幕間
幕間『あの日のその後』
私はまた、独りになった。
握りしめていた黒煙玉を、そっと懐へしまう。
『お前がいたら足手まといだ』
言われた言葉が、何度も脳内で反響する。
繰り返されるたびに、音は大きくなっていく。
だけど、不思議と嫌ではなかった。
むしろ胸の奥へ、静かに染み込んでいく。
足は自然と街へ向かい、そして自分の家へと進んでいた。
コマキの村
草原の中に広がる、小さな集落。
低い石垣に囲まれた平屋の家々。
木と土で組まれた外壁には、長年の風雨で薄く色褪せた跡が残っている。
窓辺には干した薬草や洗濯物が揺れ、煙突からは細い煙が立ち上る。
小さいけれど、どこか暖かい。
そんな家ばかりだった。
部屋へ入ると、ふわりと埃が舞った。
母が編んでくれたマフラー。
父が使っていた斧。
全部、あの日のまま。
私がワガママを言って、ケケププの実を取りに行った――あの日の朝のまま。
だけど、ここも色褪せて見えた。
私は自室へ入り、そのまま毛布にくるまる。
誰とも話したくないはずなのに。
一人になると、震えが止まらなくなる。
思い出して――しまう。
■■■■■■■
『オイオイ……コイツが“例の”?』
「え?」
『黒髪の少年……おそらく間違いねえ』
「貴様ら! スグリに触れるな!」
「きゃああ!!」
「パパ!?」
『お、おい!!』
「スグリ……ママを連れて……」
『何やってんだよ!』
■■■■■■■
「はっ!!」
意識が、現実へ引き戻される。
窓の外を見ると、空が微かに白んでいた。
自分は眠っていたのか。
それとも、ずっと目を開けていたのか。
それすら、もう分からない。
だけど、父の胸を貫いた刃だけは忘れられなかった。
背中から飛び出した、あの赤い刃を。
『恐怖』と『混乱』。
理由も分からないまま、突然両親が殺される。
大人たちに腕を掴まれ、抗えない力で引きずられていく。
泣いても、叫んでも、もう誰もいない。
そうして瞬間的に膨れ上がった『絶望』を――
音もなく斬り裂いたのが、トバリ様だった。
「やっぱり……行かなくちゃ」
私はベッドから飛び降り、そのまま家を飛び出した。
◆
トバリ様は、私を置いて北へ向かったはず。
そう思い、私は走り続ける。
走って、走って――やがてマツの川へ辿り着いた。
遠くに、誰かが倒れているのが見える。
その瞬間。
また、あの日の光景が脳裏を焼いた。
■■■■■■■
『お前! 何やってんだ!』
『だ、だって! コイツ魔法を使おうと……』
「スグリ!! とにかく逃げなさい!」
『もう、しょうがねえっ!』
「ママ!!!」
「スグリ……ィ……!!」
「ママーーー!!!」
『だから、よく分からねえ依頼なんて受けるべきじゃなかったんだ!』
■■■■■■■
「ハァ……ハァ……!」
心臓が痛い。
胸が苦しい。
息が、うまく吸えない。
それでも、私は進む。
トバリ様のところへ、行かなくては。
マツ川で倒れていたのは、鎧を着た男の死体だった。
鎧には青い家紋。
昨夜、トバリ様を襲っていた三人に間違いない。
「トバリ様は……どこに……」
辺りを見渡すが、少なくともここにはいない。
それなら、この三人を返り討ちにしたあと、どこへ向かったのか。
(城……かな)
ヨル姫のいる、あの城に違いない。
そう思い、踵を返した――その時だった。
「っ!」
背筋が粟立つ。
気配も無かった。
振り向くと、二人の女が立っていた。
どちらも、白髪。
顔は黒い布で覆われている。
驚いて見上げる私へ、片方の女が口を開く。
抑揚のない、機械のような声で。
『闇に魅入られし者よ』
「え……」
もう一人の女が、重ねるように続ける。
『フォロワーとして相応しい素質がある』
「フォロ……?」
交互に。
まるで同じ人形のように。
『アナタも彼に――闇に追従すると言うのなら』
『我らの力を貸しましょう』
「な、何を……言って……」
『『闇の信奉者として』』
その瞬間。
世界に、色が戻った。
あの日から、白黒に褪せてしまった世界が――鮮やかに染まっていく。
『西へ向かいなさい』
『闇の力を頼りに』
「――!」
気付けば、二人の女は消えていた。
その代わり。
なぜか、トバリ様の居場所が分かる。
理由も、感覚も、言葉には出来ない。
だけど確信だけがあった。
「トバリ様……!」
私は駆け出す。
西へ。
あの背を追いかけるために。




