺を生業にしてきた、一族の末裔である。普段は農耕民族の山村を装っているが、実情は暗殺稼業における収入と、村に寄りついた人間の追い剥ぎで生計を立てていた。

 幼い頃から暗殺術を叩き込まれていたヒオだったが、大した儲けにもならない上にリスクの多い追い剥ぎをするのか不思議で仕方なかった。一度、勇気を出し稽古終わりに父にその事を尋ねると、

「それがバイバーイの伝統だからだ。誰かもわからぬ者を殺し、死体を隠す。この程度の事が出来ぬようでは、そいつの暗殺の腕もたかが知れているからな。お前も無駄な事を考えず鍛錬だけを続けていれば良いんだ」

 なるほどその理屈ならば、まだ幼かったヒオにも理解ができた。追い剥ぎには一族の人間の殺しの腕を鈍らせないようにするといった意図もあったのだろう。

 成長したヒオは当時二十人程度いた一族の中で、最年少ながらもナンバーワンの実力者となっていた。暗殺の腕はもちろん、スキルや魔法も人並み以上に使いこなす。それはまさに、天才とすら周りから称される程だった。

 しかし、人殺しに特化するという事は、それだけ人間的な感性から遠ざかるという事だ。ヒオが一人前と言える大人の身体になった頃には、無感情な人間になっていた。

「ヒオ。どうやらこの村の近くまで勇者一行が来ているらしい。十中八九、奴らはこの村を訪れる事になるだろう」

「父さん、いつものアレをやるつもり? 相手は勇者よ」

「黙れ。相手が誰であろうと俺たちは伝統を守り、死んでいくんだ」

 それもそうか、とヒオはその日もあまりよく考えず父の言う事に従った。一族ではたとえどんな理不尽な要求であっても年長者の言うことが常識だったし、命令を聞かなければ暴力による教育が始まるだけだからだ。

 考えてみれば。たとえこの村にやってくるのが勇者だろうとも、ヒオには関係がないことなのだ。結果はいつも二つにひとつ、自分達が死ぬのか相手が死ぬのか、人生とはただそれだけなのだ。

 だから一族の者がことごとく返り討ちにあった時も、彼女は焦ったりしなかった。これまで自分達がしてきた事への報いがきただけだと思ったからだ。

「君は他の者達と違い、命乞いをしないのか?」

 ヒオの攻撃を難なくかわし、ナイフを奪い取った勇者は、怪訝そうに尋ねる。

「しないわよ。長生きしたところで意味ないもの」

 勇者が何か返答をしかけたところ、彼の仲間達らしい女騎士と魔法使いの少年が寄ってきた。

「こっちは全部終わったで御座るよ勇者殿! 皆、怪我をさせずに気絶させてあるで御座る!」

「もう、だから僕言ったんだ。この村は絶対裏があるから立ち寄るのはやめようって……なあおい! ヒイロってば聞いてるのか!?」

 彼らはシァンとキースという名で、後に彼女の仲間となるパーティーメンバーだ。

「ふむ、長生きしたところで意味ない、か」

 ヒイロと呼ばれた勇者の耳には二人の言葉が届いていないようだ。考え込むそぶりをしばらく見せていた彼だったが、思い立ったようにヒオの手を取る。

「生きる意味なんてものは俺だって分からない。だが、お前と共にその答えを探す事は出来るかもしれない。お前、名前は何と言う?」

「ひ、ヒオ・バイバーイよ」

「良い名だ。よし、ヒオ・バイバーイ。俺と一緒に来い、共にこの世を壊さんとする妖狐を倒そう。ちょうどお前のような隠密行動に長けた人材が欲しかったんだ」

「ワタシなんかで……良いの?」

「ああ。お前の力が必要なのだ、ヒオ。それとも一生この村で生きる理由が分からぬまま暮らしたいか?」

「いいえ、着いていくわ……着いていかせてください! 勇者様!」

 こうしてヒオは、はれて勇者パーティーに加入。その後、様々な困難が立ち塞がるも、彼女が身に付けた技術と高い知性によって、勇者ヒイロを手助けするのであった。

 頑張れヒオ・バイバーイ! いつか勇者様の恋人になるその日まで!


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