第37話 獣戦士
第37話
谷へ続く山道は、海風を受けて緩やかに揺れていた。
岩肌には薄く苔が張り付き、所々に背の低い木々が根を伸ばしている。
遠くでは波の砕ける音すら聞こえた。
「思ったより普通じゃの……」
「まぁ、本来は普通の交易路ですので」
グラジオラスは谷の向こう側を指さす。
「この先、谷を進めば小さな小山があり、それを越えればすぐ、タイシーランドでございます」
「ほう、すぐじゃな」
「えぇ。なのでタイシーランドへ向かう者は基本的にこの道を通るのです」
『黒髪……』
「タイシーランドとは、大きい町なのか?」
「……」
『魔人……』
「そうでございますな。サーキス領の中では屈指の港町にございます」
「そうなのか!それは楽しみじゃのう〜」
トバリが突然立ち止まり、崖の上を指さす。
「見てみろ!」
トバリが指す先には、白い鳥が一羽。
「……銀色の鳥だ」
辺りは静寂に包まれる。
「……は?トバリ、何を言っておるのじゃ。アレはただのヨロイドリ――」
ヨルが聞き返すが、構わずトバリは続ける。
「美しいな」
「……」
「……」
スグリとグラジオラスは、黙ってトバリを見つめる。
「じゃ、じゃからトバリ、何を――」
「静かに……」
「えぇ…」
「朗報だ。……スグリ」
「……はい」
その瞬間――
後方から爆発にも似た衝撃が奔る。
グラジオラスが盾を構えスグリを庇い、スグリは手に持っていた黒煙玉を地面へと叩きつけた
「ゲッホゲホゲホゲホ!なんじゃ、これッ!どうなっとるのじゃ!」
「ヨル様は、こちらへ」
鼻をつまんだグラジオラスに抱えられ、黒煙から抜け出す。
立ち昇る煙を囲むように、スグリとトバリが構える。
『ぐうう……!』
煙の中から、声。
『黒髪ィ……魔人ンン!』
次の瞬間。
ブォンッ――!!
横薙ぎに振るった剣が、爆風じみた剣圧を生んだ。
黒煙が、一瞬で裂ける。
霧散した煙の向こう。
男は、低く前傾した姿勢のまま立っていた。
まるで四足獣が、そのまま二本脚で立ち上がったような構え。
「あの構えは……恐らく獣人だぞ!トバリ!スグリ!」
グラジオラスが叫ぶ。
深く被ったフードで顔は見えず、血染めの外套は全身を包んでいる。
肩口には無数の傷痕。
右手に握られているのは小ぶりなショートソード。
左手には白金の丸盾。
それぞれ乾ききっていない黒い血が幾重にもこびり付いている。
「……ッ」
スグリの頬を、裂けた煙が鞭のように打った。
ただ剣を振っただけ。
それだけで、煙幕が吹き飛ばされたのだ。
「な、奴が魔人狩りかの!?」
「恐らく。魔人であるスグリの魔力栓を的確に狙ってきました」
あれほどの衝撃波を起こす勢いで、的確に魔力栓を狙う一撃。
ヨルはゴクリと鍔を飲みこむ。
「よ、よく避けられたの」
「トバリくんが、教えてくれたからですな」
「へ?いつの間に……」
「頭言葉ですぞ」
■■■■■■
「"み"てみろ」
「"ぎ"ん色の鳥だ」
「"う"つくしいな」
「"し"ずかに」
「"ろ"う報だ。"スグリ"」
みぎうしろ、スグリ――
■■■■■■
「ほ、ほぉ〜!やるの。トバリ!」
「奴の攻撃に私が盾を合わせ、スグリくんの黒煙玉で反撃。という流れですな」
話す間に、魔人狩りがトバリへ照準を変え、獣のように飛び上がり剣を突き立てる。
『魔人ッ!殺す!!』
地を砕く。
魔人狩りは、稲妻のような速度で跳んだ。
飛び上がる際には岩肌を蹴り砕き、砕かれた岩片を足場にして空中をジグザグに駆け回りトバリへ迫る。
「す、凄い動きじゃ……」
「獣人の強みはその機動力。野性的で不規則な動きもまた相まって、腕の立つ獣戦士となれば、特に厄介なものです」
速く、そして不規則な動き。
だが――トバリも視線は切らさない。
「――ここだ」
突き出されたショートソードを、紙一重で躱す。
滑るように半歩引いて首を傾け、肩を沈める。
それだけで。
暴力的な一撃は、黒髪を数本裂いただけで空を斬った。
ズガァン!!
背後の岩壁へ剣が突き刺さる。
砕けた破片が雨のように降り注ぐ中、トバリは既に男の脇から抜け出し、距離を取る。
袖口から、指の間へ滑り落ちる黒鉄。
「朧流――」
「糸切雀」
隙を与えず、苦無を投げ込む。
放たれた苦無は一直線に魔人狩りの眼球へ。
「……援護しますっ」
魔人狩りの背後を取り、トバリとタイミングを合わせて迫るスグリ。
「見事な連携じゃ!」
完璧な挟撃。
苦無が魔人狩りの眼球を貫く直前――
ガキィンッ!!
はるか空中から落下してきた石礫が、トバリの苦無を弾いた。
「……ッ」
先程。 魔人狩りが岩壁を蹴り砕きながら飛び回った際、砕けた石片を意図的に空中へ撒いていたのだ。
「……獣化しておりますな」
「獣化……」
「えぇ。赤く光る眼がその証拠。ただ――」
更に魔人狩りは、振り向きざまに丸盾を打ち下ろす。
ゴォンッ!!
「くっ……!」
盾で叩きつけられた石片が散弾のように弾け飛び、スグリの追撃を強引に止めた。
「スグリ、下がれッ!」
トバリが叫んだ、直後。
ブォンッ!!
いつの間にか目前に迫った丸盾が暴風のように振り抜かれる。
トバリの声に反応し、スグリは咄嗟に身を屈めた。
風圧で肌がチリチリと灼ける。
「ぁ……っ」
遅れて、冷や汗が背を伝った。
あと半歩遅れていれば、首ごと持っていかれていた。
「深追いするな」
トバリは短く言い放ち、地を蹴る。
ダンッ!!
スグリの肩を掴み、そのまま後方へ飛び退いた。
直後。
二人がいた地面へ、ショートソードが突き刺さる。
『お前ら……魔人っぽくない戦い方しやがって』
魔人狩りは剣を引き抜きながら、呟く。
光る眼は、二人を追っていた。
「……単純な獣化ではありませんな」
グラジオラスが盾を構え直す。
「地形を利用し、布石まで打つ。しかも狙いは常に魔力栓……」
「獣化をすれば運動能力は飛躍的に向上しますが、その分本能的な戦い方に陥りがち」
トバリは無言のまま、苦無を構えた。
灰色の瞳が、魔人狩りの足運びを見る。呼吸を見る。視線を見る。
(速いだけではない)
(相当戦い慣れている)
隣では、スグリも静かに黒煙玉を握り直していた。
「……トバリ様」
「あぁ」
二人の姿勢が、僅かに低くなる。
忍の構え。
今度は単独ではない。 互いの死角を埋めるように、並ぶ。




