第二十五話
「初めは俺の薬物目当てにやって来たやつらばかりだったが、いつの間にか純粋に俺からの救いを求める人間ばかりになっちまったのは嬉しい誤算だったな。良い人のフリをしてれば、俺好みの子供が転がり込んでくるからさぁ」
赤上の自分語りはそう締めくくられた。
「下らない。そんな過去をひけらかす程度で、あなたの殺人を許されるとでも? あなたと似た境遇の一級市民はどこにいる上、子供ばかりを狙う卑劣な理由付けにすらなっていない」
ドレッドイーターの告白に対し、ヒイロは冷たく応えた。彼の表面的な態度は冷え切っているが心中は目の前の男に向ける怒りで煮えたぎっていた。
「うそ……ですよねぇドレッドイーターさん?」
茫然自失、という様子で立ち尽くしているのは、よほど彼に心酔していたであろうアリスだ。
「アリス、その顔はなんだい? まるで別人を見るような目をしてるじゃないか? 考えてもみてよ、誰のおかげでここまで生きてこれたと思う? 俺のお陰だろう? それで良いじゃないか」
「そう、ですけどぉ」
「勘違いしてほしくないけど、俺だって『集落』のみんなに手をかけようだなんて思ってない。それくらい良心はある。俺が殺すのは君たちとは無関係の子供だけだ」
「……」
ドレッドイーター……あらため赤上は考え込むそぶりを見せたアリスの肩を抱き寄せて告げる。
「君なら分かるだろうアリス。この国には俺なんかよりも悪い奴がいくらでもいるってくらい。今こうしている間も、どこかの誰かが理不尽に命を落としている。君はただそれを見ないふりをするだけで、俺の庇護の元、いつもの暮らしに戻れるんだ」
そんな彼の言葉に応えたのは、アリスでもヒイロでもない人物で、
「『こうしている間も、どこかの誰かが理不尽に命を落としている?』『俺の庇護の元、いつもの暮らしに戻れる』? それが何だっつうんだ?」
文字通り、射殺すような目つきをしたユイが『集落』の人並みの中から姿を表す。彼女の背後には、同じように激しい怒りを湛えたミミとここまでの案内をしたであろうヒオの姿があった。
「だからってテメェの悪事を見逃せってか? そんな自分勝手な理由でオマエが売った薬物で娘を失ったアタシの気分が晴れるか! おい、ヒオ! オマエはナイフくらい持ってるだろ、貸せ!」
「なるほど、君がヒイロ君に俺を探させていた『被害者』さんか。俺としてはさっき以上の弁解はないよ。どうか俺と『仲間』の未来のため、命だけは助けてほしい」
立場をわきまえないそんな赤上の発言は、ナイフを受け取ったユイの怒りを更に煽る。
「テメェどの口が……!」
「あのぉ。私からもお願いします。ドレッドイーターさんを許してあげてほしいです」
怒りのあまり、そのまま赤上へ切り掛かりそうに見えた彼女をアリスが制した。そして彼女のその行動はどう動くべきか逡巡していた『集落』の人間達の注目を浴びた。
「集落のみんなも聞いて。確かに彼は悪い事したかも知れないけどぉ。でもそれって殺されなきゃいけないほどの罪なのかなあって」
「どういう意味だテメェ!」
「そのまんまの意味よぉ。人殺し自体は悪い事だけど、ドレッドイーターさんが私達を助けてくれてたって言うのも事実だしぃ。赤の他人が何人死んだところで、それで私達の生活が良くなるわけでも悪くなるわけでもないじゃないですかぁ」
彼女の言葉に『集落』の人間達も呼応する。
「そうだ……この集落にだって子供はいるけど、ドレッドイーターさんは殺さずに居てくれたじゃないか!」
「ええ。今更、よその子供が数人死んだくらいで、誰も気にしちゃいられないわよ……!」
「こう言うピンチな時こそ、俺達があの人を信じてあげないといけないんじゃないか?」
小さな炎が燃え広がるように、『集落』全体に赤上を擁護する空気が広がっていく。
「なああんた! ドレッドイーターさんを殺すなら代わりに俺を殺してくれ!」
