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第十八話

「どういう風の吹き回しだ妖狐? 以前のお前ならば、依頼を受けるにしても、もう少し抵抗するかと思ったのだがな」

「あの何度も世界を滅ぼそうとした魔王も、勇者殿と生活を共にする事で優しい心に目覚めたという事で御座るか!? 感動するで御座るな!」

「全然違うわ、愚か者め」

 などと会話するヒイロ達が今いるのは、建物の老朽化により人通りがなくなった商店街だ。見える建物のほとんどが略奪にでもあったかのように荒らされていて、この国ではよく見かける路上生活者の姿すら見当たらない。

 ミリシアは後ろに同行しているユイとミミには聞こえない声量で、自身の意図を語った。

「あのユイとかいう女、違法薬物は『みんな、同じ人間からその薬を買い取った』と言っておったじゃろう? であればその売人はたった一人で相当な額の金を溜め込んでおるに違いない。つまりじゃ、依頼を達成しつつ売人の金を奪ってしまえば一挙両得、一石二鳥という寸法ぞ」

 つまるところ、やはり彼女の行動原理はこれまでと変わらず金のまま、という事だった。

「だが妖狐よ。警察ですら尻尾を掴めていない人間をどのようにして探すつもりだ。見たところここには薬物の売人どころか人っ子一人いないようだが。確か証言によると……真っ赤なドレッドヘアの男が薬物を売ってるとの話だが」

 無論、彼らの視界の範囲にはそんな派手な外見の姿は見受けられない。

「ココ、余の『読める図書館』を舐めるでないわ。この街で発生した薬物事件の容疑者の証言を見ていると、そのほとんどがここで売人に声をかけられたと証言しているようじゃ」

「という事は、この近辺を根城にして活動している可能性が高いと?」

「順当に考えればそうじゃのう」

 と言う会話を二人で続けていたのが不審に見えたのだろう。背後についてきていたユイがミミの身体を抱き寄せながら声をかけてくる。

「おい、オマエらさっきからコソコソと何話してんだ? 怪しい真似したらマジで警察に突き出すからな。この辺りを捜査するならさっさと始めちまおうぜ」

 そんな彼女のいち早く言葉に反応したのは、ヒイロ達の会話に混ざらず漫然と道を歩いていたシァンだ。

「拙者もその意見に賛成で御座る! 議論も大事かと思いますがまずは行動するが第一! 拙者はあっちの通りを見てくるので、勇者殿達はあっちを見てくだされ!」

「待て、シァン。単独行動は慎め」

 と、気持ちだけはやる気いっぱいな様子でシァンが走り去ってしまった為、ヒイロ達は二手に分かれて商店街周辺の探索を行うことにした。

 戦力的なバランスを考え、ミリシア、ユイ、ミミの三人チームと、ヒイロ一人のチーム(?)という組み分けとなったところで、彼はミリシアに耳打ちをした。

「ユイやミミもいる以上、厄介な事にはならないと思うが一応の警戒はしておけ。この世界には俺やシァンの他にもダイタニアからの訪問者が隠れている可能性があるからな」

 別れ際、別行動となるミリシア達にヒイロがそう告げると、

「心配ご無用ぞ、万が一の時は念話でお主を呼ぶからのう」

 自信満々な言葉が返ってくる。忘れてはいけないが、いまの彼女は本調子ではないため魔力量や防御力が著しく下がっているのだ。仮に魔力がこもっていない攻撃だったとしても、それが原因で大怪我を負う可能性がある。

