幕間
幕間
肉を切り捨てる音、そして怒号が聞こえる。
燃え崩れていく城を見上げていると、父が当主を庇って討たれた。
あの父が……オボロ忍の頭領が死ぬなんて。
いつもの分身ではないかと、触って確かめようとする。
生暖かい血を吐きながら、体は先から冷えていく。
死に様に頭領が、薄い青色の左目で拙者の目を見る。
『トバリよ……姫を……お前の、使命………』
後ろから豊姫の声がする。
「…………いって」
振り返ると、豊姫がいる。悲しそうに、儚く笑っている。
「…………だよ」
そのとき、豊姫の体が消えていく。
(豊姫………っ!?)
声が、出ない。手を伸ばせば伸ばすほど、豊姫の体は薄くなっていく。
「………は……ハハ」
笑い声が、聞こえてくる。
(誰だ……どこに……!)
突然、眉間に槍が当てられる。
貫かれる。そして――
目を開く。黒い棒が顔に向かってくる。
即座に棒を掴み、転身の術で相手の背後を取る。掴んだ棒を相手の首元に強く押し当てる。
「何奴……っ!」
脂汗が滲む。幾多の処理手順が脳内を駆ける。
「わーー!!わっ、わ!!ちょ!ちょちょ、タンマタンマ!!!」
目の前で、先ほど挨拶したコデマリオが両手を上げて叫んでいた。
「だからやめとけって言った」
隣で、濃い青髪が鼻までかかった蒼白い顔の青年が呟く。
「ちょ!!クコウ!見てないで助けて!」
手を見ると、握っていたのは筆。
インクが滴っており、毛布に垂れそうになっている。
「……何をしている?」
コデマリオの顎から手を離す。
「ち、ちょっとした挨拶だって!今日から同部屋だろ!!?訓練から戻ってきたら、なんか部屋で寝ててうなされてたからよぉ」
まさか、自分は寝ていたのか。
人前に寝顔を晒すなど、本来ならあり得ないことだ。
(まさか……)
それほど疲れていたのかと自分自身に問いかける。
(三日三晩、敵地に潜入したときも眠気一つ襲ってこなかったというのに)
「しっかしトバリ、すげえ身のこなしだな。寝起きだってのに、全く見えなかったわ」
「……凄い」
(鈍っているな)
「改めて、オレはコデマリオ!そんで、こっちの暗いやつがクコウ!」
「よろしく」
(般若の行を最近飛ばしていたからか……?)
「オレは騎士団員三年目だからよ!先輩なんだから敬えよ?」
「……二年は見習いだった。実質一年目」
(いや……もしかして昼間食べたあの肉塊に何か仕込まれて……)
「おーい、おい。聞いてるかー?」
「……無視されてる。ウケる」
「あ?あぁ、聞いている。クコウとコデマリオだな。今日からよろしく頼む」
「いや聞いてるんかい!!」
「やっぱり、無視」
「うるせえよ!!!」
コデマリオは勢いよく手を払いクコウの後頭部を叩こうとするが、クコウはスッと頭を下げて避けた。
「避けんなよ!!」
「遅い」
「このぅ〜………!!」
「この部屋は、三人だけなのか?」
四つある寝台を見ながら、二人に問いかける。
「ん?あぁ。もう一人リンドウさんって人がいるけど」
「今、遠征中」
「多分いっとき帰ってこないんじゃねーかな!?大型の魔獣が出たって連合国から救援要請があったらしくてな」
「結構、遠い」
「そうなのか。道理で訓練場にも人が少なかったわけだ」
コデマリオは勢いよく立ち上がり、距離感を間違えている声量で話す。
「とりあえずよ!!トバリは今日から騎士団に入るんだろ!?」
だったら…。と言いながら、コデマリオはクコウと目を合わせて笑う。
「分かるよな……!?」
「新入り、やること一つ」
ニヤニヤと、笑うコデマリオ。
「なんだ…?」
ジリジリと、こちらに歩み寄ってくる。後ろでクコウも、手招きをしながら寄ってきた。
◆
「かんぱーーーい!」「んぱー」
気づけば、城下町の料理屋に座らされている。
『オワリ亭』
恰幅の良い女性店員に渡された泡の浮かんだ飲み物を片手に、突然コデマリオが叫んでいた。
「なんだ、これは」
「何って……エールだよ!騎士団の同部屋に新入りがきたならやることは一つ」
「そう」
「歓迎会だ!!」
そう言って、コデマリオはエールという飲み物を勢いよく飲み干した。
「くぅーー!!やっぱたまんねえな!!」
