幕間
幕間
①ウラム到着
荒れた山道を抜けた先。
まるで霧が晴れるように、街が現れた。
「ヨル。ウラムに着いたぞ」
「ぬぁ……?」
顔を上げたヨルの、微かに腫れた目が、ゆっくりと見開かれていく。
切り立った山々に囲まれた巨大な盆地。
白壁の建物が段々畑のように斜面へ並び、その隙間を縫うように水路が流れている。
幾つもの橋。
風に揺れる、色鮮やかな布と旗。
何より――人が多い。
荷馬車を引く商人。
魚を抱えた獣人。
路上で唄う詩人。
怒鳴り声も、笑い声も、客引きも、全部が混ざり合い。
街そのものが騒がしく脈打っていた。
漂う潮の香りに混じり、焼いた肉の匂いが流れてくる。
「……おお」
ヨルが小さく声を漏らす。
「ここは、見慣れたオワリの城下町というより――」
「市場だな」
トバリは街を眺める。
「国境とサーキスの港を繋ぐ交易都市らしい」
向かいの山向こうには、青く光る海がほんの僅かに見えていた。
「とりあえず、何か食べるか?」
「……いや、儂はいらぬ。別に腹など減っておらん」
「そうか。なら先に宿を探そう」
←ウラム大通り。出店や屋台の描写。交易都市ならではの多様な食材表現
「み、見たことのない食べ物がたくさん……!」
グルルル〜
ヨルのお腹から、稲妻のような音が鳴る。
「……」
「……」
真っ赤に染まるヨルの顔。
「腹、減ってきたか?」
「い、いや……儂は、いらん」
「そうか」
また歩き出す。
大通りは豊かな香りに包まれている。
一歩歩く毎に違った誘惑が鼻に広がる。
甘く、香ばしいタレの香り。
皮目に程よい焼き目が入り、滴る脂がパチパチと弾ける音。
色とりどりに揃えられた香辛料の鮮やかさ。
歩きながら、トバリは表情を変えずに呟く。
「ハナマサの生き様というのなら……」
「む?」
「腹が減ってなくても、食えるときに食って力を蓄えておくべきかもな」
ヨルはトバリを見つめる。
一瞬の間を置いて、トバリは大きく頷いた。
「そ、そうじゃな!!」
立ち止まり、振り返るヨル。
「それなら、戻るぞ!!最初の方から、もう一度見るのじゃ!」
トバリはヨルの言葉を聞いて、微かに目尻が下がる。
「従おう」
〜
「んまいっ!外はカリカリ。中はフワフワじゃ。もう一個!おかわりじゃ!」
「まいどあり!お嬢ちゃん、よく食べるねェ!」
「ヨル、そろそろ――」
「何を言うか!!無理してでも食えと言ったのはお主じゃ!」
「……」
「次はあれじゃ!」
トバリは懐を確認する。
(お金……足りるだろうか)
②「宿を探せ」
実はウラムの歴史は古い。
元々は、オワリ領とサーキス港を繋ぐ山道の中継地点に過ぎなかった。
険しい山々を越える行商人たちが、荷を下ろし、馬を休ませ、一夜を明かす。
そんな小さな宿場町から始まったと聞く。
だからこそ、ウラムにはいくつもの宿があった。
「さて、どこに行くのじゃ?」
「……少し待ってくれ」
そう言ってトバリは街を観察する。
一つ目の青い屋根の大きな宿屋を見つめる。
(大通りに面していて、買い物や移動は便利だが……少し目立ちすぎるか)
次に、小ぢんまりとしたシンプルな外観の宿。
(安そうではあるが……ヨルが滞在するには汚いか)
いくつか宿を観て周るが、どれもしっくりこない。
「なぁ〜、儂疲れたのじゃ」
「……おぶられているのに?」
とはいえ、確かに空は暗くなってきている。
路地に入り込んだせいか、周囲は一層暗い。
(む……)
正面から、三人の人影が真っ直ぐに歩いてくる。
全員、黒髪に黒目。
端にいる男はこちらを見てニヤニヤと不快に笑っている。
(……)
