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第39話 サーキス領の港街

第39話

強烈な潮の香りが、鼻に刺す。


谷を抜け、山道を抜けた先。

視界の向こうで、陽光を反射する一面の蒼が広がっている。


「おぉ……!」

ヨルが思わず声を漏らした。


タイシーランド―― サーキス領最大級の港町。


断崖沿いへ築かれた白亜の街並みは、巨大な階段のように海へ向かって連なっていた。

「綺麗じゃ……!」

ヨルが目を見開く。

色鮮やかな屋根。 真っ白な石壁。 街そのものが、巨大な絵画のように海沿いへ広がっていた。


海風を受けて回る風車。

港には大小無数の船が並び、帆布が風を孕んで大きく鳴る。


ギィィ…… ガコン、ガコン――


荷揚げ用の巨大な木製クレーンが唸りを上げ、積荷を吊り上げていた。

「おおぉ………!!?」

魚。酒樽。香辛料。布。

見たこともない巨大な骨。

そして、連合国製らしき黒鉄の箱。

様々な荷が、怒号と共に飛び交っている。

「押せ押せェ!!」

「そっち傾いてんぞ馬鹿!!」

「塩漬け樽は濡らすなァ!!」

獣人や巨人たちが汗を飛ばしながら荷を担ぎ、人間の商人が帳簿を片手に走り回る。

魔人の船乗りは片腕へ錨の刺青を刻み、大声で笑っていた。


鼻へ飛び込んでくるのは、潮の匂いだけではない。

焼き魚。炙られた貝。果実酒。香辛料。油。鉄。汗。


数え切れない匂いが混ざり合い、 街そのものが巨大な生き物のように脈打つ。

怒鳴り声すら、 この街では活気の一部だった。


「うおおぉーー!す、凄い人じゃな……!」

ヨルは目を輝かせながら、荷車から身を乗り出す。


大通りでは魔人が水玉を空に泳がせ見世物にし、子どもの獣人たちが魚を咥えて走り回る。

露店には色鮮やかな南国果実が積まれ、銀に輝く巨大魚が丸ごと吊るされていた。


さらに海沿いには、巨大な水車が組み込まれた工房群まで見える。


ゴォォォォ……

海風を受けて羽根が回転し、 その動力で鍛冶場の槌が自動で打ち鳴らされていた。

「ほう。海風を、そのまま街の力へ変えておるのか……」

グラジオラスが感心したように呟く。


その隣で、スグリは呆然と海を見つめていた。

「……大きい」

水平線。

ただそれだけで、 少女は息を呑んでいた。


空と海の境界すら曖昧な蒼。どこまでも続く水面。陽光を砕いて輝く波。

そして、その遥か先―― 水平線へ吸い込まれていく船。


潮騒だけが、ほんの一瞬耳に残る。


「海じゃ!海じゃぞ、トバリ!!」

ヨルが興奮したように振り返る。

「本当に……どこまでも続いておる……!」

はしゃぐヨルを見ながら、 トバリは静かに目を細めた。


潮風。 喧騒。 人混み。 無数の匂い。

――隠れるには、良い街だ。

灰色の瞳が、雑踏を静かに見渡す。

だが同時に。

「……厄介だな」

人が多すぎる。

視線も。噂も。情報も。

隠れやすい街というのは、他の者にとっても同じ。


その時だった。

ボォォォォォォ――――ッ!!!

巨大な汽笛にも似た音が、港全体へ響き渡る。

港に停泊していた一隻の巨大船。

黒光りの装甲板を張り巡らせた異様な船体。


その側面には、 サーキス領の紋章が刻まれていた。

「これまたデッッカイのぉ……!鉄が水に浮いておるぞ」

ヨルが呟く。

「アレは魔導船ですな」

「魔導船……?」


グラジオラスは船に備え付けられた煙突を指差す。

「魔力を動力として船を動かしておるのです。恐らく……火魔法か風魔法、はたまた両方ですかな」


「魔法とはそんなことも出来るのか……!!」

「まだ一般運用はされてないようですが……あの船はサーキス領の軍事船でしょうか」

海を眺めながら、和やかに話していたその時。


『ブッコロスぞこの野郎ッッ!!!』


喧騒の中に、一際大きい声が響いた。

「お!なんじゃ?」

声のした方を見てみると、既に人集りが出来ていた。

「いいぞーー!やれー!」


「ァんだと!?オメェやんのかコラァ!!」

「おめぇこそヤんのかッラァ!!!」



人混みの中心。

そこでは、二人の船乗りらしき男たちが胸ぐらを掴み合っていた。

片方は日に焼けた赤髪の大男。腕には錨の刺青。塩で白くなった頭巾を巻き、酒臭い息を撒き散らしている。


もう片方は痩せぎすの魔人。

頭にバンダナを巻き、耳には無数の銀ピアス。腰にはロープと工具袋がぶら下がっていた。


「テメェが荷をズラしたせいで積荷が海へ落ちたんだろうがァ!!」

「知らねぇっつってんだろ!!そもそもテメェの固定が甘ぇんだよ!!」

バチンッ!!

