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第34話 遺されたモノ

第34話


「そうか……やはり儂が、母上を」


「ヨル様……」

スグリは心配そうにヨルを見つめる。

ヨルはグラジオラスの持つ紙を見つめて、小さく口を開いた。

「死の間際に……儂へ、遺した言葉か……」

「そうでございますな」

「どんな……内容なのだ?」

「それは儂にも分かりませぬ」

グラジオラスは目を逸らさない。


「これは姫様に宛てられたもの。したがってヨル姫様にのみ、見る権利があり、そして……」


「……知る"責任"が、ございます」


ヨルの目が一瞬、泳ぐ。

トバリはヨルの後ろに立ち、黙っていた。

「……そう、じゃな」

そう言ってヨルはグラジオラスから紙を受け取った。

その瞬間、魔法陣が赤く輝きだす。

「むぅっ……!?」

ヨルは突然の脱力感に襲われ、辺りが真っ暗になった。



目を開けると、辺り一面花畑。

花の中心には背丈くらいの高さの燭台がある。


「ここは……」


見渡しても、誰もいない。

「トバリ……?爺……!スグリ……」

返事はない。


ここがどこかも、分からない。

花は日に照らされ小さく揺れている。

それらを見ていると、何故だか懐かしいような気持ちになる。


おもむろに燭台へと近づいた。

すると、ヨルの胸元から零れるように魔力が溢れ、燭台へ吸い込まれていく。

挿絵(By みてみん)

