第35話 使命
第35話
西へ進むにつれ、景色は少しずつ変わっていった。
草原を撫でる風は湿り気を帯び、鼻先に薄く塩の香りが混ざる。
荷車を引くサラマンリザードは、喉奥で低く熱を鳴らしながら、少し湿った道をゆっくりと進んでいた。
遠く。
地平線の果てには、陽光を反射して煌めく青が見えていた。
「なぁ、爺よ」
「何でございましょう」
「……儂らハナマサ家の責任とは、一体何なのじゃろうか」
「ほう。マヒル様から、そのようなお話が?」
「うむ……。儂には使命がある、と言われての」
荷台を固定する縄を指でいじくりながら問いかける。
「そうですか……」
「まぁ……ヨル様は座学はほとんど真面目に聞いてなかったそうですからのう〜」
正面を見据えながら、グラジオラスは悪戯な言い回しをして笑う。
「うぐ……」
「ハナマサ家の始まりについても、聞いておりませんでしたかな?」
「それくらい知っておるぞ!」
ヨルは小さく胸を張る。
「儂らハナマサの祖先は、永い戦乱に嫌気がさして魔皇国を離れ、新たな土地に平穏な国を築いた……じゃろ?」
「ふむ。それだけでは足りませぬな」
「む、むぅ〜……」
「ハナマサ家を語るには、もっと昔の話から、しなければなりませぬ」
グラジオラスはチラリと振り返り、スグリとトバリにも目を配る。
「あくまで神話にも近い言い伝えではあるが」
「遥か昔――」
グラジオラスは、遠い海を眺めながら語る。
■■■■■■
ヴァルディアには、多様な種族が一つの大地で暮らしておったそうじゃ。
魔人族、人間族、竜人族、巨人族……
無論、争いが無かったわけではない。
強き者が上に立ち、弱き者が従う。
そうした弱肉強食の価値観こそあれど、“種族そのもの”で差別されることは少なかったそうだ。
その中でも魔人族は、魔法という圧倒的な力を用いて、他種族を従えていく。
永き戦乱の最中。
まるで示し合わせたかのように、四人の大魔人が現れる。
大魔人たちはそれぞれ暴力、信仰、畏怖、愛……様々な形を用いて強固に他種族を束ねていった。
その後彼らを中心に民が集い、 巨大な国が築かれていった。
やがて四つの国の名は、大陸全土へ轟いた。
嵐の国。
炎の国。
金の国。
海の国。
■■■■■■
「その名のとおり、ハナマサ家とは、炎の国を統べる王の末裔なのじゃ」
「ほぉ〜」
「ほぉ〜、ではありませぬ」
グラジオラスは呆れたように溜息を吐く。
「城で何度も座学をしているはずですぞ」
グラジオラスは振り返り、横目でジロリとヨルを見つめる。
「うっ……」
「そ、それで!結局ハナマサ家の責任とは、儂の使命とはなんじゃ!?」
「ふむ。それはですな……」
「それは……?」
「火を、灯すことです」
「火……?」
ヨルとスグリが、同時に聞き返した。
「どこへ、灯すのじゃ?」
グラジオラスは前を向きながら、にやりと笑い答えた。
「その答えは、ご自身で見つけなくてはいけませぬな」
「な、なんじゃ!意地悪するでない!」
ヨルは顔を赤くしてグラジオラスの背中を叩いた。
「ほっほっほ。そういうものなのです。それに、私の思う答えが"正しい答えとは限りません"」
「な、なんじゃそれ〜……」
ヨルは答えを求めてトバリの方を見る。するとトバリは小さく頷いた。
「火を灯すというのは、例えに過ぎん」
「例え?」
トバリは人差し指をピンと立てて、想像するように目を瞑る。
「火を灯すとは即ち、ヨルが天下を治めることだ」
「す、素晴らしいですトバリ様」
スグリはトバリに向けて小さく拍手をする。
「そういうことだ」
「……意味が分からぬ」
ヨルはしばらく唸り、そして荷台から外へ向かって叫んだ。
「火を灯すとはなんじゃ〜〜」
◆
気づけば、空はゆっくりと茜色へ染まり始めていた。
沈みかけた陽が、雲の端を赤く焼いている。
潮混じりの風は昼間より冷たくなり、草原を波のように揺らしていた。
遠くでは、白い鳥たちが鳴きながら海の方角へ飛んでいく。
やがて前方に、灯りが見えてくる。
柵に囲まれた小さな町。
「あ、痛ッ!」
荷車が止まる勢いで、寝ていたヨルは転がり頭をぶつける。
「あたたたぁ……なんじゃ、ウィン領に着いたのか?」
「何を仰いますやら。ウィン領にはまだまだ着きませぬぞ」
「遠いんじゃな〜」
「さっき地図見てなかったか?」
「うるさいっ」
ヨルはトバリの肩をポコっと叩く。
「なにせ海を渡りますからな」
「おお!海かの!?」
海という言葉を聞いて、ヨルの目が輝く。
「左様にございます。陸路でも行けますが、あまりにも遠回りなうえ少々通りたくない国を通る羽目になります故」
「ほほう!それは楽しみじゃ!」
「予定通りいけば、明日にはサーキス領の港町――タイシーランドへ到着します」
「そこから船で海を渡り、ウィン領へ向かうのです」
海を渡ると聞いて、トバリが尋ねる。
「船が、あるのか?」
「先に儂以外の騎士団遠征組を向かわせていてな」
「儂らが着くまでに調達しておく手筈なのじゃ」
ヨルの顔がほんの少し青くなる。
「遠征組といえば……」
「ええ、リンドウも姫様を今か今かと待っていることかと」
その名を聞いた瞬間、ヨルは口を大きく開けて舌を出した。
「げぇえ〜、アイツもおるのか……」
ヨルの反応を見てグラジオラスは大笑いした。
「そう言ってあげますな。奴は性格こそ難がありますが……腕は確かですからの」
「それはわかっておるが……」
話しているうちにトバリが荷台から降りる。
「とりあえず、今夜はこの街に止まるのか?」
「あ、そうじゃ!ここはどこじゃ?」
「もう空も暗くなっております。今夜はここ、"キケウの町"にて宿を探しましょう」
「美味しいものはあるかの〜!」
町へ入ると、石畳の道に車輪がガタガタと跳ねた。
通りには既に橙色の魔導灯が灯り始めており、通りの酒場からは賑やかな笑い声が漏れている。
「おーい!厩舎は空いておるか!」
グラジオラスが声を張ると、眠たそうな獣人の男が建物の奥から顔を出した。
「なんだ、客か……って、うお!?サラマンリザードかよ!」
「少々気性は荒いが、噛みはせんよ」
「いや普通に怖ぇよ……」
サラマンリザードは低く唸りながら、鼻先から白煙を漏らした。
「明日の朝、また迎えに来るでな。良い子にしておくのじゃぞ」
そう言ってグラジオラスは額を撫でる。
サラマンリザードは嬉しそうに喉奥を赤く光らせ、小さく火の粉を漏らした。
「それじゃ、後は頼むぞ。餌はたらふく食わせてやってくれ」
そう言って獣人へ銀貨を渡す。
「えっ、こんなに!?」
「くれぐれも、頼むぞ」
「は……はい!喜んで!!」