トバリは黙って端に寄った。
ヨルは背中でウツラウツラと首を揺らしている。
お互いに立ち止まることもなく、徐々に距離が近づいていく。
ついにすれ違う――というとき、真ん中の男が突然立ち止まり、こちらを向いた。
「……この先に行きてえのか?」
突然の問いかけ。
「あぁ。何かあるのか?」
「んじゃあ通行料がいるな……」
「……」
端に居た男がニヤニヤと笑いながら、舌なめずりをした。
「お前らみたいな魔人は見たことねえ。おおかた、外から来たんだろ?」
「そうだな」
「んじゃあ〜ウラムのルールに従ってもらわねえと!」
「……そうか。ならば引き返そう」
そう言って振り返ると、もう一人の男が立ち塞がった。
「おっとっと!それなら、ここまで通った分の通行料だ」
「……」
「悪いが、金は持ってない。連れが随分と暴食してくれてな」
背中でスヤスヤと眠っているヨルを担ぎ直しながら、空になった袋を逆さに振った。
「あぁ〜?」
「んじゃあ体で払ってもらわねえとな!」
「体で?」
「あぁ。魔人のガキは高値で売れるツテがある」
「……見逃して、くれないか?」
トバリは呟き目を逸らす。
だが、後ろに居た男がナイフを抜きこちらに向ける。
「無理だな!銀貨300枚!払うか、戦場にでも売られるかだ!」
「……」
「いや、その女はアニキのところへ連れて行こう」
そう言って、真ん中の男がヨルに手を伸ばす。
「よく見るとツラは悪くねえ。アニキが気に入るかもしれねえな」
ヨルの顔に触れようとした――だが、既に男の手首から先は無かった。
「ッッ!?!?!?」
遅れて、血が轟々と噴き出る。
「汚い手で触れるな」
トバリはヨルに血がかからないよう、軽く身を翻して男たちの背後に立つ。
「ぎっ……え、いや、え!?俺の……手ッッ!?」
真ん中の男が叫びをあげようと口を開いた瞬間。
「でかい声を出すな。起きるだろ」
言い終わる前に、二つ。首がポトリと落ちた。
「え……お、え?」
ニヤニヤと笑っていた男は、笑ったまま顔が引き攣り固まっている。
「武器を抜いた。それも拙者の主に向けたんだ……覚悟は出来ていると認識する」
「ちょ、ちょっと待っ――」
遅れて、最後の首も落ちる。
静かになった路上。
ちょうど、視界に一つの宿屋が見える。
(……ここなら大通りにも歩いていけるし、清潔そうだな。何より、客が少ない)
トバリは背中から聞こえる寝息を確認し、地面に流れる血を顔に塗る。
「……さて」
そう呟いて宿屋へと駆け込み、受付に座っている女性に向かう。
「いらっしゃ〜………」
「助けてください!!」
「え!?」
「いま魔人の人たちに襲われて、お金も、と、取られてしまって!」
「え……え!?」
「お金を渡したら、急に仲間割れを始めて……」
「一人が他の三人を殺して逃げていって……!」
「ちょ、ど、どういうこと!?」
「すぐ前の道に死体があります……確認してください!それで、少し匿ってください。もう怖くて外に出られません!」
「わ、分かった。とりあえず君たちは奥に行ってて!」
「ごめんなさい、もう怖くて……」
「大丈夫よ。すぐ他の大人の人とか呼ぶから。君たちは、旅の人?」
「はい……オワリから、姉と一緒に逃げてきたんです」
「オワリの……!」
「お金は必ず後日働いて返します。どうか、ここに泊めてください……」
「も、もちろん大丈夫。とりあえず、部屋は空いてるから、そこに」
「ありがとうございます」
それが、エキナとの出会いだった。
緊迫した状況の中、ヨルがスヤスヤと寝ていたことは、なんとか指摘されずに済んだ。




