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第九話

 クソ真面目。それはヒイロ・ヨリシロンを形容するのに、もっとも適した表現であると言えよう。片田舎の村で畑農家の一人息子として生まれたヒイロは、幼き頃に両親から言い聞かされた『騎士』という存在に強い憧れを持っていた。そんな彼が強くて格好良くて、なにより正義の体現者かのように語られる騎士になる、そう思い立ったのは必然だったのかも知れない。

 日中、真面目に畑仕事をこなした後、重しをつけた木剣を気が狂ったように振り続ける。それが勇者になるまでの彼の日課であった。

 両親もそんな息子を微笑ましく見届ける反面、騎士になるための必要条件である騎士学校にはどうやっても彼を通わせられないという罪悪感に襲われていた。

 真実をありのままに言えば、ヒイロの家は貧乏だったので、貴族が通うような騎士学校にはたとえ逆立ちしても入学のしようがないのである。

 時が経ち、ヒイロもまたそんな自身の家庭環境を理解した。しかし、そこで彼は夢を諦めるわけでも、両親に恨み言を言うわけでもなく、ひたすらに剣の鍛錬を続けたのだ。

 むしろ訓練の激しさは、現実を思い知った後の方が激しさを増していったように見えた。村に住む元騎士の老人に頼み込み修行を付けてもらったり、片手では足りぬ量の数の子供らと同時にチャンバラ対決をしたり、我流であるもののストイックに自分を追い詰めるヒイロに姿に周りのものは尊敬の念すら感じていたという。

 最終的には騎士が複数名で対応する必要がある魔物を一人で狩るまでの実力となったところで、普段稽古を付けていた元騎士のツテで、念願の騎士学校への入学を果たすようになったのである。

 そこでヒイロは外の世界を知り、敗北の味を知る……と言う事もなく入学後も真面目に鍛錬に明け暮れた彼と、権威主義に染まり名ばかり騎士と将来呼ばれるような貴族では地力がまるで違っていた。数ある同級生や先輩達を倒し、あっという間に騎士学校のトップに駆け上がった彼だったが、学力不足と登校のモチベーションの低下を理由に自主退学をする運びとなった。

 退学後も彼は愚直に鍛錬を続け、ダイタニアにならぶ者がいないとされた頃、魔王ミリシアが人類に対しての宣戦布告をしたのである。

 そこから彼が王族の命により魔王討伐へ旅立つ話や、あらゆる魔法をかき消す聖剣グラムを手にする話があるのだが、彼の性格紹介から逸脱するエピソードとなるので、ここでは割愛をする。

 つまりヒイロというのは、どれだけ不遇な生まれでも決して愚痴を口にしないような真面目な男だったと、そういう事である。



 翌日、博愛銀行の正面出入り口の自動ドア前に来たところで、ミリシアからの念話が飛んでくる。

『聞こえるかえ、勇者よ』

 ミリシア本人はここから近くにある駐車場の車内に待機をしており、金を持ち出した後は彼女の運転で逃走するという手筈になっているのだ。

(聞こえている。これから中に入るところだが入り口には門番のような者がいるようだ)

 念話に応えるヒイロの視線の先には、手にしたアサルトライフルを誇示するかのように立つ、ガードマンの姿があった。まだこの世界に来て日の浅い彼だが、あれが人間に対しどれほどの脅威かは理解している。

(実物を見たのは初めてだが、先ほど目にした拳銃を大型にしたものだろう。俺なら一発も撃たせることなく制圧することが可能だが)

『先に言った通り、認識阻害魔法を施しておるから素通りして構わぬぞ』

(それもそうか……む?)

「おい婆さん! ちょいと止まりなぁ。まさかその汚ねえ身なりでウチに入ろうってか?」

 まさにヒイロの目の前で、古着を着た老婆がガードマンに因縁をつけられていた。

「ひぃ! 私はただ孫の手術費を振り込もうとしただけです! 今日中に振り込まないと手術が後回しにされてしまうんです!」

「さぁて、どうしようかなぁ。薄汚いババアが大切な顧客の金を盗みに来たようにも見えるからなぁ」

(なぁ妖狐よ。俺はこの認識阻害魔法について詳しくは無いが、もしこちらから誰かに触ったりしたら、どのような影響がある?)

『今のお主は透明人間のようなもの。物理的な干渉は可能だが、あの老婆の姿を消すと言った真似は出来ぬぞよ。とにかく今は自分の仕事に集中せよ』

(承知した。だが先にやるべきことがある)

 そう念話を切り上げたヒイロは手頃な小石を掴んで、ガードマンに向け優しく放ってやった。

(中へ入ったぞ。妖狐よ、お前は認識阻害魔法の効果が持続しているかをチェックしていろ)

『あいわかった。だが、この世界に解除魔法を使えるものなぞ果たしておるものかのう?』

(居ないだろうが、だからこそ万に一つの可能性に備えるんだ)

 無事、建物内に入り込んだヒイロは一瞬だけ自身の背後に意識を向けた。

「いてぇ! どこからか石が降ってきやがった〜! びょ、病院に行かねえと……」

「あら、お大事になさってくださいねぇ。私は手術費を振り込まないといけないので、ここで失礼します」

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