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第38話 戮眼

第38話


「……」

トバリが親指と人差し指を軽く擦る。

その仕草を確認したスグリは、後ろへ下がり煙玉を投げつける。


『何度も、同じ手は効かん!』


魔人狩りは煙玉を軽く避け、トバリの懐へ飛び込む。

低い姿勢に畳んだ体は、小さな丸盾の影に隠れ、急所を狙わせない。


「疾いな……」

低く構えたまま突っ込んでくる丸盾。 魔人狩りは身体を極限まで畳み込み、盾の裏へ急所を隠している。


トバリは真正面では受けずに、迫る盾へ片足を乗せる。

ガンッ!!

衝突の勢いを利用し、そのまま後方へ宙返りした。

黒装束がふわりと反転する。


トバリが後方へ飛んだことで、魔人狩りの正面へ出たのはスグリ。

待っていたかのように、スグリは手に持っていた球体を地面へ叩きつける。

『何度も何度も……っ! バカの一つ覚えか――』

魔人狩りは即座に反応。

煙幕。そう判断した瞬間、地を滑るように横へ跳ぶ。

だが。

次の瞬間。


キィィィィィィィィンッ――――!!!


空気そのものを引き裂くような超高音が、谷へ炸裂した。

「――ッ!?」

魔人狩りの動きが止まる。

耳を潰すような異音。

鼓膜だけではない。

頭蓋の奥まで直接掻き回されるような不快な振動。


岩壁で何重にも反響した音が、谷へ木霊した。


―――――――――――――――


獣人――

人間族や巨人族とは、生物としての構造が根本的に異なる。


膂力。 反射。 瞬発力。

そういった肉体性能も脅威ではある。

だが、獣人族を真に厄介たらしめるのは、別の部分。


『五感』だ。


犬人種。 虎人種。 狼人種。

種によって差異はあるが、聴覚は人間の数倍。嗅覚に至っては数千倍にも及ぶ。


故に獣人は、“見る”必要がない。

呼吸。 心音。 血の臭い。 汗。 土の振動。

視界を塞がれようと、敵の位置を正確に把握できる。


しかし、今回はその"性能"が裏目に出た。


―――――――――――――――


『グ……ゥア……あ…』

いつまでも脳内から音が消えない。

激しい聴覚への刺激は、平衡感覚すら狂わせていた。 視界が何度も白く明滅し、地面と空の境界が揺れる。

「今だ――」

トバリは、その隙を逃さない。

黒装束が地を滑る。

裾へ忍ばせていた苦無を逆手に握り込み、一息で間合いへ侵入した。

狙いは頭部。

この距離なら外さない。

苦無が一直線に振り抜かれる。

「終わりだ」

だが――

次の瞬間。

魔人狩りの赤い眼が、ギラリと光った。

「い、いかん! トバリくん……ッ!!」

グラジオラスの怒声。

『ァァァァアアアッ!!』

絶叫。

聴覚を潰され、視界を焼かれながらも。

獣としての本能だけで、首を捻る。


ザシュッ!!


苦無はフードを裂き、飛び出した獣耳の先端を削り取る。

千切れた灰色の毛が宙を舞った。


裂けたフードの隙間。

そこから覗いたのは、獣の耳。

鋭く尖った牙。 逆立つ灰毛。 血走った赤眼。

それを見たグラジオラスが呟く。

「人狼種だ……!」


「――ッ!?」


魔人狩りは避けた。

否。

“避けられてしまった”。

常人なら反応すら出来ぬ一撃を、獣の本能だけで。


そして。

魔人狩りの首が、不自然な角度まで捻れる。

獣そのものの柔軟性。

開かれた口腔から、鋭い牙が覗いた。

グシャァッ――!!

「……ぁ」

牙が、トバリの首筋へ深々と突き刺さる。

皮膚が裂ける音。

「……ト、トバリ様ァァァッ!!!」

スグリの叫びが、虚しく谷へ響いた――



グシャァッ――!!

牙が首筋へ食い込む。


『……?』


だが、噛み砕いた感触がおかしい。

本来ならば強烈に感じる、鉄の匂いが無い。

そして――

“熱”が、伝わってこない。


生きた肉を噛み千切った時の、感覚が存在しなかった。

『……なんだ、これは』

次の瞬間。

『っ!』

噛みついた“トバリ”の身体が、不自然に膨れ上がる。


スグリが目を見開く。

「あれは、分身の術――!」


ボンッ!!!

