第33話 風の吹く方へ
第33話
鉄を叩く音が絶え間なく響く。
扉を開けただけで、暴力的な熱気が頬を焦がす。
「おい、ヒグラシ」
カンッカンッ……ジュー……
カンッカンッカンッ
「おい」
カンッカンッ!
カンッ!
叩く度に、火花が散る。
赤熱した鉄を、ヒグラシは獣のような勢いで打ち続けていた。
額から流れた汗が頬を伝い、顎先から蒸発する。振り下ろされた槌は空気を裂き、叩かれる度に工房全体が震える。
細い目は爛々と開かれ、まるで金床の上しか見えていない。
鉄の匂い。
焦げた油の匂い。
焼けた空気。
その全てを吸い込みながら、ヒグラシは恍惚とした笑みを浮かべていた。
トバリは小さく溜息を吐き、歩み寄る。
一歩近づく度に、槌の風圧と熱気が肌を叩いた。
「おい」
それでも、反応は無い。
「……」
ついには背後まで回り込み、耳元すれすれまで顔を寄せる。
「おーい」
「ひゃあ!」
ヒグラシは驚き、持っていた槌を放り上げた。
「わっ――!」
落ちてきた槌を慌てて腕で受け、肩へ滑らせ、そのまま抱き留める。
「わっ……!あっ、わ!ふー……。ちょっと!急に声かけてくるなんて危ないじゃないかっ!!」
「何度も声はかけた」
「……あ、そう」
頭を数回掻いて槌を握り直し、金床に向き直す。
「待て」
鉄を叩こうと振り上げた槌を、トバリは片手で掴み止めた。
「わっ、とと……なんだよぉ、今良いところなんだよ!」
「なんだよじゃない。頼んでいた物は出来たのか」
「え?……あー」
思い出したように振り向き、棚に置いていた袋を渡してくる。
「これね!言われたとおりの形で六本!作っておいたよ」
ずっしりと重い。
袋から、一つ取り出し確認をする。
「えーと、それなんだっけ。ナ……ク……?」
「苦無。だ」
「ああそうそう。クナイ、そんな感じで良いのかい」
「良い出来だ。感謝する」
そう言って袋に入っていた苦無を取り出し、装束の内帯へ取り付けた。
「あと、刀は出来たか」
「それがこれさ」
そう言って、金床を指さした。
そこにあるのは、黒い刀身に薄い水色の波紋が入った短めの直刀。
「美しいだろう……?こんなに美しい剣は、そうそう見たことがないよ」
「あぁ。言ったとおりに造ってくれているようだな」
「うん。柔らかい金属を硬い金属で包むなんて、最初に言われたときは変だと思ったけど……」
「これなら、問題ない」
「いや待って!まだ終わってないんだ!」
「む?そうなのか?」
「あぁ、実はさ。あまりに美しいもんだから、ちょっと手を加えてしまって……」
「なんだと……?」
一瞬、トバリはヒグラシを横目で睨む。
「ま、待ってくれ。勝手なことをしたのは悪かった。だけど、絶対大丈夫なんだ!」
「……」
「魔鉱が手に入ってね……少し混ぜてみたんだよ。そしたらどうだ!叩けば叩くほど、刀身に波紋が広がって魔力が漲るのさ!」
「……」
「従来の大剣やロングソードじゃここまで魔力の浸透率は高くない。素材の問題か、形、それこそ鋼の折り方のおかげなのか……いや、もしかしたら君が持ってきたアマスダス銀粉が反応を起こしているのかもしれない!そもそもこれほど短い刀身だからこそ、密度が高くなって――」
「も、もう、わかった。もういい」
「はぁ……ハァ……。美しい剣が、出来るよ」
瞳孔は開かれ、歯茎を剥き出しにして笑うヒグラシ。
高揚し顔は火照り、じっとりと汗が滴る。
あまりの圧に、流石のトバリも僅かに身を引いた。
「結局、いつできるんだ」
