幕間 オワリの四騎士②
幕間②
地面が揺れ、洞窟の入口からは手下たちの絶叫がこだまする。
『やべぇ、やべえよ……!!』
海賊"キャプテン"ジョンは焦っていた。
持っていた宝石を乱暴に箱に押し込んでいると、手下が全速力で走ってくる。
『キャプテン!化物!化物です!』
『んなの言われなくても分かってるよ!さっさとこれ運び出せ!』
『へい!』
(誰が……いや、何が起きている!?)
サーキス領の海上では敵無し。
少なくとも、ジョン自身はそう思っていた。
連合国の軍船を霧へ誘い込み、座礁させたこともある。
魔獣に襲われた商船を逆に囮へ使い、敵海賊ごと沈めたこともある。
「赤い幽刃」の異名も、伊達ではない。
真正面から戦うだけが海賊ではない。
騙し、奪い、殺し、そして生き残る。
それがジョンの流儀だった。
だが――。
(なんだよアレは……!!)
今、島で暴れている奴は、そんな次元ではなかった。
『荷運び終わりました!』
『よし!急げ!急いで裏から逃げ出すぞ!』
表の入口からは悲鳴が絶え間なく轟き、洞窟の石壁は揺れでパラパラと崩れかけている。
『よし、生きてる奴らは乗り込め!さっさとしろォ!!』
そのとき、一陣の風が通り抜けた気がした。
(え……?こんな洞窟の奥で、風?)
『ギャァァァ!!』
突然の悲鳴が、背後から聞こえてくる。
振り向くと、双剣を持った鎧姿の男が返り血を拭っていた。
「やれやれ。頭を逃がしてしまえば、討伐とは言えんだろうが」
『な、何だよお前!お前が暴れ回っていたのか……!?』
しかし、揺れはまだ続いている。
(やばい、やばい!暴れてるのは別の奴だ。ソイツが来たらヤバい……!!)
「大人しく捕まってくれるのなら、手荒な真似はしない。両手を前に出せ」
(コイツ一人なら……殺れる!)
『ウォおおおお!!』
ジョンは腰のサーベルを引き抜いた。
同時に、逆の手で懐から毒ナイフを投げる。
シュッ
「ほう」
ブランカが首を傾けるその一瞬。
ジョンは床を蹴った。
低く速い。
海上戦特有の、不安定な足場で鍛えられた滑るような踏み込み。
ギィンッ
曲剣が、ブランカの首を狙う。
だが。
「悪くない」
ブランカの双剣に絡め取られ、刃から火花が散る。
『オラァあ!!』
直後。
ジョンが相手の腰を目掛けて飛び蹴りをする。
ドゴッ
「……っ」
ブランカが半歩下がる。
ジョンは追撃。
洞窟の壁を蹴り、横回転しながら斬りかかる。
『死ねェ!!』
速度重視の連撃。
度重なる戦闘で培った、我流の海賊剣術。
狭い船上で磨かれた実戦殺法。
「……ふむ」
『さすがキャプテン!押してるぞ!!』
海賊達が歓声を上げた。
(行ける!!)
ジョンは笑いながら、懐から黒い瓶を取り出す。
『燃えやがれ!!』
腰の火打石に瓶へ擦りつけ、そのままブランカへ投げた。
パリンッ
瓶が砕け散った次の瞬間――
ボォォォッ
床へ撒き散らされた油へ、一気に炎が走った。
洞窟内へ熱風が吹き荒れる。
『うおっ!?』
『火だァ!!』
周囲の海賊たちまで巻き込みながら、炎が壁を這うように広がっていく。
「ほう」
ブランカは燃え広がる火炎の中を静かに見回した。
『まだまだぁ!!』
ジョンはサーベルの反りを使って、壁に垂れるロープにひっかける。
そのまま振り抜き、ロープが締まった反動で樽が倒れる。
倒れた樽を蹴り、転がした。
「なかなか場馴れしているな」
『ここは俺の島だ!俺のナワバリだ!俺の物だぁぁあ!!』
転がる樽に合わせて横飛び。
『なんで俺が幽刃と呼ばれているか教えてやる……!』
「……っ?」
振り抜くサーベルを軽くいなしたはずなのに、ブランカの頬が浅く裂ける。
『キヒヒ!見えない刃のお味はどうだ!』
ブランカは斬られた頬を軽く撫でる。
「驚いたな。魔剣か」
『魔剣、魔術。なんでもアリだ!死ぬのはお前だ――』
ドゴォオオオオオン!!!!!
