第42話 船出
第42話
話が終わると、グラジオラスはヨルに向けて深々と頭を下げた。
「騎士団のお見苦しいところ……誠に申し訳ありませぬ」
「……ふむ」
少しヨルは考える素振りを見せた後、にこやかに笑う。
「よい。リンドウの言うとおり、父上の集めた騎士たちに、儂も頼り切るべきではなかろうて」
「むしろ、それでもなお残ってくれたお主たちこそ、儂の宝じゃ!」
キンシャチの腕へ、更に力が籠もる。
「ヨル様……っ」
「ぐえぇ~!キンシャチ苦しいっ……苦しいのじゃ!離さぬか!」
「無理です!ヨル様への愛がとどまるところを知りませんっ!」
「ぐぅぅ……」
「こ、こらキンシャチ!離せ!ヨル様の顔が青白く……!」
「むぎゅぅぅぅ!!」
「ヨル様ぁぁぁ!!」
「キンシャチ!腕!腕の力を抜け!!」
船長室へ、騒がしい声が響く。
その光景を、トバリは少し離れた場所から静かに眺めていた。
「……」
笑い声。 怒鳴り声。騒がしい空気。
だが、それでも。
この船長室には確かに、“生きている者たち”の熱があった。
そんなトバリを、今度はスグリがじっと見上げていた。
「……トバリ様?」
呼ばれたトバリは、静かに視線を向ける。
「スグリ。騎士団も一筋縄では無い」
「キンシャチさんの話だと、そういうことですね」
トバリは小さく頷いた。
「オワリをヨル姫の手で改めて平定し、更にその名を天下に轟かせるためには、まだまだ頭数が必要だ」
「頭数……」
「元騎士団のメンバーも、もうあてには出来ない」
「それは、つまり……」
トバリは、騒ぐ騎士たちへ一度だけ視線を向ける。
「ヨル姫の影となり手となり、ヴァルディアを裏から支配するために」
そう呟いて、おもむろに立ち上がった。
「拙者たちの手で、朧衆を結成する必要がある」
「朧衆……!」
スグリの瞳が、大きく揺れる。
トバリは真っ直ぐ、その眼を見つめた。
「お前の力も必要だ。頼めるな」 「は……はい!」
スグリは、強く頷いた。
その小さな胸の奥で。
暗く、黒く、重い何かが、静かに燃え始めていた。
◆
「それじゃあウィン領へ行きましょう!あまり長居しても仕方ありません」
キンシャチは船の甲板に出て、海の向こうへ指を向けた。
「しつこいようじゃが、この船はどうしたのじゃ?此奴らも……」
そう言ってヨルは、キンシャチの後ろで整列する船員たちを流し見た。
「コイツラはここらで好き勝手やってた小悪党だったんです!」
「それを私が、ちょーっとだけ躾けてあげたんです」
「「「はい!!姉御のおかげで、オレ達は生まれ変わりました!」」」
海賊とは思えぬほど綺麗に整列したまま、船員たちは声を張り上げた。
「はは……」
「リンドウ達は待たなくて良いのか?」
「まだ戻ってこないアイツらが悪いんです!本当仕事の遅い奴らですね〜」
「ふむ……しかし入れ違いになるやもしれんな」
「それならご安心ください!何人かの船員たちにタイシーランドに残って貰いますので。奴らが到着したら、ウィンへ来るように言付けます」
「ほう……」
キンシャチは、舵輪へ寄りかかっていた眼帯の男を睨みつける。
「おいジョン。ボサッとしてんじゃないよ」
眼帯の男は飛び上がるように姿勢を正した。
「へ、へい!!しゅ、出航準備ィ!」
「ちげえよガキが!!まずはヨル様に挨拶しろ!」
「へ、へいぃ!」
そう言って眼帯の男は駆け下りてくる。
「失礼しやした!アッシはジョン。サーキスの"赤い幽刃"キャプテンジョンとはアッシのことで――」
「あ?」
「し、失礼しました。オワリ騎士団見習いのジョンです……」
そう言ってジョンはヨルに向かって頭を垂れる。
「コイツは船の操縦から、船員たちの管理までやってくれる便利な奴なので、何かあればコイツに遠慮なく言ってください!ヨル様!」
「う、うぬ……。よろしく頼むぞ」
「へい!!」
「おら!済んだらさっさと行くよ!動かしな!!」
「へいっ!野郎ども!帆を張れーー!!」
「「「へーーい!!」」」
ドンッ!!
太い縄が解かれ、帆布が一気に広がる。
潮風を孕んだ黒帆が、バサッ!と大きく鳴った。
船体が軋みながら波を割る。
黒き海賊船は、ゆっくりと港を離れ始めた。
タイシーランドの白い街並みが、徐々に遠ざかっていく。
潮風が、ヨルの黒髪を揺らした。
「キラキラしとるの〜!」
はしゃぐヨル。
怒鳴るキンシャチ。
帆を引く船員たち。
その喧騒を背に、トバリは静かに水平線を見つめていた。
遥か彼方。 海の向こうにあるという風の国――ウィン領。
オワリを失った者たちの、新たな旅が始まろうとしていた。
★
『クソが……キンシャチのせいでえらい目にあったぜ』
リンドウが、濡れた髪をかきあげながら吐き捨てる。
ヨルたちを乗せた海賊船が、港を離れていった頃。
ギシ……ギシ……
小さなボロ船が、波に揺られながらタイシーランドへ流れ着いた。
オールを握っていた三人の騎士は、全員びしょ濡れだった。
『あの野郎……なにが「協力して船を手に入れよう」だ……』
『いやいや!お前が怒らせるからだろ!』
『ブランカの言うとおりだよ〜。キンシャチの横暴に付き合う必要無いのに〜』
『うるせぇダリア!!そもそもテメェらが付いてくる必要も無かったんだよ!』
『さすがに一人では置いてけないよ〜』
『ったく、どうすんだよ』
「あ!あなたたちは……キンシャチ姉さんの子分の……」
ピキッ
『あぁ!?誰が子分だ!!』
リンドウは男の胸ぐらを掴み凄む。
「ひ、ひい!やめてくだせえ!あっしは姉さんから言伝を……」
『やめてあげなよ〜』
『それで?アイツはなんて?』
「ゴホッゴホッ……『団長とヨル様と合流したから、先にウィンに行っとくね♡さっさと追いつけよ』とのことです」
『……』
『……』
「……へ?」
『許す。殺れ』
『当たり前だ』
「ひ、ひぇぇええええ〜〜……」
情けない悲鳴が、潮騒混じりの港へ響き渡った。




