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第36話 魔人狩りの噂

第36話


薄暗い酒場には、潮と酒の匂いが混ざっていた。

天井には乾燥させた魚が吊るされ、壁際では旅人たちが濁ったエールを片手に騒いでいる。

獣人、人間、魔人――種族は様々だが、どこか皆、疲れた顔をしている。


ヨルたちは木製の丸机を囲んでいた。

皿に盛られているのは、香草で焼かれた魚と固い黒パン。

スープからは磯の香りが立ち昇っている。

「うむっ!魚というのもなかなか美味である!」

「……さっきまで肉が良いって言ってなかったか」

「美味いものに罪は無いからの!」

グラジオラスは苦笑しながら杯を傾け、スグリは慣れない魚料理へ恐る恐るフォークを伸ばす。


その時だった。


「あんたたち、オワリから来たのかい?」

突然、一人の獣人が話しかけてくる。

「うむ?そうじゃ!儂らは――」

ヨルが名乗りかけた瞬間。

トバリの手が、後ろから口を塞いでいた。

「んぐっ!?!?」

トバリは椅子へ座ったまま、僅かに腰を浮かせる。

灰色の瞳は細められ、 装束の内側――苦無の位置へ指が添えられていた。


酒場の喧騒。

出入口までの距離。

獣人の体格。

腰の短剣と背後の人数まで。

一瞬で視線が走る。

「な、なんだよ。そう怖い顔するなって!」


「何故……オワリから来たと?」

低い、声。


「そ、そんなの、この時期に西へ流れてくる魔人なんざ、大体オワリ崩れだろ」

獣人は耳をパタパタと震わせる。

「なるほど。それで、何の用だ」

「いや、ちょっと忠告をしておいてやろうと思ってよ」

「忠告……とな?」


獣人は一瞬だけ周りを見渡し、声を潜める。

「あぁ……。この先にある"キケウの谷"で、"魔人狩り"が現れるんだ」

「もう何人も魔人が犠牲になってる」

「魔人狩り……じゃと?」


「あぁそうさ。この前もオイラに親切にしてくれた魔人の死体が見つかってな……」

「なるほどのう」

「かなり遠回りにはなっちまうが、山を迂回した方が良いぜ」

「あい分かった。忠告、感謝するぞ」

そう言ってグラジオラスは数枚の銅貨を獣人に握らせた。

「良いってことよ。ここは小さな町だろ?血なまぐさい事件はまっぴらなんだ」

言いながら、手を振り獣人は去っていく。

「……魔人狩り。ですか」

「どうする、グラジオラス」

「迂回するとなると、三日は余計にかかりますな……食材も多めに買っておきますか」


「いや、だめじゃ」


ヨルが、皆の会話を静止し、口を開いた。


「オワリの民が犠牲になっておるのなら、見過ごせん」

ヨルは三人を見据える。

「儂らが止めねば、また誰かが殺されるやもしれぬ」

「姫様……しかし姫様を危険に――」

「これからもハナマサを名乗るのなら……儂は、それを見て見ぬふりしたくない。そう、思うのじゃ」


深紅の眼には、微かに燃える光を宿している。

「グラジオラス、トバリ、スグリ……力を貸してくれんか」

「も、もちろん……です」

「素晴らしいですぞ、姫様」

トバリは真っ直ぐヨルを見つめ返した。

その瞳に宿る炎を、 静かに見定めるように。

「……承知した」

「それがヨルの望みならば、拙者はその刃となるだけだ」

「トバリ……!感謝するぞ!」

ヨルは笑って、トバリの肩を叩いた。



「明日は朝から買い出しを済ませ、昼過ぎには町を出たいですな」

「ふぁ〜」

大きく口を開き、あくびを漏らすヨル。

「ヨル様もお疲れでしょう。そろそろ宿へ戻りましょうか」

「そうじゃなあ〜」

そう言ってグラジオラスは、眠そうに目を擦るヨルと共に立ち上がる。


「拙者はもう少し残る」

「トバリ様が残られるなら、私も」

「そうか。明日は早いから、早めに休むんだぞ」

「あぁ」


言い残して、ヨルとグラジオラスは酒場を出ていく。


「トバリ様……」

「あぁ。魔人狩りについて、もう少し調べよう」

そう言うとトバリは立ち上がり、奥の机でエールを飲む三人組の男たちに近寄る。


その背中を見て、スグリは感嘆した。

(もう相手を決めてる……。酔い方、装備、座る位置……全て見てたんだ)


「……そこのお兄さん」

声をかけられ、手前に座る竜人が振り返る。

「あぁ?」

「なんだぁ~ガキィ〜」

「一緒に飲みましょう」

「なんでだよ!こんな時間までガキが酒場にいるもんじゃねえ。さっさと帰って寝てろ」


(……トバリ様はどうやって彼らの懐へ入るのかな)


「まあまあ、そう言わずに」

そう言ってトバリはエールを四つ、机に置いた。

(事前に準備しておいたのに、まだキンキンに冷えているエール……!)

