第34話 遺されたモノ
第34話
「そうか……やはり儂が、母上を」
「ヨル様……」
スグリは心配そうにヨルを見つめる。
ヨルはグラジオラスの持つ紙を見つめて、小さく口を開いた。
「死の間際に……儂へ、遺した言葉か……」
「そうでございますな」
「どんな……内容なのだ?」
「それは儂にも分かりませぬ」
グラジオラスは目を逸らさない。
「これは姫様に宛てられたもの。したがってヨル姫様にのみ、見る権利があり、そして……」
「……知る"責任"が、ございます」
ヨルの目が一瞬、泳ぐ。
トバリはヨルの後ろに立ち、黙っていた。
「……そう、じゃな」
そう言ってヨルはグラジオラスから紙を受け取った。
その瞬間、魔法陣が赤く輝きだす。
「むぅっ……!?」
ヨルは突然の脱力感に襲われ、辺りが真っ暗になった。
◆
目を開けると、辺り一面花畑。
花の中心には背丈くらいの高さの燭台がある。
「ここは……」
見渡しても、誰もいない。
「トバリ……?爺……!スグリ……」
返事はない。
ここがどこかも、分からない。
花は日に照らされ小さく揺れている。
それらを見ていると、何故だか懐かしいような気持ちになる。
おもむろに燭台へと近づいた。
すると、ヨルの胸元から零れるように魔力が溢れ、燭台へ吸い込まれていく。
次の瞬間。
灯される時を待っていたかのように、火が静かに燃え上がった。
火は揺らめき燃え上がり、徐々に人の形へと変わっていく。
炎はやがて、長い赤髪の女性の姿を取り、ヨルの前に立った。
大きな体を小さく折り畳むように屈み、視線を合わせてくる。
橙色の目は穏やかで、どこか儚い。
少しの間見つめ合った後、ヨルに手を伸ばす。
「……っ」
そして優しく、手が頬を撫でた。
「あなたがヨル……ですね」
その声色は、初めて聞く声。
その眼差しは、初めて向けられる目。
それでも、ヨルには分かった。
「母……上……?」
「ふふ。その凛とした目。猛る眉。顔立ちは……アサヒさんに似たのね」
頬を撫でる両手は、たまらなく暖かい。
「母上……」
気づけば、涙が溢れていた。
無意識に、ヨルはその胸に飛び込んでいた。
熱いはずなのに、不思議と心地良い。
「ヨル。大きく、なりましたね」
マヒルはヨルの後頭部を静かに撫でる。
「母上……!儂は、儂は……謝らねばならんのじゃ……!聞いたのじゃ。母上は、儂のせいで――」
「そんなこと、言ってはいけません」
マヒルはヨルの口を人差し指で塞ぐ。
「アナタのせいではありません」
マヒルは、優しくヨルの頭を撫でる。
「命を賭してもアナタを生むというのは、私が決めたことなのです」
「え……?」
マヒルは少しだけ言葉を選ぶように空を見上げたあと、静かに語りだした。
「……アナタが生まれるとき。確かに、私の体は強すぎる炎の魔力に焼かれました」
■■■■■■
「ウゥゥ……!熱い!!熱い!!」
「ユウヒ……部屋から出てろ」
「どういう……!」
「出ていけ!!」
「母上!!」
バタン
「アサヒさん……う、ウゥ」
「見せてみよ……ッ、これは……!」
「えぇ……恐らく、先祖還り。それも、生まれながらの……!」
「なんという炎じゃ……! 儂の力でも、抑えきれぬッ」
「ウゥウウ……!!」
「マヒル……!マヒルしっかりせんか!かくなる……うえは!」
「やめて!」
「マヒルっ!?」
「これは……聖火、です。絶望を照らす……炎!」
「しかし、それではマヒルが……!」
「丹田にある魔力栓を潰してしまうと、この子は、魔力を……練られなくなります」
「今はそのようなことを言っておる場合では――」
「ハナマサの、漢ならッッ!!!」
「……ッ!」
「しゃんと、しなさいっ!責任を、全うするのです!」
「マヒル……」
■■■■■■
「そんな……なぜ、そこまで……。儂は、母上の命を奪ってまで生まれるほどの者なのか……?」
「私たちは、ハナマサ家の者なのです」
「ハナマサ家には、民を守り、平和を灯し続ける責任がある」
「だから私は……アナタの力を無くさないでほしいと、アサヒさんに願ったのです」
「あの人には……苦しい決断を、させてしまった」
「そんな……!儂は、儂は母上に――」
「辛い想いをさせてしまって、本当にごめんなさい」
「でも、覚えていてほしいのです」
マヒルは、ヨルの胸に手を当てた。
「アナタの炎は、何かを燃やすためだけのものではありません」
胸が、暖かくなる。
「民を照らす炎。闇の中で、進むべき道を示す光です」
「アナタに与えられたのは、遠い祖先より受け継がれてきた原初の聖火」
マヒルは少しだけ、強い眼差しを向けた。
「炎の一族として、責任を全うしなさい。辛くても、苦しくても……ハナマサに生まれた者の"宿命"なのです」
「宿命……?母上、儂にはよく分からぬ。儂には、まだ……」
