第十五話
「あれが今回の目標でございますね!? お名前は……なんでしたっけ?」
「芥ユイの娘ココアだ、年齢は十七歳。それとシァン、尾行中は声を潜めろ、周りに不審がられる」
「失礼しました……!」
そんな会話をする二人が今いるのは、私立真理高校の校門前だ。今は放課後の時間帯なので、沢山の生徒が帰宅しようとしているが、誰も彼も身綺麗な服を着込んでいた。表向きはどんな人間でも入学可能だが、高い入学金と両親の経歴などを調べる厳しい事前審査により、実質一級市民のみが通える学校となっている。
立地もTokyorkの高級住宅街の中ということで、普通ならヒイロ達のような二級以下の市民は突っ立っているだけでも警察に通報されてしまうが、今はミリシアの認識阻害魔法に守られているのでその心配はない。
『無駄口を叩いている場合ではない。今まさに校門から出てきた娘、あれで間違いないぞよ』
同じ一級市民であっても登下校スタイルにはいくつか種類があるようで、大半の生徒は自転車での下校だが(それでも二級市民が逆立しても手に入らない程の高級品だ)、最上位の生徒ともなると自家用車での登下校となる。
ミリシアの言う通り、校門前で帰りの車を待っていると思われるのは、芥ココアで間違い無いだろう。 金色の髪は、両親から譲り受けたものだろうか、青い瞳はそのまま宝石として売られていたとしても不思議ではないほどに美しい。
「まるで拙者と同じ人間とは思えない美しさでありますな」
「そう自信を落とすな。ただでさえ今からあの女を捕まえるのだから、しっかりしろよ」
「承知いたしました! だっ! と走っていって、がっ! と髪を掴んで魔王が待っている車まで運んでくるで御座る!」
「ターゲットには傷一つつけるなと説明したはずだが?」
呆れるヒイロの声に、「忘れておりました!」と元気よくシァンは応える。
「でもどうして傷つけちゃダメで御座りますか? あいつ悪人の娘ですよねっ?」
「仮に妖狐の言う事が事実であるとしても、親の悪行と娘は無関係だ。お前は騎士時代、罪を犯した者の子供にまで鞭を打った事があるか?」
「いいえ、ありません……そうですね勇者殿、拙者はあの魔王の話を聞いてすっかりあの娘まで悪いやつだと思い込んでしまっていたで御座る」
しゅんと萎れるシァンを見ている内、ミリシアから念話が届く。
『認識阻害魔法を発動したぞよ。例の娘を車まで連れてくるが良い、お主の部屋にまで移動するのでな』
こうしてヒイロは当初の予定通りココアの誘拐に成功するのであった。
◯
「こうも上手くいくと、認識阻害魔法がどれほど強力なのかと実感が湧くな。ダイタニアにいた際は幻覚系の魔法はシァンに解除を一任していた故、苦労させられた記憶がなかったからな」
ココアらと共に自室へ戻ったヒイロはそう呟く。
「拙者には攻撃魔法の才能はありませんでしたからな! せめて勇者殿のお力になれるよう、解除魔法だけは頑張って勉強したであります!」
えっへんと胸を張ったシァンを褒めた後、ミリシアへと話しかける。
「さて、準備も整ったところでだ。そろそろ芥ユイへと電話をかけるとしよう。それでは妖狐よ、この娘にかけた認識阻害魔法を解いてやってくれ」
言いながらヒイロは、ミリシアから借りたスマホを使い事前に『読める図書館』で知り得た電話番号をプッシュしようとした。
「お手数をおかけし申し訳ありませんが、ユイ様はきっと私を助けようとはしないでしょう」
だが、認識阻害魔法から立ち直ったココアのセリフに、思わずその手を止める。
「なぜだ。お前は芥ユイの娘だろう?」
「そうで御座る! たとえどんな超悪党でも、血の繋がった家族であるならきっと助けに来るに決まっているで御座るよ!!」
「超悪党? ユイ様がですか?」
「誘拐犯が人質を元気付けてどうする。……だが『助けようとしない』とうのがどういう事かは俺も気になるな。それに母親の名前を様付けというのも珍しい」
首を傾げるココアに、ヒイロが問いかけた。ちなみにこの間、ミリシアは腹が減ったと近所のスーパーに買い物へ出かけている。
「こうなってしまった以上は仕方ありませんね。この事実は、アクタ電気の中でもほんの少しの人間しか知り得ない情報なのですが……実は私、こういう者でして」
そうしておもむろに手を差し出したココアの手を、シァンが掴んだ。すると、
「芥ココアとは仮の名前です。私の本当の名前は冴島ミミといって、ユイ様の改造手術を受けたサイボーグなのです」
その言葉に冷や汗が吹き出したヒイロは、素早くシァンへと命令する。
「……シァン! その手を離せ!」
「残念ながら手遅れです『電気ショック』」
直後、シァンの全身に電撃が走るのが見えた。
「あばばばばば!」
「くっ! 大丈夫か!?」
ヒイロの声にシァンは「無事ですぅ」とわずかに応える。
「どういう事だ。お前は何者だ……お前は、芥ココアではないのかっ?」
「答えはイエスです。私は五年ほど前に亡くなられた本物のココア様を模したサイボーグに過ぎません。つまり私は、サイボーグが生身の人間に混じり生活が可能かを測る実験体でしかありません。ですから、ユイ様は私が誘拐されたとしても、機密漏洩を防ぐための自爆スイッチを押すだけでしょう」
「サイボーグだと? 馬鹿な。さっき触った時も普通の人間と変わらなかったぞ!」
「当然です。アクタ電気の人工筋肉の製造技術は世界一。多少触った程度では本物の筋肉と区別がつくはずはありません」
ココアもとい冴島ミミの回答を聞き、ヒイロはある結論に至る。
「なるほど。その口ぶりではやはり、芥ユイが三級市民に対し非人道的な人体実験を繰り返していたというのも事実なようだな。……いたずらに他人の身体を弄るなどとは、まさしく悪魔の如き所業だな」
ふつふつと、自身の胸中に湧いた怒りをそのまま口にすると、ミミは首を傾げる。
「あの、三級市民への人体実験とか何の話でしょうか? それに身体のサイボーグ化は私自身の希望で行われたものですが」
「……なんだと?」
一瞬、思考が停止したヒイロだったが、外から響いたミリシア達の声によってさらに混乱する事となる。
「ええい泣くでない! 余はお主の娘のことなど知らぬぞ!」
「頼むぅ! 発信機の情報だとこの辺にアイツが居るはずなんだ! ミミは寂しがり屋だから、どこかで震えてるに違いねぇんだよー!」
状況を察するにミリシアが、行方不明の娘を持つ母親に絡まれているようだが、
「この声はユイ様ですね。……まさか、本当に私を探しにいらっしゃったのですか?」
「俺にはもう、何が何だか分からない」
想像を超えた展開に頭を抱えたヒイロは、外で騒いでいる二人を部屋へと招き入れる事にした。




