第六話 不穏な空気
第六話
この世界に来てから、数日が経った。
騎士団見習いの朝は早い。
まだ日が昇る前から顔を洗い、炊事場で作業が始まる。
朝食をつくるのは、当番の団員がいるため、自分に出来るのは準備まで。
それが終われば、次は訓練場の整備。
スムーズに訓練が開始できるよう、小さな石一つ残らないよう注意する。
合間に鍛錬。
この世界に来て身体が幼くなったからか、明らかに身体のキレや動きが悪い。
そのため肉体の基礎強化を中心に行う。
日が昇り始めると、鐘が鳴る。
「おはよう!相変わらず早いな」
最初に起きてくるのは……というか、鐘を鳴らしているのはユーガオだ。
そして朝食当番がやってくる。
今日の当番はシンビー。
薄いそばかすが特徴的で、これといって目立った危険性は無いが、彼のつくる飯は好みだ。
少しして団員たちが、まだ眠そうな目をこすりながら起きてくる。
「おはよう」
「うーす」
「おはざーーッス!!!」
コデマリオは朝から声が大きすぎる。
そしてクコウは気づけば席に座っている。
「今日の当番はシンビーか〜。味が薄いんだよなあ」
「文句があるなら食べなくてもいいよ」
「へへっ、冗談だよ」
そんな軽口をたたきながら、手短に朝食を済ませる団員たち。
食事が終われば、午前の訓練。
だが自分は見習いということで、まだ参加させてもらえていない。
代わりに騎士宿舎に隣接する騎士団専用の畑を耕す。
◆
「……そこ、もう少し深くじゃ」
背後から声。
トバリは振り返らず、鍬を振りながら答えた。
「承知」
言われた通りに鍬を入れ、土が柔らかく崩れた。
「よいぞ。その調子じゃ」
おおよそこの時間になると、ヨルがやってくる。今は座学時間のはずだが……
「………おりゃっ」
「残念」
後ろから枝で突こうとしてきたので、振り返らずに鍬の柄で弾く。
「ぐぬぬ。お主は、やはり変じゃのう」
「よく言われてた」
ヨルは不満そうに眉をひそめる。
「豊姫とかいう前の主人にか?」
「ああ」
「……そうか」
ヨルは隣にしゃがみ込み、土を指でいじる。
「のう、トバリ」
「……?」
「毎日、退屈じゃ」
「そうか」
「もっとこう、何かないのか」
「この作物が育てば、収穫があります」
「ばかたれ。そういう話ではない」
ヨルは顔を上げる。
「つまらんのじゃ〜。私はオワリの外に行ってみたい」
トバリは、手を止める。
「お主は、このオワリをどう思う?」
突然の問い。
ほんの一瞬、間が空く。
「……」
鍬を置き、そしてようやく振り返る。寝癖のついたヨルの顔を真っ直ぐと見つめる。
「どうでもいいことだ」
ヨルが目を細める。
「ほう?」
「この世界がどうであれ……」
一拍。
「ヨル姫が望むままにすればよいかと」
ヨルは、しばらく黙る。
そして。
口元を歪めた。
「……やはり変な奴じゃ」
「よく言われる」
「ふふっ、そしておもしろい奴じゃ」
「……恐縮です」
再び、鍬を握る。
「姫様〜!!どちらにいらっしゃるのですかーー!?」
「やばいのじゃ!メイドのネモが探しにきた!」
そう言ってヨルは脱兎の如く逃げていく。
「相変わらず、騒がしい人だ」
遅れて、メイドのネモが走ってくる。
薄翠色の髪を後ろで束ね、ぶかぶかのメイド服を着た少女。
息を切らしながら、キョロキョロと辺りを見渡す。
聞いたところによると、齢が近いという理由でヨルが連れてきたらしい。
「トバリくん!姫様見なかった!?」
「あっち行ったぞ」
「本当!?ありがとう〜!」
そう言って走り去る。途中、こちらに振り向いて手を振った。
「あ、それと!!この前は掃除手伝ってくれてありがとうね!」
返事代わりに、手を振り返す。
「相変わらず、騒がしい城だな」
そう呟いて、鍬を振ろうとした……そのとき。
鳥が飛び立ち、風が止んだ。
一瞬。オワリから音が消えたような感覚がする。
(………これは)
