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第二話

 今となってはただの無職でしかないヒイロだが、勇者時代のクセで反射的に走り出していた。当然、行き先は悲鳴の発生源らしき暗い路地の方向だ。道に座り込む者たちの耳にも少女の悲痛な声は届いていたはずなのだが、彼らの中にはもう、現実に反応する意志が残っていないのである。

「おいババア! お前の娘のせいで俺様の靴が汚れちまったじゃねえか! どういう教育をしてんだぁ!?」

「申し訳ありません! 娘にも悪気があった訳ではないんです! 殴るのならどうか私をお殴り下さい!」

 ヒイロが人気のない路地に駆け込むと四人の男女の姿があった。一人はブヨブヨの脂肪を蓄えた、いかにもな成金といった風貌をしていて、着ている服にもギラギラとした高そうな貴金属が付いている。傍らに立っているのは彼のボディーガードだろう、雇い主同様、高級そうなスーツを着て独特な威圧感を放っている。

 そんな彼らの前には怯えて座り込む母娘の姿があった。

(どこの世界も金を持ち過ぎた人間の姿は変わらないものだな)

 と、ヒイロが考えていると、

「金田さま。この母と娘、どちらに罰を与えましょう」

 ボディーガードが、金持ちの男にそう尋ねた。金田、と呼ばれた男はにやりと笑って答える。

「そりゃあ二人ともに決まってるだろう。こいつらは見たところ三級市民! いくら痛めつけても構わないと法律で許されてるのだからな」

「ひっ」

 そんな男の言葉に娘が短い悲鳴をあげる。

「イヤぁ! 娘はまだ十歳なんです!」

「法律に従うのであれば、妥当だろう?『超大国ヒノクニ新法』の第三十三条『軽傷などの就労に影響のない軽微な暴行については不問とす』とな。お前たちは見たところ、仕事のない母親とその娘だろう? だったらいくら痛めつけても『就労に影響はない』よなぁ!」

 ヒイロがこの町を『良くない状況だ』と思いつつも行動を起こせない理由がここにある。

 超大国ヒノクニが国に住む一部の金持ちを優遇した法律を作るようになってから、一般市民の生活は激変した。

 中でも金田が口にした三級市民という概念の制定は、人々の生死を大きく分けたものだっただろう。

 超大国ヒノクニでは、そこに住む人間を大きく分けて三つの区分に分類している。一つ目は一級市民、この国の繁栄を担うとまで言われる富裕層がここに分類される。世界でもトップのGDPを誇る超大国ヒノクニだが、だからといって並び立つ国がない訳ではない。旧ヨーロッパ圏を支配する神聖オセアニア連邦と、アジア圏を治める神龍帝国という超大国らと覇を競いあっている現代において、超大国ヒノクニが三大国の一つに数えられているのは、他でもない一級市民の活躍あってこそなのである。

 家電から兵器までを扱うアクタ電気や、昨年、全世界へ進出を果たしたレストランチェーンのオウメフーズをはじめ、一級市民の経営する会社の利益が国家の基盤を支えているため、超大統領たるリトルシスターが減税措置や微罪を不問とするなど、彼らに対し優遇政策をとっているのは公然の秘密といった状況だった。

 それに次ぐ二級市民はいわゆる一般労働者層とされる人々を指し、国民のほとんどがこの区分に入っている。

 最後に紹介する三級市民は貧困層とされる集団で、収入が限りなくゼロに近いか、返済不能な借金を背負っている者を指す。

 この区分でヒイロの現状を示すのであれば、つい先ほどまでは二級市民であったが、失業を機に三級市民に降格したと言える。この降格により何が起こるのかと言うと、アパートなどの賃貸契約や、ローンの締結といった多くの行動が阻害されるのだ。ヒイロは幸運にも無収入にも関わらず、大家の好意によってアパートへの居住を許されたが大多数の三級市民はそう上手くいく事はない。

 一度、職を失い住処を追い出されれば、仕事に就く事も出来ない生涯三級市民、路上生活が確定したも同然なのだ。

 そして超大国ヒノクニ新法第三十三条に従い、三級市民は理不尽な暴力にさらされても警察に届ける事が出来ない仕組みになっているのだ。

 これは公共事業に対し、国からの税金投入が減った事で発生した、警察の人手不足を解決するべく制定された法だ。こうする事で軽犯罪の発生数が減少したのだが、杜撰な国家運営の割を食うのはいつも社会の下層に住む市民なのである。

「金持ちにあらずんば人にあらず! つまり三級市民のお前らは人間じゃないってことだ!」

 振り上げた金田の足が母娘に振り下ろされる直前、ヒイロがその間に入り込んだ。


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