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第三十一話

 詳しい事は外で話す、と告げヒイロはミリシアを連れ出した。

「周りに人気がないが、言葉には気をつけるのじゃぞ。……どこで話を聞かれているか分かったものではないからのう」

 雪の降る夜道を歩く二人。

「もちろんだ。といっても、やつの監視も万能ではないのだろう。そうでなければ、俺達は銀行強盗や下水道に潜る前の段階で危険因子として捕まっていたに違いない。おそらく『例のあの妹』の名前さえ出したりしない限りは、特別警戒をされるような事はなかろう」

「まあお主の推理は理解した。それで? 世に聞いておきたい事とはなんだ? どうせ一度、『例の件』の協力を拒んだのにわざわざ戻ってきた理由とかであろう?」

「……何という事だ、完全に正解だ。まさか、思考盗聴魔法を俺に?」

 信じられない、という視線を向けられたミリシアが呆れつつも否定する。

「いや会話の流れ的に、そんなもんじゃろうと予想しただけじゃ。それに、戻ってきたのも別に大した理由でもないわ」

 リトルシスターとの戦いを前に、変な疑いを残していても仕方ないと思い、ミリシアは先ほどの出来事を簡単にヒイロへと話をした。黙ってそれを聞いていた彼は、ふんと鼻で笑う。

「あの人類を絶望に貶めんとした魔王ミリシアにも、他者への同情という感情が備わっていたとはな」

「もしかしなくてもお主、バカにしておるよのう?」

「していないさ」

「ではなぜ笑った!?」

「嬉しかったんだ」

「は?」

 キョトンとするミリシア。

「言っただろう。あれだけ争ってきた俺達人類の敵、魔王ミリシアにも優しき心がある。その事実が嬉しいのだと」

「そう改まって言われると恥ずかしいから、やめるのじゃ!」

 だが、ヒイロの気持ちは彼女にとっても共感できる部分が多かったようで、

「何と言うか、変な感じがするのう。まさかあの勇者と余が共闘し、異世界の支配者と戦おうなどとは」

 雪がちらつく空を見あげ、そんな事を呟く。

「ああ。昔の俺が聞いたとしたも、絶対に信じないだろうな」

「惜しむべきは、ここがダイタニアじゃない事よの。もっと早くお主と組めておれば、簡単に世界征服が出来たものを」

「仮に今、なんらかの奇跡でダイタニアに戻れたとしても、俺はそんなものの手伝いはせんぞ、妖狐よ」

 あ、その呼び方。とミリシアが不満げに指摘する。

「前からも言ったが、これからは共に戦う仲間なのじゃ。そろそろ余を名前で呼んで欲しいのだがのう。『ミリシア』とな」

 というミリシアの提案に、ヒイロの方はというと顔を赤くして目を背ける事しか出来なかった。

「よ、呼び方など、どうでも良かろう」

「おっとその反応、恥ずかしいかえ? そう言えばお主、キスはおろか、まだ一度も女子と手すら繋いだ事がなかったよな?」

 背中を向けたヒイロの方に、ミリシアは優しく手を置く。

「なあに隠さずとも良いではないか。お主は幼少の時分より誰かのためを思い、剣の力を磨いてきた。その結果、女子との交流が無かったとしても誰がお主を責めるであろうか? いや、おらぬ!」

「俺の交友関係の事など、お前にとやかく言われる筋合いはない。しかし、なぜその情報を知っているんだ!?」

「前から言うておったろう。お主ら勇者パーティーの事は調べ尽くしてあると」

「てっきり旅の道中のみの話かと思っていたぞ。俺達の過去など調べて、一体何の意味がある?」

「人間の弱みとは常に過去にあるものよ。現にお主の弱点がこうして見つかってる訳だしのう。ほれ、念願の女体が目の前にあるのじゃぞ? 一秒くらいなら触っても構わぬぞ?」

 そう言ってミリシアが冗談めかしてその身をすり寄せると、一呼吸の間でヒイロは遠くへと避難し、

「触らん! そもそもこれはお前の呼び方についての話だったはずだ! 今後はお前の事をミリシアと俺は呼ぶ! これでこの話は終わりで良いだろう!?」

 そう言うのであった。

「まったく。明日死ぬかも分からんと言う状況なのに脳天気なやつめ」

「コココ、真面目にしたとて人間、死ぬ時が来たら死ぬものよ」

「力のほとんどを失ってる奴の言うセリフではないな……」

 呆れた様子のヒイロに対し、ミリシアは足を止めて尋ねる。

「なあ、もしリトルシスターとの戦いで余が死にかけているとしたら、お主は余を助けてくれるか?」

 彼女は依然、楽しそうな微笑みを浮かべているように見えたが、その目は笑っていないようだった。なので、ヒイロも即答する。

「助けない」

「何でじゃ!?」

 ショックを隠せぬミリシアのために補足をする。

「お前には蘇りの魔法があっただろう。今更、一回や二回お前が死ぬ程度の事で騒いでいられるものか」

「もう無理なのじゃ」

「なに?」

「あの復活魔法は、ダイタニアという空気中に魔力がある環境だからこそ行えたもの。仮にこちらで余が致命傷を負ったのであれば……そのまま死ぬだけよ」

 ミリシアの言葉にヒイロはどうしてか言葉に詰まってしまった。だが、それを相手に気取られまいとすべく、

「そう、なのか」

 と、彼はなんとかその一言を口に出した。

「で? どうなんじゃ?」

「何がだ?」

「さっきの質問の答えじゃ。もしお主の目の前で余が死にかけるようなことがあれば、お主はどうする? 見殺しにするのかえ?」

 今度のミリシアの顔には表面だけの笑顔もなかった。真剣そのもの、といったその目を見据えた後、ヒイロは彼女を置いて歩き出す。

「下らん問いだ。さっさとお前は家に帰って寝ろ」

「なんじゃと貴様!」

 歩き続ける背中に追いつこうとしたミリシアの耳に、ヒイロの言葉が響く。

「何故ならそんな機会、訪れる事がないからだ」

「?」

「俺がお前を守る。だからお前が死にかけるなんて事はありえないんだ、ミリシアよ」

 その時、ミリシアはヒイロの顔を見る事が出来ずにいた。しかし、前を歩くヒイロも同じように、彼女の表情は伺えないのである。

 こんな互いの顔を見れない状況で彼女は、こう答えるのであった。

「それはまた大口を叩いたのう。ならば約束しろ勇者ヒイロ──」


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