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第40話 キンシャチという女

第40話


トバリは無言のまま、キンシャチを見返した。

風が、黒髪を揺らす。


灰色の瞳。 腰へ差した忍刀。

そして、背後へ控えるスグリ。

キンシャチの金色の眼が、僅かに鋭くなる。


「……へぇ〜」

張り詰める空気の中、ヨルが悪気なく笑う。

「此奴はトバリ!」

「儂の"シノビ"じゃ!」

ヨルが胸を張って言い切る。

「……シノビ?」

キンシャチは数秒黙り込み――

「なるほど」

何かを察したように頷いた。

「あとこっちはスグリじゃ!」

「……スグリ、です」

スグリは小さく頭を下げる。


「トバリと、そっちはスグリちゃんだね……」

キンシャチは薄く笑いながら手を伸ばしてくる。

「話は"既に聞いているよ"」

空気が、ほんの僅かに張った。


「……」

「……」


一瞬の静寂の後。

キンシャチは手を降ろして笑う。

「ふふっ。良いね!」


「ヨル様や団長が知ってるからといって、警戒を緩めないその態度……素晴らしいじゃないか!」

キンシャチの言葉を聞いたヨルが口を開く。

「トバリ、安心せい!キンシャチはオワリ騎士団の遠征組じゃ!そりゃあもう強いのじゃ!」

そう言われてトバリも答えた。

「強者だということは、一目で分かる」

「へぇ……アンタ、見る目あるじゃん!」

そう言ってトバリの肩を強く叩き、豪快に笑うキンシャチ。


「……おろ?そう言えばキンシャチ。オワリの鎧はどうしたのじゃ?」

紋章の付いていない、見慣れない鎧を指さすヨル。

「あー、ヨル様。今はオワリの騎士ということは出来る限り出さないようにしているんです」

そう言って周囲へ視線を移す。

「どこで誰が……見ているか分かりませんからね」


そう言ってキンシャチは再度二人を見比べ、やがてニヤリと口角を吊り上げた。

「ヨル様」

「なんじゃ?」

「また厄介そうなの拾いましたね」

「ぬ?」

「……否定はできませんな」

グラジオラスが苦笑する。

「なんじゃその反応は!」

ヨルがむっと頬を膨らませた。


するとキンシャチは、ケラケラと笑いながら槍を肩へ担ぎなおした。

『まぁでも安心しました。ヨル様、思っていたより元気そうだ』

その言葉に。 ヨルの表情が、ほんの少しだけ止まる。

だがすぐに「当然じゃ!」 と胸を張った。


キンシャチはそんなヨルを見て、どこか安心したように目を細める。

そして改めて、トバリへ視線を向けた。

「……で」

ギザ歯が覗く。

「アンタも、強いんだろ」

「…………」

「隠しても分かる。歩き方と目つきが、普通じゃない」

港の喧騒の中。 キンシャチの金色の瞳だけが、獲物を見定める獣のように細かった。


槍を担ぐ指先だけが楽しげに、僅かに動く。

だがトバリも、視線を逸らさない。

「褒め言葉として受け取っておく」

灰色の瞳が、白銀の甲冑を見る。


その瞬間。 キンシャチの口元が、ニヤリと吊り上がった。

「……気が合いそうだねぇ、トバリ」


無言のままバチバチと交差する視線。

そんな二人を見て、ヨルが間に入った。

「だ、ダメじゃぞキンシャチ!トバリは儂のシノビじゃからな!」


「……」

「……」


「ダハハハハ!!」

焦るヨルを見て、キンシャチは大笑いした。

「大丈夫ですよヨル様。別に取ったりしませんって」

「ほ、本当か?」

「えぇ。まあなかなか、遊び甲斐はありそうですけどね」

「だ、駄目じゃと言っておる!!」


今度は、グラジオラスも一緒に大笑いした。



「こっちに仮拠点があります。一旦そこへ行きましょう」

先頭を歩くキンシャチに促されるまま、四人は街の奥へと歩く。

「それで、キンシャチよ。船は調達出来たのか?」

「えぇ。アテはつきました。ちょうどウィンへ行く海賊船に乗せてもらうことになりましてね」

「海賊じゃと。大丈夫なのか?」

ヨルは少し不安そうな表情を浮かべながら言葉を続ける。

「悪者に、手を貸したりしとらんじゃろうな?」


「あぁ!安心してください。"もう、悪者じゃなくなったので"」


言い方に引っかかるスグリ。

(……もう?)


「そうか!なら良いのじゃ」

「海賊船ならば、装備の蓄えもありそうだな」

(え、気になってるの私だけ?)


「今使ってる拠点っていうのも、ソイツらが"親切に"貸してくれたんですよ」


港街の喧騒を離れるにつれ、人の声が徐々に遠ざかっていく。

石畳はいつしか湿った岩場へ変わり、潮風の匂いもどこか重くなっていた。


十分程歩く。

人気の少ない外れ岬。

崖の陰へ隠れるように、一隻の船が停泊している。


黒。

船体は夜のように黒く塗られ、帆布には無数の継ぎ接ぎ。マストには獣骨や干からびた魔獣の頭骨が吊るされ、潮風に揺れてカタカタと不気味な音を鳴らしていた。


船腹には砲門のような穴が並び、その隙間から鈍い鉄色が覗く。

一目で、“戦うための船”だと分かった。

甲板では、刺青だらけの船員たちが酒瓶を片手に笑っている。

中には片腕が義手の者、片目を潰した者までいた。


「……海賊船ですね」

スグリが少しだけ声を引きつらせる。

だがキンシャチだけは、慣れた様子で笑った。

「大丈夫。今はもう、ちゃんと言うこと聞くからさ」

(“今は”……)

スグリだけが、小さく眉をひそめた。


船の真下まで近づくと、その巨体が壁のように頭上へ聳えていた。

波に合わせ、船体がギシ……ギシ……と低く軋む。


甲板へ続くのは、縄で吊られた木製の昇降橋。 潮風に揺られ、ギィ……と不気味な音を鳴らしている。

皆が呆気にとられる中。

先に昇っていったキンシャチの怒声が響いた。


「オラ、悪ガキ共!!ヨル様が来たぞ!!五秒で並べ!!」


『『『へ、へいッッ!!!』』』


ドタドタドタッ!!

飲んでいた酒瓶を放り投げ、船員たちが慌てて駆け出す。

さっきまで寝転がっていた男まで飛び起き、甲板へ一直線に並んだ。

「よ、ようこそお越しくださいましたヨル様!!」

「お、お待ちしておりました!!」

その動きは、もはや海賊というより軍隊だった。


「掃除は終わったのかい?」

「へ、へい!!」

「へぇ〜……?」

笑ったまま、軽く手すりを擦る。

指先についた埃を見た瞬間、キンシャチの笑顔が消えた。

「まだ汚れてんじゃねーか!もうすぐヨル様が来るからキレイにしとけって言っただろォ!」

船員たちの表情が青くなっていく。

「ヨル様を汚ぇ船に乗せる気かオラァ!!」

「キンシャチ、儂は構わんが――」


「す、すぐ掃除し直します姉御ォ!!」

「デッキ磨け!!急げ急げ!!」

「オイ放り投げた酒瓶拾っとけ!」


「チャッチャとやれよォ!!」

ギラリと細くなる金色の眼。

「ヨル様!もう少しだけ海岸を散歩でもしますか!」

「お、おお?」

そう言ってキンシャチはヨルを連れて砂浜へと歩いて行く。


「……騎士って言うより、女船長だ……」

歩いていく背中を見つめて。

スグリは誰にも聞こえないように、ボソリと呟いた。

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