マヒルはもう一度、今度は少し強く、ヨルを抱きしめた。
「世界に絶望が広がるとき、聖火宿す者生まれ地上を照らす」
「へ……?」
「ハナマサに伝わる、炎の言い伝えです。アナタには宿命……いいえ、使命がある」
「今はまだよく分からなくても、必ず炎が導いてくれます」
「炎が……」
「ふふふ……よし!仰々しいのはここまで!」
そう言うと、マヒルは立ち上がる。
「しゃんとしなさいっ!アナタはアサヒさんの娘であると同時に、私の……いや、アタイの娘なんだからさ!!」
マヒルはヨルの背中にバシンと張り手をして、ヨルは飛び上がる。
「イッターーい!」
「ハハハ!」
「も〜!」
二人は並んで座り、笑いあった。
花畑を撫でるように、優しい風が吹き抜けた。
無数の花々が揺れ、まるで二人を祝福するようにざわめく。
燭台の炎は、その風に応えるように小さく躍った。
ひとしきり笑い合った後、マヒルはヨルの顔を見て寂しそうな表情を浮かべる。
「……本当はもっとたくさん話したいところなんだけれど」
燭台の炎が、少しずつ小さくなっていく。
それに呼応するように、マヒルの体も透けていく。
「もう、時間みたいだね」
「嫌じゃ……! 母上、まだ……まだ何も話せておらぬ!」
「大丈夫。アタイは、ちゃんと見てる」
マヒルは笑った。
「アナタが生まれてくるとき、とびっきりの熱を込めてやったからね」
「母上! 母上!! はは――」
また、世界が暗転した。
◆
揺れで、小さく体が跳ねた。
薄く目を開けると、頭上には幌布。
木箱と荷袋に囲まれた荷台の上へ、ヨルは寝かされていた。
ゴト、ゴト、と一定の振動が響き、荷台の端に吊るされた風鈴が小さく鳴る。
前方からは、グルル……と獣の低い唸り声。
「………母上っ!!」
ヨルが突然大声で叫び、飛び起きた。
「ヨル様、お目覚めですかな」
「爺!?ここは……母上は!?」
「そのご様子だと、無事にお会いできたようですな」
「――そう、じゃったな。あれは、母上の遺した……」
「ええ。マヒル様が遺した魔力の記憶」
ヨルは遠くに見える海を眺めた。
その様を見て、トバリが後ろから声をかける。
「……名残、惜しいか?」
トバリの問いかけに、少しだけ考えて、笑顔で振り返った。
「いや、大丈夫じゃ!」
「感じるのじゃ。母上の"熱"を、この胸に」
そう言って、胸に手を当てる。
「ならば、良い」
「それにの、全部は分からんが、少しだけ。ほんの少しだけ、儂のやるべきことが見えたのじゃ」
トバリを指差し、力強く見つめる。
「トバリ。その為にもやはり、お主の力は必要じゃ。儂に、着いてこい」
「勿論。仰せのままに」
「カハハハ!」
二人のやり取りを聞いて、スグリとグラジオラスも笑う。
木々を揺らす穏やかな風が、馬車の横を通り抜けていく。
★
ヨルはトバリの側に置かれた黒い剣を見つけ、手に取った。
「おお!これが例の!」
「あぁ。最後までヒグラシは騒がしかったが、ようやく出来上がった」
鞘を抜くと、黒い刀身に青い波紋が幾重にも輝いていた。
「おお、なんとも綺麗な剣じゃな!」
御者台に座っていたグラジオラスが、軽く振り返る。
「しかし、良かったのか?おいそれとレシピなど教えて。これからも造るなどと言っておったが……」
「構わない」
トバリは刀を抜きながら答える。
「ただの刀ならばいざ知らず、これは朧に伝わる忍刀」
「ふむ……」
「扱いを誤れば、この世界の大剣や鎧相手には鈍同然」
「横面を叩かれて折られるか……自らを斬るだけだ」
「そういうものなのか」
うずうずとトバリの持つ刀を見つめるスグリに向かって、トバリは懐からもう一本の刀を取り出し渡した。
「え、え……っ?」
トバリの忍刀より、さらに短い短刀。
「スグリ。お前用の脇差も造ってもらっている」
「これは……私の……?」
丁寧に、短刀を受け取る。
「拙者のとはまた別の造り方だがな」
「なにぃー!ずるいぞ、スグリ!」
「だ、だめですっ。いかにヨル様といえど、これは……お渡しできません」
「むきぃ〜!」
「名前を考えておけ。刀とは、わが分身、我が子同然だ」
「は……はい!」
「それじゃ、トバリの剣は何という名なのじゃ?」
「これか……」
トバリは刀の鞘を見せてくる。鞘には、ヨルには読めない文字が刻まれている。
「む?なんじゃこれ」
「これはな……」
風が吹き抜ける。
揺れる黒髪。 鳴る風鈴。 進み始めた荷車。
「――天下花政」
『第四章 風の吹く方へ』
『オワリのトバリ』を読んでくださり、本当にありがとうございます
ヨルやトバリたちの旅を、少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです
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