第41話 バラバラ
第41話
「お待たせしましたヨル様っ」
「う、うむぅ……キンシャチ、ちょ、ちょっと離してくれェ……」
椅子に深く腰掛けたキンシャチは、ヨルを膝のうえに乗せたまま撫で回していた。
キンシャチに案内された船長室は、海賊船らしく荒々しい空気に満ちていた。
壁には航海地図や銛、湾曲剣が掛けられ、部屋の隅には酒樽と木箱が積み上がっている。
潮と酒と火薬の匂いが混ざり合う室内。
だが意外にも、床や机は綺麗に整えられていた。
――恐らく、キンシャチに怒鳴られた結果だろう。
船窓の向こうでは、海が静かに揺れていた。
「こ、この船……本当に大丈夫なんですか?」
恐る恐る、スグリが問いかけると、キンシャチが満面の笑顔で親指を立てる。
「大丈夫大丈夫!タイシーランドじゃ、一応公認だからさ!」
「そう……ですか」
「まぁ、とりあえず……船を調達してくれたことには違いない。礼を言うぞキンシャチ」
「えぇ、任せてください!」
胸を張ったまま、ヨルを抱きしめるキンシャチ。
「ぐぅ……」
「して、リンドウたち他の騎士はどうした?」
グラジオラスが問いかけた瞬間。
キンシャチの笑顔が、止まった。
「それが〜……」
キンシャチは困ったように頭を掻いた。
◆
「……もう二ヶ月ほど前になりますか」
船窓の外で、波が静かに揺れる。
「遠征から帰路についていた私たちのところへ、一通の伝令が届きました」
■■■■■■
遠征先の野営地へ、一頭のサラマンリザードが駆け込んできた。
息を切らした伝令兵から手紙を受け取った瞬間。
グラジオラス団長の顔色が変わった。
『急ぎウラムへ向かう』
それだけ言い残し、団長はサラマンリザードへ飛び乗った。
『タイシーランドで船を用意しておけ』
去り際。
私たちに残された言葉は、それだけだった。
団長が去った後。 私たちは残されていた手紙を読んだ。
そこに書かれていたのは――
オワリの滅亡。
ユウヒの反乱。勇者の襲撃。
そして、ヨル様が従者と共にウラムへ向かっていること。
……さらに。
“闇の魔人”。
その存在についても、記されていた。
それからだった。
十二名いた遠征組が、バラバラになったのは。
最初に口を開いたのは、マチスだった。
「さて。オワリが落とされたということだが……我々はどうするか」
「どうするもこうするもねえよ!?急いで戻るしかねえだろ!!」
「バカか貴様は。もう"落ちた"んだ。今更戻ったところで、何も出来やせん」
「マチス……!てめぇそれでも騎士か!?護るべきときに居ねえで……」
「そうだバーラ。我々は護るべきときに居れなかった。だから落ちた」
「……もう、遅いのだよ」
「ふっっ、ざけんなよ!?」
「ちょっと!こんなときに我々が言い争ってどうするんだ!!」
「なんだよカズラ。オメェもマチス側かぁ!?」
「戻るべきだ!」
「もう遅いと言っている!」
「ふざけんな!!」
「……どうする、リンドウ」
「まぁ〜、そうだな。とりあえず団長の言い残したとおり、船を探すとするか」
「え、いや、それはそうだが……。コイツらを纏めなければ――」
「……別にコイツらはどうでも良いさ」
「は?オイ、待て!リンドウ!」
「いだだ!!肩ちぎれる!!離せ!ちぎれる!!!」
「あ、あぁ。すまん」
「いってぇなこのゴリラ女!!」
「だが――」
「……あのなぁ。コイツらの中には、アサヒ様に忠誠を誓っていた騎士もいるんだぜ?」
「それが、どうした」
「そんなアサヒ様が死んじまった以上、コイツらを繋ぎ止めるもんはもう無えよ」
ピキッ
「なんだ、その言い草は」
「仕方ねえだろ。そもそも変わり者ばっかの遠征組だ。どっちにしろ団長が居なきゃ纏まらねえよ」
「オイ!放っておくというのか!?」
「……そもそも。コイツらの中に裏切り者が居ねえとも限らねえ」
「……!」
背後では、なおも騎士たちの怒鳴り声が飛び交っていた。
「そもそも、あのユーガオが裏切ってたんだ。ここで背中を任せて斬られるわけにはいかねえだろ」
「それは……そう、だが」
「と、いうわけで。纏めてぇんなら好きにしな。オレは船を探してくる」
「クっ……」
■■■■■■
「それから、船を探す者。故郷のオワリに駆ける者……」
「そして、アサヒ様亡き今。騎士団から抜けた者もおります」
キンシャチは暗い顔でそう答えた。
「そうか……騎士団を抜けた者というのは?」
「マチスとベロウズ。それと、アネモネとカブトも恐らく……」
「四人もか……!?」
「はい。アネモネとカブトは、魔獣討伐のときに受けた傷が深く……戦線に戻れないからという理由もあるかと思いますが」
「それとリンドウ、ダリアとブランカは船を探すとだけ言って帰ってきてません」
「バーラ含めた残りのメンバーは皆……オワリへと」
グラジオラスは頭を抑えた。
「ハァ……癖の強い奴らばかりとは思っておったが、儂がおらんとこうも纏まらんとは……」
「奴らには責任感というものが無い!!リンドウもだ!……許せん」
「お主が纏めても良かったのだが」
そう言われたキンシャチは、再度ヨルを抱きしめる。
「まぁ、私も奴らがどうなろうと知ったこっちゃないのは本音です。ヨル様が無事ならばそれで良い」
「……そ、そうか」
「グラジオラス団長がヨル様を保護するというのなら間違いありませんからね。私はこうして、船を見つけておいたというわけです」
色々と言いたいことを噛み締めるように、グラジオラスは唾を飲み込む。
「……ふぅ」
そして、少し遠くを見つめる。
「まあ、リンドウの言っていたことにも一利あるのう」
「アサヒ様を慕い、アサヒ様にのみ忠誠を誓っていた者も多かった」
「それは……そう、ですね」
「それに――」
「それに?」
一瞬の間を置いて、グラジオラスは頭を振った。
「いや、なんでもない」
そう言ってグラジオラスは壁にかけられていた地図を見つめた。
(遠征組にも、ユウヒ側の裏切り者がおった可能性か……)




