第31話 城壁のグラジオラス
第31話
勇者がオボロを連れ去ったあと、鍛錬場は静まり返っていた。
最初に口を開いたのは、ギルドマスター。
「投降してください。そうすれば、命までは奪いません」
「あなた方に加担していたカッコウも、既に取り押さえています」
ブーグーファミリーの面々は困惑し、どうすれば良いのか分からず固まっていた。
「な……なんなんだ?カッコウさんまで……?どうなって――」
「勇者が、ギルドに付いたってのか?」
「逃げたほうが……!」
「うるせええ!!!」
ブルーンが、雄叫びに近い叫びをあげた。
「……っ」
後ろで狼狽える部下を横目で睨む。
「勇者の狙いはオボロだけだったんだ。なら俺達がやることは変わらねえ!!」
「で、でも……」
ブルーンは指を交差させる。そのとき、鍛錬場の入口がバラバラに切り裂かれ崩落した。
「カッコウが捕まってるなら、尚更だ」
もう一度、指を振りギルドマスターへ向ける。
「ここからは逃げることは許さねえ……ギルドマスターを殺れ。そうすりゃ、俺等が正義だ」
「……う」
「ウオオオおお!!!!」
静寂は入口の壁と共に切り裂かれ、魔人たちは雄叫びをあげた。
「止まる気は無さそうですね」
呟くギルドマスターに、グラジオラスが問いかける。
「もう、奴らは止まれませんよ。今一度、覚悟をお聞かせ願えますかな?」
「えぇ、勿論です。奴らを……ウラムに巣食う害虫たちを、根絶やしにすることが、亡くなった父の願いでした」
そう言って、ギルドマスターは――エキナは自らの仮面を取り、左手を挙げた。
「ギルドマスターとして通達します。ブーグーファミリーを、殲滅させるのです!」
白髭が、微かに持ち上がる。
「承った」
グラジオラスは魔人たちの正面へと、躍り出た。
「"城壁"のグラジオラス。出陣いたす!!」
そう言ってグラジオラスは大盾を静かに持ち上げる。
ただそれだけの動作のはずなのに、鍛錬場の空気そのものが沈んだ。
「四等級火魔法ァ!!」
「雷槍!!」
「殺せぇええ!!」
無数の魔法が放たれる。
火球。雷。そして振り注ぐ風刃。
それら全てが、真正面からグラジオラスへ殺到した。
――だが。グラジオラスは一歩も退かない。
ドゴォンッ!!
轟音。
巨大な盾へ直撃した魔法が弾け、爆炎と雷光が周囲を飲み込む。
しかし次の瞬間、爆煙の中から重い足音が響いた。
ズシン。 ズシン。
「な、なんで……」
「効いてねぇ……!?」
煙を突き破り、グラジオラスが現れる。
鎧は薄く煤け、盾には無数の細傷。 だが、その歩みは微塵も止まっていなかった。
「……軽い。軽いのう」
次の瞬間。
グラジオラスが盾を横薙ぎに振るった。
「フンッ!」
ゴッッ――!!
空気が爆ぜる。
先頭にいた魔人たちの身体がまとめて吹き飛び、壁へ叩きつけられる。骨の砕ける音と血飛沫。
そして、悲鳴。
「ぐぎゃぁああ!!」
「オェェェ……!!」
「こんの……バケモンがァ!!」
一人の魔人が背後へ回り込み、掌を突き出し火球が三連で放たれる。
だが。
グラジオラスは振り返りもしない。
ガギィン!!
全ての火球が、分厚い肩当てに弾かれる。
「な――!?ただの鎧で、防げるはずが……」
「ぬっ!」
そのままグラジオラスは後方へ盾を突き出した。
鈍い衝突音。
尖った盾先が魔人の胴を貫き、そのまま壁へ縫い止める。
「ごっ……ぁ……」
「戦場で背を取った程度で、勝った気になるな小僧」
盾を引き抜くと、血が勢いよく噴き出す。
「う、うわぁあああ!!」
魔人たちの足が止まる。
誰も前へ出られない。
それでも、グラジオラスは止まらなかった。
ドォン!!
床が砕ける。
巨体とは思えぬ速度で踏み込み、そのまま盾を前面へ構え突進。
「どけぇええええいッ!!!」
まるで城門そのものが突っ込んでくるようだった。
正面にいた魔人たちがまとめて宙を舞う。 壁。 柱。 床。
あらゆる場所へ叩きつけられ、鍛錬場は絶叫に染まった。
「やべぇ……やべえよあのジジイ!」
「もう、やってらんねえよ!!」
一人、窓を突き破り鍛錬場から逃げ出す。
それを見た他の魔人たちも、次々に逃げ出していく。
「オイてめぇら!!逃げるな!!撃ち続けろ!!!オイ!!逃げたら殺すぞォオ!!」
ブルーンが激昂するも、声は届かない。
グラジオラスが一瞬だけギルドマスターの方へ振り返る。
「外には……?」
「はい。既に、配置済みです」
「良かろう」
視線を戻す。
向けられるのは、もちろんブルーン。
「さて、残すはお主だけじゃ」
「グギギ……グッ」
「一応、もう一度だけ聞いておこうかのう。投降するのなら、命は奪わん」
髭を撫で、悪戯に笑う。
「手足切断ってところで、どうじゃっ?」
ブルーンは大粒の汗を袖で拭い、睨みつけた。
「ククク……クク、舐めるな、舐めるなよ。俺はあの魔皇国天蓋衆で百人将にまで登り詰めた男だぞ」
「ほう?天蓋衆とは。また物騒な名じゃのう」
「舐めるな舐めるな舐めるな舐めるな舐めるなヨォオオオ!!!!」
ブルーンは右手を伸ばし、掌から生み出された風の刃が球状に収縮していく。
「固有風魔法 風刃無爪!!」
グラジオラスは半身になり、大盾を下から跳ね上げるように振るう。
ガァンッ!!