「お近づきの印です……あ、もしかしてもうこれ以上呑めない感じですか?」


竜人たちは顔を見合わせる。

「……」

「……竜人の胃袋を舐めるなよ?まだまだいけらぁ!」


(煽ってるんじゃない。“竜人の誇り”に、自分から乗せたんだ……)


「さすがですね〜。さ、乾杯っ」

「つーかお前、酒なんか呑めんのか?」

「旦那方と肩を並べて呑める歳ですよ。さ、もう一杯っ」

「お?おお……いつの間に」



「――そしたらソイツは言うんですよ。『女の尻に敷かれるのは、男の本望なんだ』って!」

「ギャッハハハハハ!!そいつは傑作じゃねえか!!」

「竜人の旦那も、もしかしたら奥さんには頭上がらないんじゃないですか?」

「そーなんだよ!コイツはこの前も大通りでペコペコしててよぉ〜」

「そ、そんなことねえよ!」


(す、凄い話術。適度に男が食いつきそうな話題を出しつつ、いつの間にか場を回している……)


「お前魔人のくせにおもしれえな〜!」

「魔人はいけ好かない奴が多いけど、お前のことは気に入ったぜ」

「あはは、お酒の席は楽しく呑むのが一番ですよ」

「ちげえねえや!!」

「でも、この町ではあまり魔人を見かけませんよね」

「あぁー、そうだなぁ〜。魔人狩りなんて輩のせいでなあ」

「それ、物騒ですよねぇ。この辺じゃ、夜道も歩けません」

「本当気をつけろよな!お前ら魔人は魔法があるって舐めてるけど、魔人狩りは"魔力栓を潰す"らしいからよ」

「魔力栓を……?」

酒を口へ運びかけた手が、ほんの僅かに止まる。

竜人は自身の丹田のあたりを擦りながら答える。

「あぁ。奴にやられた死体は、全てここをズタズタにされてたらしい。魔力栓を潰されれば、いかに魔人でも魔法を使えねえ」

灰色の瞳が細められた。

魔人の構造を理解している。 それも、正確に。


「へぇ……そいつはまた、随分“慣れてる”んですねぇ」

「ま、俺達竜人には関係ねえ話だけどな!」

「ちげえねえや!」

「ハハハ……」

トバリは何事もないように笑った。

だが机の下では、指先が静かに組み直されていた


そしてそれを遠目で見つめていたスグリ。

(これが、トバリ様の言う"シノビ"……)


「あの〜注文しないのならさっさと帰ってもらっても良いですかね…?」

(私も、あのように……)

「あの〜。聞いてますー?お〜い、おい!……な、何だコイツ!?」

「全く動かねえ!?石みたいだ……」



翌朝。

キケウの町は、潮風と共にゆっくり目を覚ましていた。


魚を運ぶ獣人たちの怒鳴り声。

露店から漂う焼き魚の匂い。

港へ向かう荷馬車の軋む音。

ヨルたちが旅支度の買い出しへ向かう中、トバリだけは一人、町外れへ足を向けていた。


キケウ教会墓地。

白い石墓が並ぶ丘には、潮混じりの風が静かに吹く。

墓標の隙間には小さな花が供えられ、奥では神父らしき老人が土を均している。


「……魔人狩りの、被害者ですか」

「最近、この辺りで魔人狩りが出ると聞きました」

「そんなの、とっくに埋葬してますよ」

「傷の特徴は?」

「そりゃあ……もう悲惨の一言です。腰回りを中心に、全身がぐちゃぐちゃになったものもあってね……」

神父は手を合わせて嘆く。

「勇者様に感化されたのでしょうか……最近は、“魔人を斬るのは正義”だと言う者までおります」


「骨が砕けていた、とか?」

「いや、それが殆ど切傷だったんですよ。何度も何度も薄く、斬りつけたような跡もありましたし……」

神父はハッとしてトバリを見つめる。

「アナタ、もしかして谷を通るつもりですか?」

「え?えぇ……まぁ」

「辞めておいたほうが良い。腕に自信があるって言って、私らの忠告を無視した魔人が、翌朝にはバラバラだった」

「ちなみに魔人狩りは、いつ頃から?」

「つい数カ月前からですかねぇ……」

神父は墓標へ目を向けた。

白い石墓の中には、名前すら刻まれていない新しい墓標も混ざっていた。

「オワリが聖王国と手を結んだ辺りから、突然」

「そうですか。ありがとうございます」

「くれぐれも、谷に行ったらいけませんよ!」

「分かりました」

「あぁどうか、アナタにヴァルディア神のご加護を……」

祈る神父に向かって小さく頭を下げて、トバリは教会墓地を出る。


(殺意を込め、何度も斬っているということは……)


(見せしめか……あるいは――)


潮風を裂きながら、林を駆ける。

枝から枝へ。影から影へ。


地上を照らす、二つの太陽から身を隠しながら。

『オワリのトバリ』を読んでくださり、本当にありがとうございます


ヨルやトバリたちの旅を、少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです

感想や反応を頂けると、今後の執筆の本当に本当に大きな励みになります

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