言い切る前に、ジョンの立っていた足場が突然破壊した。
「お前のやり方はまどろっこしいんだよ!どけェ!ブランカ!!」
『……は!?』
もう一人。
黒髪の男。軽装の鎧姿で、どう見てもチンピラにしか見えない男。
赤く燃えた拳を振りかざしながら、一直線に走ってくる。
「オッルァア!!」
まだ距離は遠い。
拳は届かない。
だが――
リンドウの拳が振り抜かれた瞬間。
振り抜かれた拳の軌道へ沿って、紅蓮の爆圧が何重にも奔る。
ドゴォォォォンッ
『――ッ!?』
圧縮された炎熱が一直線に炸裂したことで、洞窟の床が砕け飛び、 岩壁が吹き飛び、 ジョンの視界が紅蓮に染まった。
(あ――死んだ)
◆
『あァ――』
ジョンが死を覚悟した、その瞬間だった。
ザバァァァッ
突如、激流が横殴りに叩き込まれる。
『ゴボボガバァッ!!?』
気付けばジョンの身体は、水流に巻き込まれながら洞窟の端まで吹き飛ばされていた。
そして目の前には、長槍を肩へ担いだ女騎士。
「バカかリンドウ!!殺したら意味ないだろォが!!」
周囲には、水の膜が壁のように展開されている。
どうやらこの水が迫りくる爆炎を無理矢理受け流してくれたらしい。
『ゲホッ……ゲホッ……!』
ジョンは咳き込みながら、呆然とキンシャチを見上げた。
『あ、アンタは……!?』
「まぁ、リンドウはバカだな」
「だね〜」
巨大な戦斧を担いだダリアと双剣を鞘に戻したブランカが、遠くからジョンたちを見守っている。
「なんだとテメェら!!」
リンドウの額へ青筋が浮かぶ。
「だってアンタ、普通に洞窟ごと吹き飛ばそうとしてたじゃん〜」
「海賊ごと船まで沈める気か」
「うるせぇ!!無傷で捕縛だとか、ダラダラやってっから、お前は怪我までしてんじゃねえか!!」
「かすり傷だ」
「アホだね〜」
「んだとぉ……!?!?」
キンシャチはリンドウを一瞬見た後、溜息を吐いて首を横に振る。
「ハァ〜やれやれ。やっぱアンタに任せてたら何も上手くいかないわ」
「ハァ……!?」
「後はキンシャチお姉さんに任せときな。あ、ジョンだっけ?今日からこの船は私の物ね!」
『え、そ、そんな……』
「あ゙?誰が助けてやったと思ってんだ?」
『は、はいっ!!どうぞ!船は差し上げます』
「おい!何勝手に決めてんだ!!」
「敬語使えよ。今日から私が"キャプテン"だぞ?」
「あーもう決めた。殺す」
「あ?やんの?」
「上等だコラァ!!」
次の瞬間。
ドゴォンッ!!
両者が同時に地面を蹴った。
爆炎。
激流。
真正面から拳と槍が激突する。
ギャリィィィンッ!!
