第28話 帰還
第28話
商業ギルドの理事席は、実力主義だ。 売上と貢献度。それだけで決まる。
交易都市という性質上、多様な物資や人が集まるウラムではあるが、地域に根を張って商売をする者は多くない。
そんなウラムでも、人が生きる以上絶対に欠かせない商売がある。 衣服、食事、そして寝床だ。
そのため、ウラムにしっかりと店舗を構え、確実に売上を伸ばしているのが宿屋と"呉服屋"である。
〜呉服屋『ピサロ』本店〜
ウラム中央通りに面したその店舗は、もはや呉服屋というより小さな百貨店だった。
正面には巨大な硝子窓。
中には色鮮やかな服が並び、魔導灯の光を浴びて輝いている。
貴族向けの高級礼服。
連合国風の薄手の外套。
獣人用に尻尾穴の開いたズボン。
旅人向けの丈夫な革服。
更には香水、装飾品、帽子に至るまで揃っており、店内には常に女たちの笑い声が響いていた。
「こちら、今連合国で流行の型になります」
「まあ!素敵ねえ」
店員たちは統一された制服を着込み、笑顔を絶やさない。
二階には富裕層向けの応接室。 三階には仕立て部屋まで存在しており、職人たちが慌ただしく針を走らせていた。
その華やかな店舗の裏側。
バックヤードへ入った瞬間、空気は一変する。
壁際に積み上げられた木箱。 帳簿を抱えて走る従業員。 布地の山と、染料の臭い。
狭い通路では使用人たちがせわしなく行き交い、表の笑顔とは違う疲弊した声が飛び交っていた。
「三番倉庫の在庫足りません!」 「南通り支店へ追加を回せ!」
その更に奥。
鉄扉の先にだけ、妙に静かな空間がある。
そこが、店長室――そしてドンカラスの私室だった。
ドンカラスはイスに深く腰掛け、金庫の札束を数えていた。
「ひぃ……ふぅ……みい……やれやれ、今月も売上が芳しくないな」
「チッ……やはり魔人への販売を減らすのは痛いぞ」
ドンカラスは札束をぽんぽんと撫でながら、優しく金庫へと戻す。
「まぁいい。もうすぐ、ギルドマスターか副ギルドマスター……どちらかが潰れる。そうなれば、どう転んでも繰り上がりで私の地位も上がる」
グフフ……とこみ上げる笑いを抑える。
「ピサロの6号店出店も控えている。ブーグーファミリーにはさっさと動いてもらって、勝ち馬に便乗するとしよう」
そのとき扉がノックされる。
「オーナー、お客様です」
「あぁん?約束等無かったはずだ」
「急遽、お会いしたいとのことで」
「……ならん。私は忙しい。正式な手続きを踏んで、約束を取り付けてもらわんと困る」
「オーナー……今回は、お会いしておいた方が得だと仰っていまして」
「……なにぃ、誰だ?」
「すみません、伺ったのですが『とにかく、呼べ』とだけ」
一瞬、考える。
だが、ドンカラスは得という言葉にとことん弱かった。
「通せ。ただ……少しお待ちいただくよう伝えておけ」
「かしこまりました」
「……なんだ?部下が知らんとなるとギルドの奴ではないな。まさかブルーンの奴が表に出てくるわけも無いし……」
ドンカラスは胸元の第一ボタンを外し、服の内側に隠していた金のネックレスをわざと見せつける。
「得にならんかったら、賠償を請求してやる……」
呟いて、一本葉巻を口に咥えた。
少し時間を置いて、ドンカラスは来客室のドアを開ける。
「いやぁ……お待たせしてすみませ……え?」
そこに座っていたのは、白銀の鎧に身を包み、長い金髪を流した男。
そしてイスにかけられたマントには、聖王国の紋章が刻まれている。
「……いや、私の方こそ突然すまないね」
「アナタは……もしかして」
「そうだな。人は皆、私のことを"勇者"と呼ぶな」
「え、あ、え……ゆ、勇者様が、こんな街に何用で……」
ドンカラスは慌ててネックレスを服の内側に押し込み、乱れた第一ボタンを閉め直した。
部屋は、重苦しい空気に包まれていった。
◆
ブーグーファミリーによるギルド襲撃まで、あと二日。
街は不穏な空気を抱かせながらも、いつも通り回る。