「あなたダメよ! 殺すなら私にして! それでチャラって事で許してちょうだいよ……!」
ヒステリックな空気が膨らみつつあった下水道の空気を一喝したのは、やはり赤上の被害者代表であるユイであった。
「うるせえぞテメェら! 自分らで勝手に話を進めるんじゃねえ気持ち悪い! 無関係の奴らが口出しすんじゃねぇ! アタシが復讐をするかどうかは、アタシ自身が決める事なんだよ!」
再度ナイフを握る手に力を込め、今にも赤上を刺殺さんと息巻いたユイだったが、
「やめなさい、ユイさん」
そんな彼女を止めたのは、ヒイロだ。
「なんでだよ! アイツはアタシの娘の仇だぞ! オマエまであんなやつの口車に乗せられたのか!」
「そのナイフを使いたいのであれば俺を刺しなさい。しかし、あの男には手を出してはいけません」
「なんだと?」
二人の視線が交差する。周りの人間もヒイロがどういった意図で発言をしているのか図りかねているようだった。
「自分があなたからの依頼で請け負ったのは、違法薬物の売人を探し、もう二度と薬物を売れぬようにする事までです。殺す事ではありません」
「じゃあ、どうするって言うんだよ」
「彼を警察に連行します。超大国ヒノクニでは、私刑が禁止されていると聞いているので」
「オマエ……本気で言ってんのか?」
「本気です。彼は既に指名手配犯な身の上、ここには実際に暴行を受けた被害者もいる訳ですから、証拠も充分揃っております」
「ふざけんな! ここまで来て警察に引き渡して『はい終わり』って? そんなの納得出来ねえよ!」
そう感情の赴くまま叫ぶユイに襟首を掴まれつつも、ヒイロは冷静に説く。
「あなた娘さんの弔いとしてあの男を殺したとしましょう。そうなればきっとこの『集落』に住む者達に恨まれるはずです」
「だから何だって言うんだ、アタシは──」
「もし、次に『集落』の方々が復讐としてあなたを殺そうとした時、ユイさんの復讐を肯定してしまった自分が『集落』の皆さんの復讐を止める事ができなくなってしまいます」
「──!」
「ですから、どうかあなたには赤上を殺さないで欲しいのです。あなたが誰かに殺されてしまわないように」
閉口したユイに背を向け、ヒイロは『集落』の奥にいる赤上の方へと歩みだす。
その動きを皮切りに、これまでのやり取りを見ていた『集落』が蜂の巣をついたような騒ぎになる。
「だ、ダメ。ドレッドイーターさんを連れて行かないで! その人が連れて行かれたら私たちはどうやって生きていけばいいの!? 教えてよ!」
人々を代表するようにアリスが問うも、
「分かりません。自分が出来ることは、ただ彼を警察に突き出す事までですから」
ヒイロはそう現実を突きつける事しか出来なかった。
「待ってくれ! 妻の腹の中には子供がいるんだ! でも俺は足を怪我して働けねえんだよ!」
「……足を使わず稼げるお仕事を探して下さい」
「私は今年五十五歳になります。働き口なんてどこにもありません……!」
「……どうにか、生き延びて下さい」
周囲に返事をするヒイロの元には、考えを改めるよう追い縋ってくるものや、顔を殴りつけるようなものが殺到していた。しかし、勇者である彼の身体には傷一つ付くことはない。
ヒイロは淡々と赤上の腕を掴み、地上の世界へと引っ張り出すだけだ。
「流石は元勇者よのう。あれだけ沢山の者の攻撃を受けても全然平気じゃな」
自分の元に辿り着いたヒイロに、ミリシアが感心するように告げるも、
「平気などでは、ない。決して」
身体には傷一つついていないはずの彼の表情は、苦痛に満ちていた。
「お願い、連れてかないで! これから私たちはどうやって生きていけば良いんですか、人殺し……人殺しぃ!」
そんな人々の怨嗟の声は、下水道を去るまでヒイロ達の耳に響いていたのであった。




