第一話
「ヒイロ君ね。悪いけど君、クビだわ」
「は?」
コンビニのバックルームにて、ヒイロ・ヨリシロンは店長の山田いさお四九歳からの解雇宣告を聞き、身体をこわばらせた。
「なに、文句でもあるの?」
「店長……クビとは一体どういう意味でしょうか? 自分は首ではなく、腕も足もありますが?」
「解雇ってこと!」
そう、ヒイロは一か月ほど前までこの『超大国ヒノクニ』とは異なる場所で勇者をやっていたので、現代社会における一般常識が欠けていたのだ。
しかし、それもそのはず。彼が元居た場所とは、文字通り次元の異なる世界であり、剣と魔法が大活躍するような状況だったので、コンビニ店員など務まるはずがないのである。
「かーっ! 君のそういう非常識なところがずーっとイヤだったんだよ!」
「ですが解雇と言われても……理由を聞かせてください、自分はまだ一ヶ月しか働いていないのですが」
「理由だって? そりゃ君が能力不足だからだよ! 一ヶ月経ってもまだタバコの銘柄も覚えられないし! 出勤する時のハンコも僕の方に向けて傾けたりしないでしょ! そういう一般常識を知らないトコロがダメなんだよ!」
重ねていうが、ヒイロはまだ超大国ヒノクニの文化に馴染めておらず、細々として複雑なこの国のマナーを理解できていないのだ。
(以前受けたスーパーの面接では、扉をノックする回数が間違っていると言われたな……この国で働くというのはなんと難しいことだろう)
腑に落ちない部分もあるが、彼は現実を受け入れようと店長に質問を投げかける。
「店長、今日限りで解雇という事は、来月分の給料は頂けないという事でしょうか?」
「来月分どころか今月分もだよ! 確かに君はシフト通り働いてたけど、あんなんじゃウチの稼ぎに貢献できてないからさぁ! むしろこっちが迷惑料を貰いたいくらいだっての!」
「迷惑料、ですか」
ヒイロとしては慣れていないなりに真面目に働いていたつもりなので、店長の言葉には少しばかりショックを受けてしまった。
「こっちはご飯を食べるのにも困ってるっていうから仕方なく君を雇ってあげたのに、君には働かせていただいているって感謝の意識が足りないよ! 働くだけでお給料が貰えると思ったら大間違いだからね!」
全く困ったもんだよ、と店長がため息混じりに告げる。
「とにかく、今この瞬間をもって君はウチとは無関係だ。さっさと荷物をまとめて出て行ってくれ!」
ここで普段のヒイロであれば、頭の一つも下げて黙って店を出て行ったところだが、今回はそうもいかない。なぜなら彼にも生活がかかっているからだ。
「そう言われましても店長、給料が払われなければ、自分は家賃を払う事すらできません」
「君の家賃なんて知ったこっちゃないよ! 今のご時世、ホームレスなんて珍しく無いんだからさ! 適当に雑草でも食べてれば良いんじゃない!」
とりつく島もないとはまさにこの事だろう。
こうして元勇者であり、異世界からやってきたヒイロはバイトをクビになってしまった。
外へ出ると、雪もちらつく二月の空を飛んでいるドローンの姿が見えた。ここでは物流の多くを無人機が行なっているのだ。そして、大手企業のCMを流しつつ、防犯の役割も果たすテレカメラといったものも設置されており、街にはヒイロの元居た世界とは比べ物にならないほど、発展した科学技術があふれていた。
これがアメリカ大陸から日本列島を支配する、超大国ヒノクニの首都Tokyorkの二〇八四年の姿だ。
「コンビニやスーパー……確かに、ここは自分の居た世界、『ダイタニア』とは比べ物にならないほどに豊かだ。だが──」
ヒイロは視線を遠景からそらし、自分の周囲を見渡した。そこには雪の中、寒さに凍えながら段ボールにくるまる人間の姿があった。それも一人や二人ではない、『安心や安全』といった標語が映し出されるテレカメラの下では、沢山の家無き人々が自分の現状に絶望しているのだ。
テレカメラの映像が切り替わると、この国の住民にとっては見慣れた少女の姿が画面に映る。
『今日もお仕事ご苦労様だお! あなたの妹、リトルシスターが午前八時をお知らせしますお!』
映像に登場している可愛らしい少女は、『リトルシスター』と呼ばれる偉大なこの国の指導者だ。彼女は常に世界への感謝と、幸福を祈りながら優しい視線で国民を見守っているとされているが、ヒイロにとってはそれが偽りのように思えて仕方なかった。映像の最後にはこの国で生きる以上、見ない日のないキャッチコピーが挿入されている。
『可愛らしい妹があなたを見ています!(Little sister is watching you!)』
「──ここに生きる人々は皆、とても不幸せそうに見える」
事実、彼が元住んでいた世界、ダイタニアにも路上生活者はいたが、こんなにも沢山の数ではなかったはずだ。勇者時代、剣の修行ばかりしていたヒイロは勉強こそ出来なかったものの、目の前に広がる光景が『良くない状況だ』という事は理解していた。
だが、そんな状況であってもヒイロは現状に指をくわえて見守るしか出来なかったのである。その理由は、
「だ、誰か助けて!」
と、そこまで考えたところで、どこからか少女の悲鳴が響き渡った。