次の瞬間。

灯される時を待っていたかのように、火が静かに燃え上がった。


火は揺らめき燃え上がり、徐々に人の形へと変わっていく。


炎はやがて、長い赤髪の女性の姿を取り、ヨルの前に立った。

大きな体を小さく折り畳むように屈み、視線を合わせてくる。

橙色の目は穏やかで、どこか儚い。


少しの間見つめ合った後、ヨルに手を伸ばす。

「……っ」

そして優しく、手が頬を撫でた。


「あなたがヨル……ですね」


その声色は、初めて聞く声。

その眼差しは、初めて向けられる目。

それでも、ヨルには分かった。

「母……上……?」

「ふふ。その凛とした目。猛る眉。顔立ちは……アサヒさんに似たのね」

頬を撫でる両手は、たまらなく暖かい。

「母上……」

気づけば、涙が溢れていた。

無意識に、ヨルはその胸に飛び込んでいた。

熱いはずなのに、不思議と心地良い。


「ヨル。大きく、なりましたね」

マヒルはヨルの後頭部を静かに撫でる。

「母上……!儂は、儂は……謝らねばならんのじゃ……!聞いたのじゃ。母上は、儂のせいで――」

「そんなこと、言ってはいけません」

マヒルはヨルの口を人差し指で塞ぐ。

「アナタのせいではありません」

マヒルは、優しくヨルの頭を撫でる。

「命を賭してもアナタを生むというのは、私が決めたことなのです」

「え……?」


マヒルは少しだけ言葉を選ぶように空を見上げたあと、静かに語りだした。

「……アナタが生まれるとき。確かに、私の体は強すぎる炎の魔力に焼かれました」


■■■■■■


「ウゥゥ……!熱い!!熱い!!」

「ユウヒ……部屋から出てろ」

「どういう……!」

「出ていけ!!」


「母上!!」

バタン

「アサヒさん……う、ウゥ」

「見せてみよ……ッ、これは……!」

「えぇ……恐らく、先祖還り。それも、生まれながらの……!」

「なんという炎じゃ……! 儂の力でも、抑えきれぬッ」

「ウゥウウ……!!」

「マヒル……!マヒルしっかりせんか!かくなる……うえは!」

「やめて!」

「マヒルっ!?」

「これは……聖火、です。絶望を照らす……炎!」


「しかし、それではマヒルが……!」

「丹田にある魔力栓を潰してしまうと、この子は、魔力を……練られなくなります」

「今はそのようなことを言っておる場合では――」

「ハナマサの、漢ならッッ!!!」

「……ッ!」


「しゃんと、しなさいっ!責任を、全うするのです!」

「マヒル……」


■■■■■■


「そんな……なぜ、そこまで……。儂は、母上の命を奪ってまで生まれるほどの者なのか……?」

「私たちは、ハナマサ家の者なのです」


「ハナマサ家には、民を守り、平和を灯し続ける責任がある」


「だから私は……アナタの力を無くさないでほしいと、アサヒさんに願ったのです」


「あの人には……苦しい決断を、させてしまった」


「そんな……!儂は、儂は母上に――」

「辛い想いをさせてしまって、本当にごめんなさい」


「でも、覚えていてほしいのです」

マヒルは、ヨルの胸に手を当てた。

「アナタの炎は、何かを燃やすためだけのものではありません」

胸が、暖かくなる。

「民を照らす炎。闇の中で、進むべき道を示す光です」

「アナタに与えられたのは、遠い祖先より受け継がれてきた原初の聖火」

マヒルは少しだけ、強い眼差しを向けた。

「炎の一族として、責任を全うしなさい。辛くても、苦しくても……ハナマサに生まれた者の"宿命"なのです」

「宿命……?母上、儂にはよく分からぬ。儂には、まだ……」

マヒルはもう一度、今度は少し強く、ヨルを抱きしめた。


「世界に絶望が広がるとき、聖火宿す者生まれ地上を照らす」


「へ……?」

「ハナマサに伝わる、炎の言い伝えです。アナタには宿命……いいえ、使命がある」

「今はまだよく分からなくても、必ず炎が導いてくれます」

「炎が……」


「ふふふ……よし!仰々しいのはここまで!」

そう言うと、マヒルは立ち上がる。

「しゃんとしなさいっ!アナタはアサヒさんの娘であると同時に、私の……いや、アタイの娘なんだからさ!!」

マヒルはヨルの背中にバシンと張り手をして、ヨルは飛び上がる。

「イッターーい!」


「ハハハ!」

「も〜!」


二人は並んで座り、笑いあった。


花畑を撫でるように、優しい風が吹き抜けた。

無数の花々が揺れ、まるで二人を祝福するようにざわめく。

燭台の炎は、その風に応えるように小さく躍った。


ひとしきり笑い合った後、マヒルはヨルの顔を見て寂しそうな表情を浮かべる。

「……本当はもっとたくさん話したいところなんだけれど」


燭台の炎が、少しずつ小さくなっていく。

それに呼応するように、マヒルの体も透けていく。


「もう、時間みたいだね」

「嫌じゃ……! 母上、まだ……まだ何も話せておらぬ!」

「大丈夫。アタイは、ちゃんと見てる」

マヒルは笑った。

「アナタが生まれてくるとき、とびっきりの熱を込めてやったからね」

「母上! 母上!! はは――」


また、世界が暗転した。



揺れで、小さく体が跳ねた。

薄く目を開けると、頭上には幌布。

木箱と荷袋に囲まれた荷台の上へ、ヨルは寝かされていた。


ゴト、ゴト、と一定の振動が響き、荷台の端に吊るされた風鈴が小さく鳴る。

前方からは、グルル……と獣の低い唸り声。


「………母上っ!!」

ヨルが突然大声で叫び、飛び起きた。

「ヨル様、お目覚めですかな」

「爺!?ここは……母上は!?」

「そのご様子だと、無事にお会いできたようですな」


「――そう、じゃったな。あれは、母上の遺した……」

「ええ。マヒル様が遺した魔力の記憶」

ヨルは遠くに見える海を眺めた。

その様を見て、トバリが後ろから声をかける。

「……名残、惜しいか?」


トバリの問いかけに、少しだけ考えて、笑顔で振り返った。

「いや、大丈夫じゃ!」

「感じるのじゃ。母上の"熱"を、この胸に」

そう言って、胸に手を当てる。


「ならば、良い」

「それにの、全部は分からんが、少しだけ。ほんの少しだけ、儂のやるべきことが見えたのじゃ」

トバリを指差し、力強く見つめる。

「トバリ。その為にもやはり、お主の力は必要じゃ。儂に、着いてこい」


「勿論。仰せのままに」

「カハハハ!」

二人のやり取りを聞いて、スグリとグラジオラスも笑う。


木々を揺らす穏やかな風が、馬車の横を通り抜けていく。



ヨルはトバリの側に置かれた黒い剣を見つけ、手に取った。

「おお!これが例の!」

「あぁ。最後までヒグラシは騒がしかったが、ようやく出来上がった」


鞘を抜くと、黒い刀身に青い波紋が幾重にも輝いていた。

「おお、なんとも綺麗な剣じゃな!」

御者台に座っていたグラジオラスが、軽く振り返る。

「しかし、良かったのか?おいそれとレシピなど教えて。これからも造るなどと言っておったが……」

「構わない」


トバリは刀を抜きながら答える。


「ただの刀ならばいざ知らず、これは朧に伝わる忍刀」

「ふむ……」

「扱いを誤れば、この世界の大剣や鎧相手にはなまくら同然」


「横面を叩かれて折られるか……自らを斬るだけだ」

「そういうものなのか」


うずうずとトバリの持つ刀を見つめるスグリに向かって、トバリは懐からもう一本の刀を取り出し渡した。

「え、え……っ?」

トバリの忍刀より、さらに短い短刀。

「スグリ。お前用の脇差も造ってもらっている」

「これは……私の……?」

丁寧に、短刀を受け取る。

「拙者のとはまた別の造り方だがな」

「なにぃー!ずるいぞ、スグリ!」

「だ、だめですっ。いかにヨル様といえど、これは……お渡しできません」

「むきぃ〜!」


「名前を考えておけ。刀とは、わが分身、我が子同然だ」

「は……はい!」


「それじゃ、トバリの剣は何という名なのじゃ?」


「これか……」

トバリは刀の鞘を見せてくる。鞘には、ヨルには読めない文字が刻まれている。

「む?なんじゃこれ」

「これはな……」


風が吹き抜ける。

揺れる黒髪。 鳴る風鈴。 進み始めた荷車。


「――天下花政テンカハナマサ


『第四章 風の吹く方へ』

『オワリのトバリ』を読んでくださり、本当にありがとうございます


ヨルやトバリたちの旅を、少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです

感想や反応を頂けると、今後の執筆の本当に本当に大きな励みになります

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