額同士がぶつかる。

「おぉ〜!!」

「いい頭突きだ!!」

周囲の船乗りたちは止めるどころか大盛り上がりだった。

次の瞬間。

ゴッッ!!

大男の拳が、バンダナの魔人の頬へめり込む。だが魔人も倒れない。

「やったなテメェ!!ッラァ!!」

腹へ膝蹴り。更に足払い。


ガシャアアッ!!


木箱が吹き飛び、中から大量の魚が石畳へぶち撒けられた。


「魚踏むなァ!!」

「そっち止めろ馬鹿!!」

「賭けだ賭け!!どっちが勝つか!?」

喧嘩の周囲では、既に別の盛り上がりまで始まっている。


「……自由な街じゃのう」

ヨルがぽかんと呟く。


その横で、グラジオラスは苦笑した。

「港町ですからな。荒くれ者も多いのでしょう」


だが――

「死ねオラ!!」

バンダナの魔人が右手を突き出す。

掌へ集まった魔力が火花となって弾け、赤熱が膨れ上がる。


石畳に赤い火花が散り、周囲の船乗りたちが一歩退く。

「ま、まずい!」

グラジオラスが荷車から飛び降りかけた、その瞬間。


『ほら、そこまでにしときな』


ガシッ――!!

突如、二人の間へ割って入った一人の騎士が、バンダナの魔人の手首を掴んでいた。

瞬間。

集まりかけていた火魔力が、まるで握り潰されたように霧散する。

「なっ――」

魔人が目を見開く。

騎士は片手のまま、軽くため息を吐いた。

『港で魔法沙汰はやめとけって、何回言わせんだ』

低いがよく通る声。

陽光を反射する白銀の甲冑。背には長槍。


騎士はそのまま、ギリリと手首を締め上げる。

「いでででででッ!!」

『酔ってんのは分かるけどねぇ。船ごと燃やしたりしたら、アンタらの給料どころじゃ済まないよ?』


周囲の空気が、一気に緩んだ。

「お、騎士様だ」

「うわ出た」

「終わったなコイツら」

「ははは!!」

野次馬たちが笑い始める。

さっきまで煽っていた船乗りたちも騎士に便乗する。

「まぁまぁ落ち着けって」

「今日はこの辺にしとけ」

赤髪の大男も、鼻血を拭いながら舌打ちする。

「……チッ。白けた」

「お互い様だろ」


騎士は、二人の額をゴンッと小突いた。

「いってぇ!?」

「ぐぁっ!?」

『魚ぶち撒けた分は後で片付けな。あと賭けてる連中も散った散った』

「へーい」

「ちぇ!」

「解散かよー」

あれほど騒がしかった人集りが、嘘みたいに散っていく。


そして。

騎士がガチャリ、と兜へ手をかけた。

外された兜の下から、黒髪が潮風へ流れる。

日に焼けた褐色肌。

鋭く金色に光る吊り目。

まるでサメのようにギザついた八重歯。

男勝りな顔立ちではあるが、間違いなく女だった。


その姿を見たヨルが、ぱぁっと顔を輝かせて荷車から飛び降りる。

「キンシャチ!!」


『……ん?』

騎士が振り返る。

一瞬、ぽかんと固まった。

次の瞬間。

『ヨル様ァ!!!?』

ガチャガチャガチャッ!!

凄まじい勢いで駆け寄ってくる。

『うわ!やっと来たんですね!?待ってました!私!』

勢いのままヨルを抱き上げかけ――

『……ハッ』

キンシャチは慌てて姿勢を正した。

『し、失礼しました!!』

ビシィッ!!

背筋を伸ばし、胸に手を当てる。


「久しいのぉ、キンシャチ!」

『ヨル様ぁ……!マジで無事で良かったッスよぉ……』

感極まったように目を潤ませるキンシャチ。


そこへグラジオラスも歩み寄る。

「なんじゃ、いつの間にか馴染んでおるようじゃな」


『団長!お待ちしておりました!……む、その二人は……?』

キンシャチの鋭い金眼が、トバリとスグリをゆっくり見据える。

港の喧騒の中。

潮風だけが、静かに吹き抜けた。

『オワリのトバリ』を読んでくださり、本当にありがとうございます


ヨルやトバリたちの旅を、少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです

感想や反応を頂けると、今後の執筆の本当に本当に大きな励みになります

あとXもやってますのでお気軽にフォローお願いします

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