トバリは鍬を畑の袖に置く。
そして駆け出した。
◆
壁を蹴り上げ、屋根を伝い北へ向かう。
街から出て、森に入る。
枝から枝へ。木々の隙間を音もなく駆け抜ける。
獣の群れ。小さな魔獣の捕食行為。
(……これじゃない)
もっと北。
あそこは……
まさに自分がヨルと出会った、あの『マツ川』に、異常がいた。
黒いマントで身を包んだ三つの影。
一人の少年を囲んでいる。
横には、無残にも斬られた大人の死体が二つ。
少年は大声で泣き叫びながら、手に持っていた採集箱を振り回している。
「オイオイ、大人しくしろって!」
「本当にコイツか?」
「黒髪の少年、しかもこの場所だ。間違いねえよ」
「でもこの国じゃ黒髪は珍しくねえって……それに幼すぎるような」
「黙れ!そもそもテメェが先に殺っちまったのが悪いんだろ!!」
何かを言い争いながら、ジリジリと少年に歩み寄る三人。
(……盗賊にしては、雑だな)
足元に転がっていた小石を拾う。
重さ、角度、手触り――一瞬で選別。
地を蹴った瞬間には、すでに音は無い。
一歩で間合いの外へ。そこから二歩で死角へ。
三歩目には――背後に立つ。
まず一人。
男の喉元へ、手刀のように石を滑らせる。
触れた瞬間に、頸動脈だけを断つ。叫び声すら、あげさせない。
血が噴く前に、体を支える。
そのまま崩れる勢いを利用して、次へ。
もう一人。
振り向く気配。だが遅い。
視界の端に、手近な枝が落ちていた。
しなり、硬度――十分だ。
枝は鎖骨の内側から滑り込み、心臓へ届く。
黒衣を纏った二つの身体が、ほぼ同時に力を失った。
――遅れて、血の匂いだけが立ち上る。
「ヒィィ!」
残る一人が、こちらを見て叫び声をあげた。
すかさず、転身の術で背後をとる。
人質をとられる前に、間合いを潰す。
「な、何だお前は!?」
「こっちの台詞だ。お前たちは何者だ」
「く、黒髪黒目………!お、お前が」
「質問に答えろ」
右腕を折る。
ゴキッと低い音と共に男の身体が小さく震える。
「ギャァァァ」
右手で顎先を持ち、左腕は相手の脇の下を抑え身動きをとれなくしている。
いつでも、首を撚れる。
「お、俺はただ雇われたんだ!魔人の子を連れて来いって……!言われてきただけで……」
「それで、関係ない人たちを殺したのか?」
バキッとまた鈍い音。
逃さぬよう、左腕も折る。痛みを重ねて、思考を崩す。
「ゥウ!……ウゥ、それは……ソイツが、早とちりして……!」
「お前の仲間だろ」
「誰に雇われた?」
「そ、それは!それはセイ……オ、グパッ!?」
言い終わる前に、男の頭が突然爆発した。
寸前で男から離れ、泣いている少年を守る。
「大丈夫ですか?」
背後から声がした。気配が、なかった。
急ぎ振り返ると、そこに立っていたのは、ローレル。
「危ないところでしたね。少年に怪我は?」
「……無事だ」
「それは良かった。私が保護しましょう。アサヒ様にも、ご報告しなければ」
「奴らは……」
「盗賊団でしょう。近頃、悪い噂も多い」
なぜ、情報を吐かせる前に殺した?そう聞こうと口を開く。
その瞬間、すれ違い様にローレルが言う。
「あまり、子どもに尋問の場面など見せてはいけません。ショックを、与えてしまう」
ローレルは少年を優しく抱きしめて、薄く笑いこちらを見る。
「それもまた、騎士団としての努めですよ」
「………」
◆
宿舎に戻る。
あらかたローレルが伝えてくれていたらしく報告は手短に済んだ。
だがユーガオからは勝手な行動はするなと注意をされた。
その後、部屋を出るときに
「よくやった。お陰で子どもは救われた」
と言ってユーガオは出ていった。
だがそれよりも。
何よりも――
(あれほど容易く、背後をとられるなど)
鈍っているとはいえ、殺陣の最中に背後を許すなど本来はあり得ない。
それなのに、ローレルに背中をとられた。
あの男は、危うい。




