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第十話

『人助けなど無駄な事をしよって。認識阻害魔法も完璧ではないのじゃぞ』

(計画に支障は無かろう。それに俺の目標は最初から人助けだ)

『まぁ良いわ。ここからの手筈は車中で話した通りぞ。お主は堂々と周りの目を気にせず銀行員に金を出すよう要求せよ。一度では受け取りきれぬだろうから、何度か往復するようにのう』

 認識阻害魔法はダイタニアでも希少な魔法の一つだ。一般的にも使われる幻覚魔法は『現実との違和感を認識し』突破されてしまうことがあるが、認識阻害魔法はその『違和感を認識出来ない』ようにするので、解除魔法を使われるリスクが低いのだ。

 建物の中では複数の行員が窓口で待機しているが、客の姿はほとんど見受けられない。既に引き出し手数料増額の件が市中に広まっている影響なのだろうか。

「いらっしゃいませ! どのようなご用件でしょうか?」

 そんな状況でも二級市民である銀行員は普段通りの労働を強いられていた。サービス向上の為、勤務時間中は椅子に座るのを禁じられており、休憩時間なども当たり前の様に存在しない。

 さらに腕に刺された点滴によって、業務に必要なエネルギーは得られており、食事といった不要な活動も禁止されている。立ったままの居眠りも厳禁なので、六十秒ごとに手元のボタンを押さなければ電気ショックを与えられてしまうのだ。

 この様な扱いをされながらも、生活水準ギリギリの賃金で働かされている二級市民に哀れみを感じつつも、ヒイロはミリシアと打ち合わせた通りのセリフを口にする。

「……俺は強盗だ。命が欲しくばありったけの金を持ってこい」

(そもそもこの世界の人間に認識阻害魔法は効くのか?)

 ここに至るまでの間、そんな疑念を抱いていたヒイロだったが、

「強盗さまですね! かしこまりました、少々お待ち下さい!」

 自然な調子で奥へと向かう銀行員の姿を見て、計画通りことが運びそうだと一安心した。

「この店で働く者たちにも、いくらか金を置いて行ってやらんとな。銀行員とて楽な生活が出来ているわけではないからな」

『お人よしめ。好きにせよ……な、馬鹿な!』

「どうした?」

 ヒイロは嫌な予感がしつつ尋ねる。

『余の認識阻害魔法が解除されておる! 逃げるのだ、ヒイロよ! 近くに解除魔法が使えるものが迫っておるぞ!』

「なんだと……!」

 直後、けたたましい警報音と共に窓口と出入り口のシャッターが降り、ヒイロは建物内に閉じ込められた形となる。

「これは……テレカメラで見たことがあるぞ。重要な施設ではセキュリティとして致死性のある毒ガスが散布されると」

 この対応は『Tokyork新法』の第十七条『強盗など他者の私財を奪おうとしたものは一切の理由問わず死刑とする』に基づいたものだ。一見、法の下の平等に基づいた文面に見えるが、現実では日々の生活に困窮しているような、二級以下の市民にのみ行使される法律となっている。

「もしもの為に壁の厚さを確認しておいて良かった。頑丈ではあるが、俺に破れぬほどではない。ふん!」

 銀行の壁を強引にぶち破り脱出に成功する。

『油断するでない。外はすでに警報を聞きつけたガードマンに囲まれておるぞ! 余の魔法を解除した奴もその中に紛れておる可能性が高い!』

 ミリシアの言う通り、ヒイロの周囲には既に完全武装したガードマンが駆けつけており、包囲されるのも時間の問題かに見えた。

「くっ。どうする……!」

「ふふふ。まさか本当に魔法とやらが存在するとはあの娘の戯言ではなかったということですねぇ」

 ガードマン隊列が左右に開いたかと思うと、高級そうなスーツを着た男が姿を現す。

「お前は確か、昨日客の男に支店長だかと言われていた男だな?」

「おや、見られておりましたか。やはり貧乏人は暇な者ばかりなのですね。ええ、私こそがこの博愛銀行を治める支店長……いや、あなたのような下賤のものからすれば、神と敬われるべき者です」

「認識阻害魔法を解いたのはお前なのか」

「いいえ。私は何もしてませんよ。魔法とやらの対応は先週、うちの前で倒れていたあの女に任せてましたからねぇ……。おい、出てこい」

 博愛銀行の支店長が呼びかけると、頭上からやけに元気な声が響き渡る。

「現れましたな賊どもめ! 拙者はここの門番を任されているもの! 何者か分かりませぬがお覚悟なされい! ──って、その顔はもしや!?」

「……まさか、シァンなのか?」

 槍を手に空からハイテンションで降ってきたのは、ダイタニアにいた頃、ヒイロと共に魔王討伐の旅をしていた女騎士シァン・リッケンバックであった。

「はい、シァン・リッケンバックです勇者殿! 一週間くらい前にこの世界に来て、右も左もわからなくてお腹を空かせてたところ、この人達に捕まっちゃいまして……でもどうして勇者殿がこんなところに?」

「なんと、お知り合いでしたか? ですがシァン、無駄話をするのはやめなさい。その男は私の銀行に入った賊なのですから」

 支店長の言葉にシァンは「なんですと!?」といって身体を飛び上がらせ驚く。以前から彼女は感情が身体の動きに出やすいタイプなのである。

「あの朴訥であり誠実な勇者殿が、賊に身をやつすとは〜! 拙者が介錯仕ります!」

「誤解だ……とは言えないな。しかしシァン、お前の雇い主が市民にどのような仕打ちをしているのか知っているのか」

「え? 何か言いましたか?」

「ちっ。いい加減にしなさいシァン。あなたの首に取り付けられた爆弾を忘れたわけではないでしょう?」

「そうでしたっ。拙者、真面目にお仕事をしなくてはいけないのでした! いきますよ勇者殿!」

 この直後、元勇者と騎士というかつての仲間同士の戦いが始まることとなった。


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