圧縮された空気の塊が盾へ激突した瞬間。 軌道を逸らされ、そのまま天井へと弾き飛ばされた。
遅れて、鍛錬場の天井へ無数の斬撃痕が走る。
「なんで、なんで盾如きで防げるんだ?オカシイだろ……その盾、魔道具か!?」
「フッ。お主ら魔人とくれば、何かあれば魔法だの魔力だの……ヌルいのう」
「なんだと……ッ」
「人間族にも、お主らに対抗出来る力はあるのじゃ」
そう言って、グラジオラスは大盾をゆっくりと持ち上げる。
「知ってはおるじゃろう。あまり向こうの言い方で呼びたくないが――聖王国では聖技と呼ばれる力」
持ち上げられた大盾が薄い黄金色に輝き始めた。
「せ、聖技だと……!?」
「百人将ほどの武人ならば、敬意を払ってやらねばな」
「クソ……クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ!!!!!……ニ等級風魔法ォォオ」
魔力がブルーンの手首を搔き切りながら集まっていく。あふれる血が混ざる、真っ赤な五つの風刃が指先を通り抜ける。
「クウフウリンンンン!!!!」
「儂の全力で迎えてやろう」
「起盾流奥義 護鏡レ國!!」
グラジオラスは輝く盾で身を覆い、猪の如き突進を繰り出す。
風刃は盾へ触れた瞬間、弾け飛ぶように軌道を反転させた。
「なっ……反、射――」
次の瞬間。
跳ね返った五つの風刃が、ブルーン自身の身体を切り裂いた。
血飛沫。
胸。 肩。 腹。 太腿。
自ら放った斬撃によって肉が裂ける。
「がっ――」
体勢が崩れる。
そこへ。
「終いじゃ」
黄金に輝く大盾が、真正面から激突した。
ドゴォォォンッ!!!
骨が砕ける音。
ブルーンの巨体が、砲弾のように鍛錬場の壁へ叩き込まれた。
グラジオラスは無言で大盾を眺める。
「ふむ……儂の大盾に傷を付けるとは」
「百人将の名に偽り無し……じゃな」
◆
「おとなしくしろ!!」
「一人も逃がすな!!」
ギルド本部の門前では、既に構えていたウグイス団が、逃げ出した魔人たちを取り押さえていた。
その様子を、ギルドの屋上から見下ろす二つの影。
白いマントを羽織った勇者と、黒い外套と仮面で身を包むオボロ。
ウグイス団の活躍を見ながら、最初に勇者が口を開く。
「傷は無いか?」
オボロの胸に突き刺さる剣は、黒い靄となって消えていく。
「は、はい……あの、私はうまく……やれてたでしょうか」
オボロが腰を低くして問う。
「あぁ。素晴らしい潜入、そして擬態だったな。スグリ」
名前を呼ばれた瞬間、スグリは慌てたように仮面を外す。
顔を真っ赤にし、俯く。
「そんな……恐縮です。トバリ様」
呼ばれて勇者はゆっくりと額へ手を添える。
――ズルリ。
金の髪が、まるで溶け落ちるように黒へ染まった。
整った顔立ちも微かに歪み、 黄金の瞳が静かな灰色へ沈んでいく。
そこには聖王国の勇者ではなく、 黒衣を纏う一人の忍が立っていた。
「事実だ」
トバリは静かに口を開いた。
「スグリが潜入し、奴らの情報を掴むと共にギルド襲撃まで扇動したからこそ……」
トバリは微かに、だが確かに笑う。
「ギルドマスターにも大きな恩を売れたからな」
笑うトバリの横顔を見て、スグリの心は妖しく躍る。
スグリは無意識に、跪いていた。
「私はトバリ様に……ついていきます」
「ん?あぁ……共にヨル姫を、天下へと導くぞ」
スグリ自身、この感情に名前を付けられない。
命を救われ、両親の仇を討った英雄への恩義か。
全てを掌の上で転がす、圧倒的な強者への畏怖か。
……スグリにも流れる、魔人の血によるものなのか。
(生涯を……トバリ様へ……)
スグリは目を逸らせない。
黒衣を翻す、その背を。