口元に泡をつけながら、満面の笑みを浮かべる。
クコウも一口は小さく、ゆっくりだがゴクゴクと飲み干していく。
「……たまらん」
匂いを嗅ぎ、一口だけ舐めてみる。
「これは……」
脳の機能がほんの少し麻痺する感覚。
豊姫の毒見役で培われた味蕾と食道が警戒を高める。
たった一口。ほんの少しだが血行が良くなり体に熱が帯びる。
「……なんだ、酒か」
「なんだとはなんだ!あ、おばちゃんエール追加で!三つ!」
「あいよ〜!」
そう言って持ってきたエールを、コデマリオは次々と飲み干していく。顔が赤くなっていき、比例して声もどんどん大きくなる。
「分かっていると思うが、金は無いぞ」
「わかってらあい!!!」
「大丈夫」
コデマリオは親指を立てて、エールの入った木杯を持ち上げる。
「騎士団員なんて基本は薄給よ!!だけどな……」
そう言って、また勢いよく飲み干す。
「今回みたいに、歓迎会だの祝勝会だってとき。街の皆、快く呑ませてくれるんだよな!!」
店員がどんどん肉や焼野菜を持ってくる。
ヨルといい……この世界の者は、よく食う。
「そうよ!いつも騎士様には、たくさん助けられてるからねえ」
奥から威勢のいい男の声も飛んでくる。
「じゃんじゃん食べておくれよ!これも、ユーガオさんが捕まえてくれた肉だしよ!」
運ばれてくる肉を頬張りながら、胸を張るコデマリオ。
「ま、そういうことだ!!」
「ドヤ顔、うざい」
笑い合う声に、自分でも珍しくエールという飲み物が進んだ。
◆
それでよ!と顔を赤くしながら話し続けるコデマリオ。
「騎士団なんて、志願者による何でも屋みたいなもんだ」
「それでもだ!!」
「衣食住が揃ってるし。こうやって街の皆からも感謝される!」
「金なんて無くても、十分だぜ!!」
そう言ってまた、酒をあおる。
もうずっとこの調子で話し続けている。
クコウは黙って酒を飲み続けており、相槌をうつのは自分の役目のようになっていた。
「そうか。まあ今日はありがとう。腹も膨れたし、そろそろ……」
帰ろうと席を立つと、コデマリオが手を掴んで制止してくる。
「ってか!!聞いたけど、トバリって魔人の血が入ってるんだってな!」
「ってことは、やっぱ魔法が使えるのか!?」
「……魔法?」
「そうだ!魔人といえば豊富な魔力だろ?」
「そうそう」
魔人。魔法。
聞き慣れない言葉に、少し反応をしてしまう。
「でもオレだって魔法はちょっと使えるんだぜ!!見てろよ?」
そう言って、コデマリオは人差し指を天井に向ける。
「ぬ〜〜!!ぐぬ、ぐぬぬぬ……!!!」
指先に力を込めている様子で唸っている。真っ赤になった顔は酒のせいか、それとも力んでいるためか分からない。
「五等級光魔法プルライト!おりゃあぁ!!!」
そのとき、指先に小さな光が灯る。蛍のような、微かな光だ。
「……ハァハァ!へへ、すげえだろ?」
「光魔法、珍しい」
「凄い……な」
力みと結果の差に、少し戸惑う。
……だが、指先が光るというのは確かに異様だ。
「なるほど妖術か。それなら、少しは使える」
「おお!見せてくれよ!」
「見たい」
「なんだなんだ?」
「魔法を見せてくれるってよ!」
気づけば、店内にいた客が集まってきていた。
「店は壊さないでくれよ!」
「ローレルさんじゃあるまいし、そんな規模の魔法が使える奴はそうそう居ねえよ!」
ガヤガヤと周囲が騒がしくなってくる。
「朧流忍術……落葉隠」
ポンッと乾いた音がなり、店内なのに風が舞う。
「………おわっ?」
「なんだ!?」
ヒラヒラ……
トバリが座っていた場所には、枯葉だけが積み上がっていた。
「え!?え!?!」
「あ、アイツどこ行った!?」
「す……すげぇ………」
「そういや、あの子の目の周り、墨だらけだったけど……」
「あ!!教えるの忘れてた!!」
もう暗くなった夜道を奔る。
宿舎への道も、街中の地理もあらかた把握した。
(鍛錬の時間を少し過ぎてしまったな)
コデマリオの放った蛍の術を思い出す。
気づけば、口角が上がっていた。
酔ったか?
いや、酔わない訓練は散々とやったはずだ。
無音のまま、どこか軽い足取りで宿舎へと戻った。