「まあ俺としてはお前が怪我をしたところで、なんの痛手もない訳だが」

「冷たい事を言うでない。ほら、触ってみい、か弱い世の細腕を〜」

「やかましい、引っ付くなこの妖狐め」

「だから名前で呼べと言っておろうが!」

「そこ! いちゃついてんじゃねえぞ!」

 二人の様子を見ていたユイからのツッコミに、

「「いちゃついてなんていない(おらぬわ)!」」

 と息ピッタリで応えるヒイロ達であった。



 そんなこんなあり、三人と別れ単独行動で捜査を始めたヒイロであったが、違法薬物の売人らしき人物は見当たらなかった。

「そう簡単に見つかっては、警察の面目丸潰れか。しかし、このまま何も手掛かりがければ……」

 どうするべきか、と考えあぐねていたところで、

「おにーさん。何かをお探しぃ?」

 背後から女性らしき声がかかり、ヒイロの歩みが止まる。

「わたしぃ。おにーさんにぴったりな、刺激的な体験をさせられると思うだけどぉ? キョーミない?」

 見ると、三級市民らしき女がヒイロに笑みを向けていた。服装や髪型に清潔感はない。しかし、ダイタニアでも彼女のような雰囲気の人物と会った事がある。

(あれは確か、魔王討伐の途中で寄った、街一番の娼婦だったか)

 異世界であろうとも、艶やかな雰囲気を出そうという女性の動きは似通ってくるのかもしれない。

「もう、警戒とかしちゃイヤよ? わたし、怖い人とかじゃないからさぁ」

 むしろヒイロはこの状況に油断し切っていた。なぜなら彼は一目見るだけで相手の戦力や、戦いのセンスなどを見抜く事に長けていたからである。

(歩き方を見るに、左腿に隠し持ったナイフの扱いに自信があるようだが、まるで脅威にはなり得ないな。十中八九、暴漢に襲われた時のための護身用だろう)

 今の一瞬でそこまで看破したヒイロは端的に女に尋ねた。

「この辺りで違法な薬物の取り引きがされてるらしいが、お前は何か知っているか?」

「さあ? わたし偶然ここを通りかかっただけだからさぁ。それよりもわたしとイイコト、しない?」

「しない。それではな」

 女の言葉を間に受けあっさりと立ち去ろうするヒイロだったが、

「ちょっと待って! な、なんでそんなのを探してるのさぁ? ひょっとしてあんた、ケーサツ関係の人?」

「そうではない、これは調査──」

 と、返答をしようとした時、ユイに言われたことを思い出した。

『調査に行くときは間違っても薬物の売人を叩きにきた、なんて言うんじゃねえぞ。警戒されるのが関の山だからな』

「ちょう……なあに? なんて言ったの?」

「チョー興味本位で薬物に触れてみたくなったんだ」

「へえ、あなたってば好奇心に素直ねえ。あ、もちろん褒めてるのよぉ?」

 アドリブで口に出した言葉だったが、どうやら女のお眼鏡には適ったようだ。

「普段、あんたみたいなことを言って近づいてくる警察が居るけど、もっとそれっぽい格好をしてくるよ。あんたは何だか、見た目は頭良さそうなのに中身が馬鹿そうな感じが本当に薬物に興味を持ってそうな感じするね」

 褒められているかどうか微妙だったが、今のはかなり重要な情報が聞けたと思った。

「付いてきなよ。ご所望のもの、売ってあげるからさぁ」

(仲間も呼んで構わないか……とは聞けない雰囲気だな。それにこちらからあの妖狐へ念話を飛ばす手段がない以上、連絡の取りようもない)

 女の背を追いながら、ヒイロはそんな事を考えていた。

(最悪、俺一人で売人を制圧してしまえば良いか)

 勇者らしい強硬策を打ち出したところで、彼は目の前の女に質問を投げかける。

「薬物とはどんなやつが売っているんだ。一番偉い人間に話を聞かせて欲しいんだが」

「良いけど、目の前にいるこんな美人を無視して別の奴の話をされるって言うのはプライドが傷付くわねえ。せっかくだから名前を教えてあげる、アリスって呼ばれてるわ」

「薬物の売人とは思えない名前だ」

「アリスはわたしの名前よ! 失礼しちゃうわね、ヤクを売ってるのはこの辺のドン、『ドレッドイーター』さんよ」

「『ドレッドイーター』か。売人っぽい名前だ」

 そんな話をしていると、アリスは突然路上に座り込んだかと思うと、マンホールの蓋を慣れた手つきで外し始めた。

「よいっしょ……と! そしてここが、『ドレッドイーター』さんが支配する国への入り口ね」

 何十キロもあるマンホールの中は、光一つない暗がりが広がるばかりであった。

「あなたの知らない、不思議の国へようこそ」

 警戒するヒイロに対し、アリスはそう笑いかけた。


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