衝撃で洞窟全体が揺れた。
『うおお!?仲間割れか!?』
『ま、まだやるのかアイツら!!』
海賊たちが青ざめる。
リンドウは炎を纏った拳を乱打した。
「オラオラオラァ!!」
拳が振るわれるたび、空気が爆ぜる。
至近距離で連続する爆発が、岩盤ごとキンシャチを吹き飛ばそうとする。
だが。
「遅っそ!!」
キンシャチは笑いながら水流を噴射。
ザバァッ
激流による加速で横へ滑り、爆発を紙一重で回避した。
そのまま低姿勢から槍を突き出す。
ブォンッ
「チッ!」
リンドウは拳を叩き込む。
ドゴォォッ!!
爆炎と槍撃が真正面から衝突し爆発が巻き起こり、白煙が洞窟を埋め尽くす。
「ハハ!!もっと来いよォ!!」
「うるせぇゴリラ女ァ!!」
再び激突。
爆発。
激流。
蒸気。
もはや戦闘というより災害だった。
『キャ、キャプテン……』
『今のうちに、逃げませんか……?』
そう言いながらもジョンの手下たちは、完全に腰を抜かしていた。
ジョン自身も理解していた。
(無理だ)
海賊だの、縄張りだの。 そんな話ではない。
自分だって、海賊になる前はB級冒険者にまで登り詰めた自負があった。
だがコイツらは――。
(次元が違う……!!)
そのとき。
ゴンッ!!
巨大な戦斧が、リンドウとキンシャチの間へ叩き込まれた。
「はいそこまで〜」
ダリアは戦斧を片手で地面へ突き刺したまま、眠たげに欠伸をする。
「これ以上やると、本当に船無くなるよ〜」
「「チッ!」」
リンドウとキンシャチは同時に舌打ちした。
「後で続きをやるからな」
「望むところだっつーの」
なおも睨み合う二人。
その背後で。
「……別に誰がキャプテンでも何でも良いだろう」
ブランカが、腰を抜かしたジョンを見下ろしていた。
『ヒッ』
ジョンの喉が引きつる。
キンシャチはニヤリと笑った。
「さすがブランカ。大人だねぇ〜どこぞの坊ちゃんと違って」
「俺はぜってぇ認めねえよ!」
「ふーん!じゃあ私の船には乗るなよ!」
「あ?別に良いさ。船なら表にいくらでもあっただろ」
そう言ってキンシャチはジョンとその手下たちに向かって手招きをした。
「ほら生きてる奴らはおいで。アンタらは私が大事に使ってあげよう」
『な、何言って……』
そのとき、ジョンが勢いよく立ち上がった。
「……ん?」
真っ直ぐと、キンシャチの眼を見つめて。
『どうかこれからよろしくお願いします姉御ォオ!!』
地面に擦り付ける勢いで、深々と頭を下げた。
『えぇ……』
『きゃ、キャプテン……』
ドゴッ
『痛っっ!』
『バッカヤロォ!!キャプテンは今日からこのお方だ!!』
「ふふっ、よろしい!」
◆
そしてキンシャチと海賊たちは残っていた綺麗な船に乗り沖へと出ていった。
その影を見送りながら、悪態をつくリンドウ。
「チッ、あのゴリラ女め」
「まったく……一言礼でも言って乗せてもらえば良かったというのに」
「意地張っちゃってさ〜」
「お前らまで残る必要はなかったんだよ!!」
「まぁ、ひとりぼっちは可哀想だし〜」
そう言ってダリアは笑う。
「ケッ!まぁいい。船なら何隻も――」
リンドウの言葉が止まった。
そこに並んでいた船。
それらはどれもこれも、穴だらけだった。
折れたマスト。燃えた帆。砕けた船底。
キンシャチが暴れ回った結果、まともな船は一隻残らず消えていた。
「……」
「……」
「……」
「……は?」
静寂。
ブランカが小さな声で呟く。
「……やはりリンドウを置いていけば良かったな」
「だね〜」
「あ、あ……あんの脳筋ゴリラ女ァァァァ!!!!!」