煙と共に炸裂。

内部へ仕込まれていた数本の苦無が、至近距離から魔人狩りへ突き刺さった。

『グゥ゙ッ!?』

右目。 左肩。 脇腹。

深く食い込んだ苦無を乱暴に引き抜き、魔人狩りは即座に後退する。


だが。

「もう遅い」

背後。

耳元で、低い声が響いた。

『――!?』

いつの間にか。

冷たい刃が、首筋へ触れている。

汗が一筋流れ、黒く鈍い剣刃へ垂れた。

『バカな……どこに隠れてやがった』

「すぐ近くにいたが」

『嘘だ……!』

魔人狩りの赤い眼が見開かれる。

『いくら隠れようと……近くにいれば臭いで――』

そこで。

魔人狩りは気づく。

『臭いが……感じない?』

「今更か」

背後のトバリが、静かに呟く。

『いつから……』

「最初からだ。今回の煙玉は“特製”でな」


グラジオラスの後方で、ヨルが顔をしかめる。

「どおりで咳が止まらんわけじゃ……今もちょっと鼻がピリピリするぞ」


「獣人の嗅覚は、人の数千倍とも言われている」

トバリは苦無を押し当てたまま続ける。

「ならば逆に、強すぎる臭いを浴びせればどうなるか――」


刺激臭。

煙玉へ混ぜ込まれていた薬品が、獣人の嗅覚を一時的に麻痺させていたのだ。


『……ッ』

「視覚を潰し、聴覚を潰し、嗅覚も潰す」

「お前はもう、“獣人の強み”を使えていない」

少し離れた場所で、スグリがホッと息を吐く。

「……トバリ様。分身だったなら、教えてください。少し焦りました」


「スグリ」


トバリは短く返す。

「敵を騙すには……まず、味方からだ」



全身を鉄縄で拘束した魔人狩りを前にして、グラジオラスが問う。

「だが、何故魔人狩りが獣人だと分かったのだ?」

「いや、別に確信は無かった。だが……」


「死体の損傷具合から見て、敵はダガーや鉤爪といった短めの得物を使う相手の可能性が高いと感じてな」


「魔力栓は、人間で言えば急所だ。動き回る相手へ正確に叩き込むには、尋常ではない機動力が要る」

「加えて、得物は短い」


「ならば、高速で懐へ潜り込める獣戦士の可能性が高いと踏んだ」

「だから、私にこの煙玉を持たせてくれたのですね」

スグリが胸元から煙玉を取り出し呟いた。


「ほほ〜、やるのう」

ヨルが感嘆する中、グラジオラスは魔人狩りを見つめる。

「さて……コイツはどうするかのう」

「そんなの……見逃す理由なんて――」

言いかけるスグリを止め、トバリが口を開く。

「まぁ待て、スグリ」


トバリは魔人狩りの正面に座り込む。

「これほどの戦士だ。せめて名を聞かせて欲しい」

「トバリ様……?」

「トバリ……」


『オレの、名だと?』


「あぁ。相当なツワモノだ。お前のことが、知りたい」

トバリの眼は濁りなく、真っ直ぐと見つめる。


『オレの名は……』

拘束された人狼は、ゆっくりと口を開く。

『パル・パファル・ファタルファル』


『誇り高き……パル家七兄弟の長男』

「ファルか。何故、魔人狩りをしていた?」

トバリの灰色の右目が、ゆっくりと渦を描く。

まるで濁った水面へ吸い込まれるように。

挿絵(By みてみん)

魔人狩りはその眼を逸らせない。


グラジオラスの額に汗が滲む。

「これは……何が起きて」


『勇者が、見つけたと言う"闇の魔人"の生き残り、を、探していて……』

「そうか。兄弟全員で、探しているのか?」


『いや……オレと、二番、目の弟、四番目の妹……が、探す。闇の魔力の、目撃、情報……』

「どこにいる?」


徐々にファルの顔は青白くなっていき、口から涎が溢れ出す。


「と、トバリ……大丈夫なのかの?」


『魔皇国と……スタ……領に、で。闇の、魔力……』


(そろそろ、限界だな)

「感謝する」


トバリは静かに立ち上がる。


「礼代わりに、お前の最も知りたい答えを教えてやろう」

『コタ…エ……?』


「闇の魔人は、拙者のことらしい」

『………!!』

その瞬間、ファルの顔に生気が戻る。

怒りにも、絶望にも似た表情を浮かべ、鉄縄を千切る勢いで暴れ始めた。


『お前が……闇の!!カエセ!!親父の……』


ゴトッ。


遅れて、首が落ちた。

一拍遅れて、断面から血が噴き上がる。

痙攣した胴体が鉄縄ごと暴れる。


『カエセ!!!返せ!!!親父の……闇の、魔人!め………!!!』

斬られたことすら気づかずに、地面に転がる頭部は暫くの間叫び続けた。


「と、トバリ……。今のは」

「相手の望む"答え"を、教えてあげねば"瞳術"返しをされるからな」

「瞳術……?」


「さぁ、行くぞ」


歩き出すトバリの背中を、 三人は、茫然と見送ることしか出来ない。


誰一人として。

今、トバリが何をしたのか理解できなかった。

『オワリのトバリ』を読んでくださり、本当にありがとうございます


ヨルやトバリたちの旅を、少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです

感想や反応を頂けると、今後の執筆の本当に本当に大きな励みになります

あとXもやってますのでお気軽にフォローお願いします

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