第七話 軍議の間
第七話
「おい!聞いたぞ!!」
部屋に戻ろうと宿舎の廊下を歩いていると、訓練終わりのコデマリオが大きな声で話しかけてきた。
「聞いたぞ!!盗賊から子どもを守ったんだってな!」
「だが、全員は救えなかった」
「仕方ねえよ!むしろ何であんなところにいたんだ!?」
「それ。不思議」
気づけばコデマリオの後ろにクコウも立っている。
「まぁ、第六感というやつだ」
「なんだそれ!!?」
「……スピリチュアル」
「一応、ローレルさんがアサヒ様やユーガオさんに報告はしてくれてる!お前の無断外出も、ローレルさんが庇ってくれたらしくて不問だってよ」
「あとのことは上に任せとけってさ」
それに、とコデマリオは続けた。
「保護された子どもはうちで面倒を見ることになったそうだからよ」
(それなら……良かった)
とはいえ、目の前で両親を殺されている。心に傷を負うなという方が無理がある。
だが――
(そこから先は、俺には関係のない話だ)
「とはいえだ!!」
腕を組み直し、こちらを見下ろすコデマリオ。
「お前が途中で抜けやがったせいで、今日の掃除は俺が代わりにやる羽目になったんだ!!」
ニヤリ、と笑う。
「だから、夜飯の片付けは頼むな!!」
「あぁ。それならもうやっておいた」
「いつの間に!?!?」
「素早い」
◆
オワリ城三階 軍議の間。
石造りの重厚な部屋。
窓は高い位置に細く切られているだけで、外光はわずかに差し込む程度。
中央には長く重い木製の机が据えられ、その上にはオワリ領の地図が広げられている。
壁には周辺領土や街道の図が掛けられ、戦況や物流の流れが一目で分かるようになっていた。
中で話しているのは、アサヒとローレル、そしてユーガオ。
「今回の件はキッチリと調査すべきだ!!」
机に手を叩きつける音が、室内に響いた。
「落ち着け、ユーガオ」
「落ち着けるか!オワリの民が殺されているのだぞ!それも、子どもまで危険に晒された!」
「それは分かっている。ただ……」
「盗賊自体は珍しくもない。ちっぽけな盗賊団壊滅の為に、騎士団を総動員させるなど、あまりにも早計だ」
「壊滅させるのは当然だ。その先の話をしている!!」
ユーガオは、三つの黒衣を机に置いた。
「それ以上に、調査が必要だと言っている!!これはただ盗賊が民衆を襲ったという話ではない!!」
黒衣を一つ持ち上げ、ローレルの正面に広げる。
「これは、今回回収した盗賊たちの纏っていたマントだが……」
「このマント、血や汚れはあるが繊維に傷一つついていない。ほつれもなしだ!」
アサヒが、一つの黒衣を手に取り見つめた。
「つまり、長年盗賊をしていた奴らとは思えない!それに、犠牲者たちの遺体を確認しても、金銭や強奪が目的だったようにも思えん」
ローレルは、静かにユーガオの話を聞いている。
「黒髪の子を狙っていたような発言もしていたそうじゃないか!」
「ふむ……」
髭を撫でながら、思案するアサヒ。
「行商も通らない、人も少ないマツ川で。だ!これは何者かの指示、何らかの意図が裏にあるとしか思えない!!」
ユーガオは息を切らしながら、猛々しい眼光を真っ直ぐとローレルに突き刺した。
その視線を真正面から受け止めるローレル。
「言いたいことは終わりか?ユーガオ」
「なんだと……っ!」
「お前の言い分もわかるし、もっともだと俺も思っている」
だが――
「団長やリンドウ含め、騎士団の精鋭が連合国へ支援要請に行っている現状で」
「さらに、城を空けて騎士を動員するなど、それこそが思惑だったらどうするつもりだ?」
「ぬっ……!」
猛々しく盛るユーガオに対し、鋭い視線で返すローレルは続ける。
「本懐を忘れるな。民衆を守ることも騎士の使命だが、最優先はハナマサ家の守護なのだ」
ローレルは、一瞬だけ目を細め、胸元で金色に光るバッジを掲げる。
「団長不在の間だけとはいえ、今は私がオワリ騎士団団長だ。私の指示に従ってもらう」
「そこまでにせい」
アサヒが、ついに口を開いた。
「お互いの主張は分かった。とはいえ、ローレルの言うとおり、城を空けてしまうようでは元も子もない」
「アサヒ様……っ!?」
「だがな、ローレル」
真紅の瞳が、ローレルを見据えた。
「民あってこそのオワリであり、オワリあってこそのハナマサだ」
「もしユーガオの言うとおり、何らかの思惑がオワリに向いているのであれば早急に対処せねばならん」
そしてアサヒはユーガオを、指さす。
「騎士団は動かせずとも、近衛騎士たちは動かしてよい。近衛騎士長として、今回の件はお主に任せる」
「アサヒ様………っ!!ありがとうございます!!」
「ローレルは引き続き近衛騎士として、そして騎士団長として指揮を頼むぞ」
「……承知しました」
二人の騎士が、軍議の間を出ていく。
その背中を見送り、一人呟く。
「無論、ユーガオの心配し過ぎじゃった。で終わるのが一番なのだがな」
アサヒは、わずかに眉を寄せた。
◆
夜。
喧騒が消える時間。
風も、ざわめきも、すべてが遠のく。
その中で、一つの影が動く。
地面を滑るように、低く。
呼吸も、気配も無い。
畑の端にある、人気のない林の中。
木と木の間を、縫うように走る。
踏み込みは最小。着地音は、ゼロ。
駆ける影に遅れて風が鳴る。
木の幹に、石を削った即席のクナイが突き立った。
ほぼ同時に、別の木に石を削った手裏剣が深くめり込む。
枝から枝へ。そして垂直に伸びる木の先へ駆け上がる。
(遅い)
自分の動きが、遅い。
(……足りない)
もう一度。
走る。跳ぶ。沈む。
全てを無音で繰り返す。
木の上から飛び降りる。
極限まで抵抗を無くし、着水の音すら出さず池に飛び込む。
呼吸を止める。
一分。
五分。
十分。
静かに、だが苛烈に。水中で静止しながら一点に力を込め気を練る。
(まだだ。あの頃は、まだまだ出来た)
身体中の血液と合わせて、力が全身に駆け巡る。肺が焼けるように熱くなる。それでも、まだまだ止めない。
しばらくして、池のほとりにあがった。
般若の行――極限まで呼吸や雑念を削り『氣』を練り上げる修練を終え、水面にうつる自分の身体を眺めた。
(間違いなく、この体は自分の身体だ)
父、衾から刻まれた右胸の朧印。そして頭領の子へ継がれる片目の戮眼。
それらが揺らがぬ証拠。
だが身体の動きが、感覚が、経験よりもズレる。
幼くなったからという理由だけではない。
(むしろ、身体の動き自体は悪くない)
(今朝のこともそうだ)
第六感。コデマリオには茶化すように伝えたが、それは実際に"ある"。
これは忍法でも朧流忍術でもない。
トバリが生まれながらに持った、天性の感覚。
自らに向けられる殺気、殺意、敵意。
それらを感知し、把握する。
その感覚範囲が、この世界に来てから"異様なほど広がっている"。
(調整せねばな)
肉体、武器、薬に衣装。
やるべきことが、山積みになっている。
――止まっている暇は、無い。




