第十六話
「ミミーーーー! ウチの運転手からいつもの場所に居ないって聞かされたから、心配したんだぞー! ったく寄り道をするっつうなら先に言えよなー! ところで、寄り道するったって、どうしてこんな三級市民の住むようなボロ屋にいるんだ?」
「実はですねユイ様、私はそちらのお三方に誘拐をされてしまったようでして」
「はぁーーーー!? オマエら、うちの娘になんてことを! 殺されてえのかよ!?」
部屋に乱入してきた女が怒りの声を上げたその時ヒイロ、ミリシア、シァンの三人は床で正座をしていた。
女の正体は何を隠そう今回の誘拐事件の主役とも言える人物、芥ユイである。事前にミリシアから聞いていたプロフィールからすると、その姿はヒイロの想像した人間像からは大きく離れているように見えた。
よく街で見かける一級市民は自らの財を誇示するかのように、派手なファッションを身に纏ったりするのが普通だが、彼女の身なりはむしろヒイロ達庶民に近い。
まず上下がブルーのジャージという段階で、一級市民らしさが薄いし、お店で脱色されたであろう金髪も頭頂部だけ黒い地毛に戻ってしまっている。足元を見れば、走ったりするのも難しそうな古ぼけたサンダルを履いており、これが超大国ヒノクニ有数の大企業、アクタ電気の社長だと一体誰が信じるだろうか。
「何黙って見てんだテメェら! まずはどうしてこんな真似をしたのか説明やがれ!」
キレながら尋ねるユイの正当な疑問に対し、誘拐犯代表としてヒイロが返事をした。
「失礼ですが芥ユイさん、自分達はあなたが三級市民に対する非人道的な実験を行なっていると聞きまして、そこであなたに他人の痛みが分かっていただけるよう、このような事をさせて頂きました」
『なにぃ!? お主、そんな魂胆だったのかえ! まーた妙な気を回しおってに!』
驚いた様子の念話をミリシアが飛ばしてくるが無視をする。
「オマエら、いったいどっからその事を? 社外どころか会社の人間にすら秘密にしてるってのによぉ……」
「それは会社ぐるみで犯罪をもみ消したことの自白でしょうか?」
「違ぇよ。アタシはな、確かに三級市民に対してサイボーグ手術をした事はあるがよ、現代医療では完治不可能な病気やケガを負ったやつにしかしてねえっての。しかもこっちから手術の強制もしていないしな。一応アタシも医師免許持ってるとは言えヤバい橋を渡ってる自覚があるからな、手術ミスなんてものも一切ねえぞ」
「人命救助の目的であれば、その事実をもっと早く公開すべきだったのでは?」
「無理に決まってんだろ。頼まれたとはいえ、法律に反している事はアタシでも理解してるぜ。でもな、下級市民のやつらは手術どころか二年先まで埋まってる一級市民の健康診断のせいで、病院での診察も受けられないなんて可哀想だろ?」
「ええ。それは確かに問題かと思います」
「だろ? 儲かる儲からないなんて話は置いておいて、家電から兵器までを作るアクタ電気がそんな状況、黙って見ている理由はねえだろ? 足が悪いっつうなら代わりの足を、内臓が悪いっつうなら代わりの内臓を付けてやりてえって思うのが人情じゃねえか」
こいつだって、元は街で餓死しかけてたのをアタシが拾って手術したんだぜ? とユイはミミの頭を撫でた。
「つまりあなたは、法律に反すると理解しつつも、利益度外視で病やケガに苦しむ下級市民の身体をサイボーグ化しているだけだったと?」
確認するヒイロの言葉にユイは恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「そ、そういう事になるな。あらたまっていうんじゃねえよ、なんだかアタシが良い事してるみたいに聞こえるじゃねえか、バカ!」
重い沈黙が部屋中に漂っていた。それは主に正座をしている三人の胸中にある『やっちまった感』から生まれた沈黙だった。
ミリシアの『読める図書館』からの情報と、芥ユイやミミの証言を併せて考えてみると、三級市民が対象となった人体実験のようなものは行われていたと言えるだろう。だがその実態は知的好奇心やアクタ電気の利益向上のためでなく、非合法の手段で行われた人命救助のための手術だったというのが今回の事件の真相なのだ。
「質問、よろしいで御座るか?」
「良いぜ」
律儀に挙手をしたシァンがある疑問を口にする。無論、それはヒイロやミリシアも違和感を持っていた事で。
「ユイ殿が人徳者なのは分かりましたが、どうしてココア殿の名前を使わせてまでミミ殿を学校に通わせているのでありますか?」
「身寄りのねえミミを学校に通わせるのに、アタシの娘を名乗らせるのが一番簡単だったからだ。今の時代、元三級市民なんてのが学校に紛れ込んだらどんな目に遭わされるか分かったもんじゃねえからな。その上、実子って立場は将来アクタ電気を継がせる時にも都合が良い。成人後は改名も自由だしな」
それはヒイロ達にとってはあまりに大胆な方法のように聞こえたが、三級市民の身分というのはそうまでして必死に隠す必要があるというのも、超大国ヒノクニの現実であった。
「でもでも! ミミ殿からは『ユイ様は自分を助けに来ない』だとか『機密漏洩を防ぐための自爆スイッチを押すでしょう』と聞かさせていたのですが、それはなぜで御座るか?」
「んだと!?」
今度はミミに向き直るユイであった。
「オメエ、まだそんな風に思ってたのかよ!? 何年も前から敬語をやめるよう言ってたのによ! オマエとアタシはあの日からファミリーだって言い聞かせてるじゃねえか!」
血相を変えて話す彼女に対して、目を丸くするのはミミだ。
「ファミリーとはファ◯リーコンピュータの略。ただの機械でしか無いと思っておりました」
「んな訳ねえだろ、この天然ちゃん! でもそういうところが可愛いぜ! じゃあ毎日行ってきますとお帰りのチューもしてたのは何だと思ってたんだ!? 親と子の仲睦まじいスキンシップだろうが!」
「あれは私の肌質チェックかと思っておりました」
「おいおいおい! 愛おしすぎて涙が出てくる勘違いだ!」
「ですが、ユイ様……」
少しの間言葉を詰まらせたミミの目からは、涙が一筋流れた。
「私などがココア様を差し置き、本当にあなたの娘などと名乗ってもよろしいのでしょうか?」
「ミミ。オマエまさか、そんな事を気にして……」
「この制服も本来であれば、ココア様が袖を通すはずだったもの。それを偶然、ユイ様に命を救われただけの私が、娘という立場を奪って──!」
ミミが全てを言い終える前に、ユイは彼女の頬にビンタしていた。
「このバカ! 誰が何を奪っただと? 勘違いすんな! オマエと言う娘が一人増えたからって、ココアもずーっとアタシの娘のままだ! くだらねー気を使いやがって、こっちが今日までどんな気持ちでオマエと接してたのか考えた事ないのかよ! 五年前に出会ったあの日から、オマエの面倒はアタシが一生見るって決めてるんだからよ!」
「ユイ、さま」
畳み掛けるようなユイの言葉にミミはただ圧倒されていた。
「頼むよ。頼むから、アタシをオマエの『お母さん』にさせてくれ。他人になんてさせないでくれよ」
言葉こそ発せなかったものの、ミミの中には人間としての意志が存在する。そして彼女の意思は、ただ黙ってユイの体を抱きしめる事を選択した。
その姿は、どこにでもいるような母子のように見えた。