こちらの問いかけに対し、ヒグラシは目を見開いたまま、刀身を撫でる。
「終わりなんて無い!打てば打つほど、良くなるんだ!!」
「……午後には出立するから、そのときに受け取りにくる」
「打つだけじゃないんだ!恐らくだが、魔獣やモンスターを斬る毎に、魔力を吸い取り――」
話し続けるヒグラシを置いて、トバリは鍛冶場を出た。
工房の熱気が背中から遠ざかっていく。
(さて……)
向かう先は、いつもの宿屋。
◆
宿屋の扉を開け中へ入ると、既にヨルとグラジオラス、スグリがテーブルで話をしていた。
「おぉ、戻ったか!刀とやらは受け取れたのかの!見せてみるがよい」
そう言ってヨルは駆け寄ってくるが、トバリは両手を広げてみせた。
「まだ出来てないそうだ。午後、街を出る直前に再度寄ることになった」
「そうか〜……早く見てみたいものじゃ」
そう言って少し残念そうな顔をしてイスに座るヨルを待って、グラジオラスは口を開いた。
「とりあえず、儂らはこれから更に西へ進み、ウィン領へと向かいますぞ」
「ウィン領?随分遠いところまで行くんだな」
トバリは昔見たヴァルディア大陸の地図を思い起こしながら聞いた。
「そうじゃ。そこを治めているスタム家という一族が、古くからハナマサ家とは同盟関係にあってな」
スグリが小さく呟いた。
「スタム家……聞いたこと、無いですね」
「そうだろうな……。ハナマサとスタムの同盟は、あまりにも古い取り決めだ」
「昔から言い伝えられてきたのだが……万が一、国難になればウィンへ行き、助力を求めるということになっておる」
「そ、そうじゃったのか……」
ヨルは口をあんぐりと広げた。
「知らなかったのか?」
「……知らんやった」
「……」
「なんじゃっ!」
ヨルが頭を叩いてきて、ポコっと軽い音が鳴る。
「……それと、姫様に渡さないといけないものが」
そう言ってグラジオラスは一枚の厚い紙を取り出した。
広げてみると、中心に魔法陣が描かれていた。
「なんじゃこれ?」
「これは魔陣文といいます。特定の魔力に反応して、予め記録しておいた言葉や映像を映すことが出来る……と」
「へぇー!凄いのう!」
「しかし、作成には相当な魔力を要するうえ、記録出来る内容にも制限があるそうですな」
「まぁそもそも……儂も初めて使いますのでよく知りませぬ」
「ほぉ〜。それで、これが何じゃ?」
「これは……」
グラジオラスは、静かに魔陣文へ目を落とした。
「マヒル様が姫様に対して、遺したものでございます」
瞬間。場の空気が、凍りついた。
「は、母が……?」
「はい」
「そ、それは……いつ」
「死の、間際ですな」
「……」
「……」
誰も、言葉を発せない。
死の間際。それはつまり、ヨルが生まれるとき。
ユウヒの言葉が正しければ『ヨルの暴走した魔力によって、"マヒル"を殺した日』のこと。
「その様子じゃと、やはり聞かれたのですな」
「……。のう、爺。あの話は、やはり本当なのか?」
「……」
「儂の魔力が……いや、儂が。母上を……死なせたのか?」
グラジオラスは一度天井を見上げて、深く深呼吸をする。
「……事実にございます」
ヨルの肩が、小さく震えた。
グラジオラスの言葉が胸に堕ちる。
ヨルの見えている世界を乱暴にかき混ぜ、乱していく。
一度は飲み込んだはずだった。
だが、それは目を逸らしていたに過ぎない。ユウヒの嘘だったかもしれない。
誤解、冗談、虚偽、揺さぶり……
ユウヒの言葉。母を死なせて生まれてきたという絶望に対する、微かな光が、言い訳が――全て断たれた。