「もう、我慢ならんぞ!!」
宿屋の一階で、ヨルが怒っている。
「どうした?」
「よーく聞くのじゃ。コデマリオのことじゃ!!」
「コデマリオ?」
「今日街で歩いていったら、周囲の人々が儂を見て笑うのじゃ……」
「なんじゃろ?と思っての。直接聞いたのじゃ」
「ふむ」
「そしたら『こんなところを魔人がうろつくな』と!!」
ヨルは顔を赤くして地団駄を踏む。
「それだけならまだよい!その後、なんと言われたと思うか!?『お連れの人と一緒に色街にでも行ってろ』と!!」
「……」
「儂は悔しくて恥ずかしくてのう……くぅ」
ヨルは顔を袖で隠す。
「連れに色狂いがおると思われとるのが我慢ならん。トバリ、今すぐコデマリオに色街通いを辞めさせるのじゃ!」
ピンと指をトバリに向けて指し、語気を強めて言い放つ。
「分かった」
「アイツも可哀想な境遇なのは分かる。現実逃避もしたいじゃろ。でももう儂の堪忍袋がパンパンじゃ!」
「まぁ、アイツも十分通ったしな。今夜以降、行かせないようにしよう」
「頼むぞ!まったく!」
プンプンと怒りながらエキナの部屋へと歩いていくヨル。
トバリはその背中を見送る。
(色街でやってもらうことも済んだし、ちょうど良かったか)
「おーいエキナや〜。儂、お腹すいたのじゃ〜」
「えぇ〜!もう??」
二階から二人の話し声が聞こえてくる。
「あの甘いやつ食べたいのう……小さくてカリカリしてて……」
「ちょっと食べすぎだよユルちゃん」
「儂は今日もたくさん仕事をしたもん!お願いじゃ〜」
(ヨルも随分と、エキナのことを気に入っているようだな)
トバリは静かにそう思い、宿を出ていく。
◆
向かった先は、廃工場跡地
そこに居たのは、チグリとコデマリオ。
「ね、ねえ……明日が最後の仕事って言われたんだけど、どういうこと?」
「んあ?……さぁな。アイツの考えてることは、俺にもさっぱり分かんねえよ」
「待たせたな」
いつの間にかトバリが後ろに立っており、コデマリオは驚き飛び上がる。
「うお!!びっっくりしたーー!!」
「普通に出てきてよ」
「む、すまん。癖でな」
チグリは不安そうな声で話を戻す。
「今、コデマリオさんとも話していたんだけど、明日が最後の仕事って……どういうことなの?」
仕事が無くなるということは、薬が貰えなくなるということ。
チグリはそれだけが心配だった。
「心配するな。明日以降、普通に薬も買えるようになる」
「え?」
「どういうことだ?」
「なに、もうすぐ全員揃う」
「え?」
そのとき、廃工場の入口。森の方から、声が聞こえてきた。
『チグリ!!!』
呼ばれて、振り返る。
聞き覚えのある、暖かくも力強い声。
「え……!?」
そこに居たのは、青い鎧に身を包む十数人の兵士。
そして一人の兵士が、目を潤ませながら駆けてくる。
「お父……さん………!!」
チグリも駆け出し、親子は強く、強く抱擁を交わす。
「チグリ……待たせてごめんな、ごめんなぁ……!!」
「お父さん……!!おかえり……っ」
涙がボロボロと頬を伝う。
コデマリオは、親子を見つめたまま呟く。
「なぁ……アレって……」
ゴンッ!!
言い終わる前に、コデマリオの頭部に鈍い衝撃が走る。
「イッッッテェエエーーー!!!」
頭を抑え、転がり回る。
「な、なにすん……だ………?」
『勇敢なる兵士の帰還に対して、"アレ"とはなんじゃ!!コデマリオ!!』
そこに居たのは、燃えるような真っ赤な紋様が刻まれた鎧を身を纏った、白髭の老騎士。
オワリ騎士団団長グラジオラスだった。
『オワリのトバリ』を読んでくださり、本当にありがとうございます
ヨルやトバリたちの旅を、少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです
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