第二十六話
「自分のやったことは、間違っているのでしょうか」
ドレッドイーターこと赤上空を警察に突き出し、暴行の被害に遭っていた少女を病院に送り届けたヒイロは帰り道、隣を歩くユイに尋ねた。
この場に他のシォンとヒオの姿はない。どうやらシォンはヒイロの部屋に居候する事となったヒオに共同生活のイロハを教えるつもりらしく、ひと足先にアパートへと向かったのである。
「いーや、警察には違法薬物の栽培場や、子供を監禁していた場所についても伝えた。対応にミスは無かったと思うぞ」
「そう言う意味ではなく……」
「分かってるよ。しかしオマエ、さっきはあんなに偉そうにアタシに説教かましたくせに、急にしおらしくなっちまったな。でもな、自分が正しい事をしたってのはオマエが一番理解してるだろ? アタシとしちゃ赤上から懺悔の言葉ひとつも聞けなかったのは残念だが」
ですが、ヒイロは応える。
「結果として沢山の人間を路頭に迷わせてしまいました」
「それについては……おいミミ、代わりに話してくれ」
「ご自分で話せば良いのに……いいですか、ヒイロ様。あれからお母様は会社の方と相談をして、あの下水道にいた方々をアクタ電気で面倒を見ることに決めたそうです」
「彼らに仕事を斡旋したと?」
「ええ。少なくとも全員が当面、飢えに苦しむような目にはあわないように。三級市民を全てを救うには焼け石に水かもしれませんが、それでも何もしないよりはマシだとお母様が……」
ミミの言葉を聞き、ヒイロはがっくりと項垂れた。
「ますます自分が情けなくなる。これでは俺は、本当に何もしていないじゃないか」
「そんな事はありませんよヒイロ様。私はあの時、ヒイロ様がお母様を止めてくださった事を心の底から感謝しております」
「ああ。止められたアタシが言うのもおかしいが、あの場においてオマエの判断は本気で間違っちゃ無かったと思うぜ」
そんなユイ達の発言に、ミリシアも加勢する。
「前から言うておるが、お主はちと真面目すぎる。そもそもあの者らが飢えていたのはお主の責任ですらない。言うならば超大国ヒノクニという国が悪いのじゃ。そこにいちいち罪悪感など抱いていては──」
「待て、妖狐よ。今お前は何と言った?」
はっ、と顔をあげヒイロが聞き返す。
「だから、お主がいちいち罪悪感などを」
「違うその前だ」
「超大国ヒノクニという国が悪いのじゃ?」
「それだ!」
喜びのあまり、ヒイロがミリシアの肩を掴む。
「な、何をするんじゃお主いきなり!」
「どうして俺はこんな簡単な事に気付かなかったのだ……この国の現状が悪いのであれば、その大元が変われば良いんじゃないか?」
「この国の大元っていうと、まさかリトルシスターの事言ってんのか!?」
毎日のように流れているテレカメラの映像からその名を聞くので、ヒイロもリトルシスターの名には聞き覚えがあった。
「ああ、だが名前以外の詳しい事は俺は知らん。そいつは一体、どんな人間なんだ?」
「ソイツなんて呼び方するんじゃねえ、この国の英雄だぞ! 幸い、ここにテレカメラが無いから大丈夫そうだが……」
辺りを見まわし、ほっと一息を吐くユイ。
「テレカメラはアタシらが犯罪に巻き込まれない為の装置って言われてるが、一級市民の間で広まっている噂によると政府に対する不満を持った人間がいないかっていう監視までしてるらしいんだよ。オマエも気をつけろよ」
そんな前置きの後、ユイによるリトルシスターの解説が始まった。
「約五十年前、アタシの父ちゃんが若い時の頃、この超大国ヒノクニが出来上がるきっかけとして、日本とアメリカの間で大きな戦争があったのはオマエら知ってるよな? あ、日本ってのは超大国ヒノクニの昔の名前な」
「ええ。アクタ電気の技術が戦局に多大な影響を与えたと聞いています」
「この国の歴史については『読める図書館』で学んでおるので、余への講釈は不要じゃぞ芥ユイよ」
ミリシアの言葉に分かったよ、とユイが相槌を打つ。
「確かにヒイロの言う通りアクタ電気の技術によって戦争は日本優位に進められたとされている。だがな、争いっていうのはどっちが強いとか弱いだけじゃ収まらない訳なんだよ。このままじゃ戦争が延々と長引くと誰もが思った時、リトルシスターが現れたんだよ。彼女の経歴は一切不明だが、少なくとも国会議員だとかナントカ省の人間とかでは無かったみたいなんだけどよ、日本とアメリカの偉い奴らに強い影響力を持ってたらしいんだよ」
「……国会議員の家族か何かなのでしょうか?」
「分からん。とにかくそのリトルシスターの呼びかけによって、両国が統一される事が決定されたんだよ。んで、その功績を理由にリトルシスターが、この超大国ヒノクニの超大統領という地位に就任した。それがこの国の歴史だよ」
「なるほど、それはまた急転直下と言うか……そんなぽっと出の人物がこの超大国の長になる事に国民の不満などは無かったのでしょうか?」
「いやぁ無かったな。アタシも子供の頃からテレビでリトルシスターの功績ばかり見せられてきたから『こんなすごい人だったら、超大統領になってもおかしく無いな』と思ってたしよ。あ、テレビってのはテレカメラが普及する前のものでな、カメラ機能のないテレカメラみたいなもんだと思ってくれ」
誰も顔を見た事がないような人物を褒め称える、その状況こそがおかしいのではないか、と反論しようとしたヒイロだったが、ミリシアからの念話によってそれを遮られる。
『これヒイロよ。この国の事情にあまり踏み込みすぎるでない』
(何故だ?)
『余も似たような疑念を抱いた事があるが、この国ではリトルシスターへ疑念を抱いたり、批判をしたりなどは出来ぬような仕組みになっておるようでな。たとえ三級市民への差別心が薄いユイですらも、我々に敵対心をもつかもしれん。それにほれ、周りを見てみよ』
ミリシアの思念に従い視線を巡らせると、いつの間にか自分たちの周囲にさっきまで影も無かったはずのドローンが複数台浮かんでいるのが見えた。
(これは……まさか俺たちを監視してるのか?)
『おそらくな。どのような仕組みかは分からんが、少なくともテレカメラが無くともここではリトルシスターに関する話題は避けた方が良いようじゃな』
(あまり考えたくないが、ユイやミミがこれを呼んだという可能性もあるな)
『無論、その可能性も大いにある』
これ以上の念話はユイ達に気取られるかと思い、ヒイロは強引に話題を変える。
「……そうか。つまりリトルシスターはユイさんの子供の頃から国民から人気だったということか。そのような人物ならば、引き続き超大統領の座にいてもらうべきだな。ふむ、では三級市民の待遇が変えるには、別の方法を考える必要があるな」
「そうだな。ま、さっきも言ったが、あんまりこの国の事についてオマエが責任を感じる必要はないからな! 真面目すぎても辛いだけだぞ!」
そう笑いかけるユイの表情には、一切の嘘偽りがないように見えた。その日の会話はそれっきりでヒイロ達は解散する運びとなった。
周囲を飛んでいたドローンはいつの間にかどこかへと姿を消していた。まるで最初からそんなもの、どこにもいなかったかのように。




